ラジオの話つづき。

ラジオを聴くこと。今なって自分の中で習慣として定着してきましたー。
前回書いたのは震災をきっかけにテレビ疲れがきたなー、と。そっからラジオ寄りになったーって話。

そのきっかけ考えてみて。そしたらたぶん自分的にきっかけは2つあるなーと思って、きょうはその2つめ。
もっとも自分に限ったこと。もともとラジオを愛聴してる人だっているしね。

ラジオが身近になったきっかけ2つめ。
簡単にいうと、ネットが便利になったからかなーと思ってます。
ネットが進化した。その進化のおかげでラジオ放送へのアクセスが簡単になった。かつ音質も受信環境も良くなった。
その結果、ラジオが自分にとって飛躍的に身近になったし快適にもなった、みたいな。

Radiko(ラジコ)というアプリケーションをよく利用してます。ネット回線でラジオを受信できる便利なアイテム。
こいつのおかげで音声途切れにくいし音質めちゃくちゃクリアだしで放送聴ける。
特にAM。ザラッザラした音で聴いてた頃と比べると全然違う。もちろんFMも安定感半端ない。

受信環境だけじゃなく、番組中の情報も必要に応じて画面ですぐ受け取れるようになってる。地デジでいうとこのデータ放送?みたいなもの。

例えばさっきオンエアしてた音楽は誰々の何々っていう曲ですよー、みたいな情報、これだってワンクリックでメモとして簡単に保存することができるという。
こちとら地デジ化してないからちゃんとしたことわからないのだけど。
たぶん似たようなもんでしょー。笑。

ネットの進化からくるラジオの恩恵、これソフト面だけじゃない。ハードの面も。
端的に言うたらスマートフォンがそれ。
上に書いたような至れり尽くせりなサービスを、外歩きながらでも、消灯して寝ながらでも受け取れる。

この2つのメリットが案外にでかい。
たとえばYouTubeなんかも自分の場合は同じスマートフォン端末で見ることができる。
これが寝ながらでも見れるし、寝る瞬間まで見れるし、っていうか点けっぱで寝ちゃったーなんてことがあっても、点いてんのはケータイ。

しかもあり得ないぐらい高画質で動作も軽快。
このメリットを与えてくれてるだけでもSHARP様ありがとう、って言いたいぐらい。
ちなみに機種はauのIS03というやつ。

ラジオも似たよーなもの。いつでも手元で操作できるし消せる。イヤホンでも端末から直でもスピーカー繋いでも。

こんなふうに、ネットきっかけでアクセス環境がよくなったなーと思います。
それに加えて。メディアとしてのインターネットとラジオの相性のよさも感じたりしてます。
つまり、ネット閲覧しーのでテレビを見ることとネット閲覧しーのでラジオ聴くこととの違い。

ちょっと長くなりそうなので、つづきは次の更新で。

前の更新とかなり語り口ちゃう。きにしない。


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ラジオを聴く機会が増えた。
ひとつは3月の震災のこと。
11日以来、知りたいことが多すぎてとにかくテレビで情報を得るにも民法の派手な映像で必要以上にナーバスになったり。かといって必ずしも必要でないことが流れてたり。

気持ち的な疲れを、娯楽としてのテレビで紛らわすにしても自粛でバラエティーとかなかったり。

その点でラジオは比較的リラックスして受け取れる。
それはたぶん放送の内容だけじゃなく、五感への当たり方の根本的な違いもあるのだと思う。
ラジオでいえば耳あたり。
テレビでいえば目と耳。
何も詳しくはないのだけど、ラジオには耳あたりのよさが先ず求められて、対してテレビは多少耳障りだったり目障りだとしても観る側の目にとまるように作られてる。
あくまで大まかな自分の印象として。

どっちがいいとか悪いとかじゃなく、ね。
どちらもそれぞれのニーズがあって成立してるわけだし。

いい感じのリラックス感があって、かつ時間の流れを生で触れられる。
なんだかんだでしんどい中、生でしゃべる情報やパーソナリティーの声ってやっぱ安心させるものがある。
本読むとかDVD観るとかとまた違う。

そんなこんなで、ラジオを聴くことが習慣として定着しつつありますー。

今夜はこのへんで。


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ロベ散歩ですわ。
昨日書いた記事なのにアップロード中にエラー起こして全部おじゃんですわ。

多摩川の下流。なんだかんだで近所。橋一本渡るだけだし。



















毎年思うけど、この木も桜だったのかーっていう意外性にほっこりしたりする。
何年か前もこんなん書いたかもしれないけど。
1年のうちのたった数週間の楽しみのために誰かが桜を植えたと思うと、礼言いたくなる。
それこそ何十年と昔に植えられたものだったりもするけど。

過ぎたあとの桜前線の北上が気になるのは初めてかも。
こっちでもも少し楽しみます。



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停電は当面なさそう。
今年の夏ばかりは冷夏になることを願う。
去年の夏みたいにありえない猛暑なったら大変。

去年のことを思い出すと、
冷感マット的なモノがずいぶんフィーチャーされてた気がする。

Loftとか行ったらベッドこしらえてね、どうぞ横なって体感してください的なやつ。
座ってみたけど、あれ画期的ね。
ほんと涼しかった。

品薄なるかもしれないし、早めに手に入れとこーかなと思ってます。



今週の食べたい:
伊右衛門のCMでモックンが食べてるグリンピースご飯おにぎり



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きたわ!停電。
がっつり2時間?3時間?覚えてない!

備えはあったし構えもあったから、別に大丈夫だった。

けどね、ぶっちゃけビビってました。
計画停電の、文字通り計画的な停電のたったの3時間で。
この程度で、と思わなきゃな。

停電の間は、
自宅にいて、スマートフォンの充電は充分残ってたからYouTubeで動画漁り。

個人的にはどこかの素人さんがやってたひとりウィーアーザワールドがツボでした。
動画のクオリティうんたらかんたらもだけど、
ひとりウィーアーザワールドって響きがまず気に入りまくってます。

今日はこのへんで。


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恰幅の良い彼のblog「東北地方太平洋沖地震の支援に際してご注意下さい」
救援で何をすべきか、ということが書かれてます。
すごく分かりやすい。実はいつも読ませてもらっている横浜の食ブロガーさんのブログ。
ご自身の経験を踏まえて、特別に記事にしてくれてます。

読んでわかるけど、救援に関しては“やっちゃいけないこと”の方が多く、かつ重要みたい。




言い方を変えると“勇者”はいらないということ、かな。
記事にあるように、現地に行っても被災地のダメージにすらなりうる。
それでも何かしたい、何かする、というのがあるとすればそれはある種の“主人公”的な感覚なのかなと。

勇者のたとえで言うたら、薬草ゲットするためにひとんち上がり込んでタンスとかガァー開けたり壺バーンって叩き割る、ような。
そんで用事済ませたら「ほんじゃね」みたいな。

Twitter上でも似たような心理が書き込みやリツイート(書き込みの転送)で現れたりもする。
慎重にならなきゃだし、自分の役割じゃない部分は極力黙ろうとも思った。

とはいえ近くの人と井戸端レベルの情報のやりとりはしたい。
おもろい話もできればしたい。



異国のサッカー選手のメッセージとか“ええ話”にけっこうアクセスしたりする。
当初は復興の願い、みたいな形の共有だったけど、あれね、結局やっぱ見てる自分が安心したいって気持ちやね。実感。


ぜんっぜん元気やけどね。
こっちの人の中でも、きょう電車使わなかった人だし(鉄道はパンクしてたと聞く)。
しゃー。



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とりあえず、神奈川はいたって平和です。
インフラはすぐ回復したし、食べ物も普通にある。
友達とか家族とも連絡は取れる。


3月11日、地震の初日に実家に簡単にメールで連絡をした。
電話したいとこだったけど、自分も自宅も自宅周辺も全然無事だし、電話は控えた。
かけても繋がらない状況だったのだけど、救急等のため電話は控えるように、という呼び掛けは実家にも伝わってたみたい。


3月12日、本気の節電をしてみた。
安全で安心という保証が(余震等々考えられるとはいえ)ほぼあるからこそ、の自発的な節電。

部屋暗い、晩ごはん温かくない、ちょい寒い。全然平気。
やはり自分が安心だって気持ちがあってこそ。情報も入るし。
安心な側だからこそやらんといかんね。
広い範囲で影響あるなら。


mixiやTwitterで友人の声が聞こえる心強さはかなりあった。今もある。
もしなかったら気持ちの面でかなり違ったと素直に思う。
特に節電へのモチベーション半端ない。
よーしやってやるぜ的なムード。
これやっぱ重要で、個人のメンタルにしても実際の節電効果にしてもやっぱり違ってくると思った。


地震以来控えてた、岡山の両親への電話を、日付が変わるあたりの時間にした。3月14日になってすぐ。
ほんと、母親とか心配しぃだけど俺の想定を越えてすげー心配してた。
とにかく現状伝えまくった。いつものふつーのテンポで、声で。
しっかり安心してもらったわ。


輪番停電が決まりました。計画的な停電。仕事への影響が心配すぎ。
けど節電生活の経験から言えば、生きることの不便はない。
備えさえしてれば大丈夫だし、それも周りの情報のおかげで概ね身につけたと思える。
それでも不便は今後出てくるかもしれないけど、被災地域から比べれば大したことない。うっし。
ほんじゃ。




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地震。

淡路の震災をわりあい震源に近いところで体験したけど、
それとはっきりと違う強い揺れだった。

マグニチュード8.8。
公式なアナウンスも何度か上方修正されて出された値。
淡路の地震の100倍超のエネルギーというから、エネルギーそのものに関しては想像もつかない。

淡路の時の震源からの距離は、今回より随分近かった。
それでも震度は4。記憶が確かなら。
今回は横浜市内。震源からの距離はかなりある。
けど、今回の揺れのほうが圧倒的に強かった。

実際に感じた揺れ、それと広範囲にわたる震度の分布図。
そこから考えるに巨大な沖積平野でやはり地震には強くない地域なのだと痛感。
奥羽山脈以西とは対照的だった。


以下、雑感。
上に書いたことも雑感なのだけど。



津波の映像を見たけど、信じられない光景。
15年前に震災があって、その教訓
は今になっても根付いてると感じるけど、
映像で見た大津波は、必要物資のマニュアルだとか、建築のことだとか、
そういう人間の知恵を超えてるように見えた。
圧倒的な自然の猛威。


Twitterを始めてから初めて大きな災害を経験したけど、
Twitterに、なんというか安定感はかなりあった。
重くなったという話も聞いてないし。
アクセスが集中する特定のサイトでの“渋滞”が緩和されるイメージ。


ただデメリットも感じたり。
拡散される情報に明らかなタイムラグがあったり、
「コレ本当に裏取れてんの?」みたいな情報がポーンと拡散されたりすることもあったり。

けど使い方次第。
少なくとも外から情報を欲しがった自分にとっては便利なツールだと思った。

けどこの「自分にとっては」が微妙なとこだったりする。
けっきょく、本当に困った人にとってどれだけ役に立ったのかなー、と。

や、トータルで考えたらないよりあったほうが絶対ベターではある、のかな。

すんませんちょいナーバス。
東北が心配なのです。無事と健康祈ります。

ドライフルーツで好きなのは? ブログネタ:ドライフルーツで好きなのは? 参加中


バナナ。いわゆるバナナチップス。
ドライフルーツ自体あまり好きじゃないけど、これだけは別格。

とはいえ最近食べてない。
それでも好きと言い切れるのは…
思い出補正を多分に含むから。たぶん。


大学生になったばかりの時。
家計っていう概念も何もわからず(笑)食費がアホみたいに圧迫され、
食べるものにも困る、ってことはままありました。

学生によくある会話。
「あと1週間3000円で過ごさなきゃ~」的な。

今思うとすごいシチュエーションだけど、当たらずとも遠からずな状況は時々あったりはしましたね(笑)
周りにもチョイチョイいた。

それを乗り切る食べ物やレシピ。誰もが1つや2つは持ってるはず。
それが、自分にとってはバナナチップスだったりします。
安いメニューというならどうとでもなりますけどね。
今でも、3食納豆ごはんだけでも平気な人ですし、僕。

貧乏メニューといえばたいていイメージされるのは「○○ごはん」的な食べ物。
米レシピもいいんてすが、自分なんかは旨さやそれに伴い増進される食欲にけっきょく食べに食べてしまいます。

そこでバナナチップス。
美味いけど、いい感じで食欲はストップさせてくれるあの感じ。
すぐ腹ふくれて「もういいや」になってくれるのです。

何より、腹持ちのよさ。


飽きもせずボリッボリ食べてました(笑)
なつかし。


明日あたりちょっとバナナチップス買ってこよ。
1袋買っても食べきるのに1週間はかかりそだけど(笑)

ほどほどに、美味しく食べます。


今日はこのへんで。


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