高野山に行って参りました。
今回の旅行を通して、益々神仏との繋がりを深めることができたと実感しています。
印象に残ったところを書いていこうと思います。
現地に行かれない人でも、このブログの写真や記事で行った気分になっていただけたら嬉しいです。
高野山という山はなく、盆地のことを高野山と呼ぶようです。
高野山といえば奥の院。
日中にお参りさせていただいた後、ナイトツアーで再び参拝に行きました。
奥の院が総菩提所と呼ばれる所以は、弘法大師を信仰する人であれば宗派関係なく誰でも入ることができるという点にあります。
奥の院にはさまざまな人が眠っています。
中には有名企業や、戦国武将のお墓や供養塔がたくさんあります。
こちらは武田信玄、勝頼の供養塔です。
何度修復しても壊れてしまうらしく、今あるものは3代目だそうです。
写真をよく見るとわかりますが、これも壊れています。
真ん中の丸「水」に当たる部分にヒビが入っています。
彼に討たれた織田信長の怨念によるものなのではないか、とも言われているようです。
供養塔、お墓はそれぞれ高野山にあるお寺が分担して管理をしています。
明智光秀の供養塔の管理をしているのは、私が今回泊まらせていただいた宿坊「恵光院」さんが管理されています。
こちらの恵光院さんに関してはまた別の記事で書きます。
イケメンが多いんですよね。このお寺…(笑)。
景色も綺麗です。
この緩やかな階段は「覚鑁坂」かくばんざか といい、43段あります。
42(死)を越えられれば何事もなく過ごせるのですが、途中で転ぶと3年以内に死ぬという言い伝えがあります。
転びそうになりましたが、持ち堪えました。
こちらは豊臣秀吉とその家系の人々の供養塔です。
写真がありませんが、信長の供養塔もこの近くにあります。筒井順慶の供養塔が隣にあります。
こちらが、お大師様がご入定なされ、今も祈りを続けていらっしゃる場所です。
中は一切の撮影行為が禁止です。
ここで、お坊さんに教えて頂いたことを書いておきます。
奥の院の道の両側にある灯籠に掘られている月は全て形が微妙に違うそうです。
弘法大師は、人の心は月のようで、絶えず変化すると説かれたことから、このようなデザインになっているそうです。
密教とは、普段の生活を送る中で、何気ないところにお釈迦様の教えが隠されている、ということで「秘密」の密が使われるようです。
ちなみに、密教の対義語は顕教です。
蓮の花にもお釈迦様の教えが潜んでいます。
蓮の種を植えるときは泥の中で汚い場所に埋めるが、花開くと美しい蓮が生えてきます。
人生の中で泥のような辛く厳しい時もあるが、どのようなことがあっても最終的には蓮のように素晴らしい結果が出せるという教えでした。
中の橋を渡ったすぐそばに、汗かき地蔵様がいらっしゃいます。
人々の苦しみを代わりに引き受け、今も汗を流されている大変ありがたいお地蔵様です。
また、その御堂の横には姿見の井戸があります。
この井戸に自分の姿が映らなければ3年以内に死ぬと言われています。
私は映りました。安心。
現地に行って弘法大師様やさまざまな目に見えない存在と繋がったことで、今後はより深く人物と繋がることが出来そうです。





