しばらくブログを書いてなかったので書こうと思いました。
以下ネタバレ含みます。
トイストーリー3から10年ぐらい経ってたみたいですね。
3まではかなり昔に観た記憶があったので、最初に思ったのは「まだ4だったんだ」という感想。
中学生の団体に挟まれて観ました。僕が席を選んだ時はスッカラカンだったのに...。
トイストーリーお馴染みのキャラクター達が動いたり喋ったりしてて、非常に懐かしい気持ちになりました。確か僕は当時バズが好きでした。
途中途中で視聴者をビックリさせる演出がありましたが、自分はそれよりもその時の両隣の中学生のリアクションが凄くてビックリしてしまいました
それにしてもベンソン(腹話術人形)怖すぎた。夢に出てきそう。
↓ここから言いたかったことを書きます。
前置きは面倒なのですっ飛ばします。
ギャビーのくだりはまぁ良かったねぇで終わったんですけど、結末が予想外すぎて最初は混乱してしまいました。ラストでウッディがボーと一緒に行くことを決断するシーン、交わされる言葉に直接的な表現はなくて、キャラクターの表情や行動、間の使い方等で短いながらも心境の変化を表現しているんだなぁと思いました。
確かに思い返してみれば、その行動を裏付ける要因があったなぁと思います。
①アンディの頃には1番遊んでもらっていたウッディであるが、ボニーに引き取られた後はずっと相手にされておらず、ずっと落ち込んでいた。
→きっとこの先もウッディはボニーと遊んでもらえないのだろうと思ったのでしょう。
②数年ぶりに再会したボーは、誰かのおもちゃになるよりも外の世界を自由に旅するのが楽しいとウッディに語っていた。
→これにより、必ずしも誰かの持ち主である必要はないんだと思い始めたのかなと思いました。
③ウッディはフォーキーの面倒を見ると言っていたが、もうその役目も果たした(最後のシーンでフォーキーは自らをゴミではなくおもちゃだと言えるようになっていた)
→ウッディはボニーに相手にされないながらもボニーのことを1番に心配しており、だからこそフォーキーの面倒を見ることを決めたのでしょうか。優しすぎる...
他にも理由はあるかもしれませんが、こうやって後で考えてみれば、ウッディがボニーの元へ帰るメリットももうないのかなと思えましたね。
それにしてもウッディの感情がクソ巨大すぎる...人間より豊かな心を持っている...。
あと、持ち主に相手にされなくなったらいてもいなくても関係ないのだと悟り、ずっと一緒にいた仲間たちともきっぱり別れて新しい旅に出るところに何だか潔さというか、引き際の美学みたいなものを感じました。
トイストーリーらしい演出やハラハラ感などはそのまま引き継がれておりましたが、旧三部作とは本筋のテイストが大きく異なり、また1つ違った新鮮な感覚で非常に良かったと思いました。
ボーはあの遊園地だけでなく世界中を、と言っていましたので次回作も期待ですね。ボニーのお話がどういう結末で終わるのか全く想像できませんが、最終的にボニーがウッディのことを好きになったりしたら号泣してしまいそうです。