昨日、社会起業家のプレゼンを聞くイベントに参加してきまして、例えば、
・フットサルをやった分の面積だけ地雷除去する
・ゴミ拾いをして写真をアップしていいね!し合う
そういったプロジェクトに取り組んでる方々とお会いしてきました。
社会を良くしようとする意識は立派だと思う一方で、
「もし戦争が起きたら、世界には様々な兵器に溢れ、街は瓦礫の山と化し、それまでの努力が一気に崩れ去るんじゃないのだろうか?」
と疑問が芽生えました。
もう二度と戦争が起こらない状態なのであればその活動に意味を感じますが、アメリカのトップ1%のご機嫌で戦争を起こされ、人間や都市が滅茶苦茶にされるのであれば、その活動も結局「モグラ叩き状態」で終わってしまうのではないかと…。
それを知った上での活動であればまだ良いのですが、彼らからは「いい事してるオーラ」が出ててそう思えなかったのです。
PRする場という背景は当然ありますが…
そもそも、なぜ国と国(人と人)が分かり合えないのか、その「観点の問題」を明確に理解しなければ、自分の判断基準を無意識に正しいと思い込んだ状態で「あいつムカつく」と思い、再び戦争が起こるわけです。
表向きは社会起業家たちの意志を感じます。
まず自分に出来ることを、過去の経験とつなぎ合わせて、楽しいと感じられることに取り組む。
しかし、裏では無意識に悔しくて泣いている…
戦争が起こって喜ぶのは軍需産業
《主要国の軍事費をグラフ化してみる》
http://www.garbagenews.net/archives/2258794.html
《世界の軍需企業の売上》
http://hbol.jp/20994
これを見る限り、アメリカの存在を無視しては本当の意味で平和は訪れないでしょう。
しかし、昨日参加したイベントで、社会起業家たち合計9人話にはそのアメリカの話が一切出てこなかった…
出せない事情があるのかもしれませんが、私には気付いていないように思えました。
それだけ飼いならされてしまったという事でしょうか、日本という国は…。
コツコツ積み上げたものが一気に崩される恐れがあるのなら、まずは問題の根本原因にアプローチすることがとても大切。
だから、私は新しい教育である「観術」を推奨します。


