2021年8月3日に愛ちゃん(愛月ひかるさん)が退団を発表して10日が経ちました。前回のブログでは、愛ちゃんの扱いについて感じていたことや自分の心の中で抱えていた闇の部分を正直に吐き出してみました(吐き出さないと耐えきれなかったので吐き出しましたが、あまり多くの人の目には触れない方がいいと思うので限定公開にしています)。
今回は愛ちゃんとどんな時間を過ごしてきたのかを振り返りつつ、愛ちゃんへの愛を書き連ねてみようと思います。
このブログで何度か書いてきましたが、私が愛ちゃんと出会ったのは東日本大震災直後の2011年3月、バウホール公演「記者と皇帝」を観劇したのがきっかけでした。そのときの詳細はこちらをご覧下さい。
上記のブログを読んでいただくと分かるのですが、お芝居の最後、それまでキリッと格好良かった愛ちゃんが可愛いハの字眉になる場面があり、それで落ちたのです。その後のフィナーレでは笑顔でタップダンス。これも可愛かった~。
ファンクラブに入るのは「本気」のときだけと決めていたので、本当に愛ちゃんのことが好きかな?ずっと応援したいと思うかな?と、しばらく様子を見ることに。いつもは大劇場でしか観劇をしないのに、宙組公演「美しき生涯」(2011年5月~8月)のときは東京宝塚劇場の貸切公演のチケットも取り、すでに本気モードに突入。これはファンクラブに入ろう! そう決めて入会し、ファンクラブのカードが届いたのが10年前の今日、2011年8月13日でした。
楽しかったファンクラブ活動
以前応援していた春野寿美礼さんのときはファンになったのが遅く(2004年1月からファンに)、ファンクラブに入ったのもオサさんが退団(2007年12月退団)する1年半ぐらい前で、入り出待ちは両手で数えられるぐらいしか参加したことがありませんでした。お稽古待ちはしたことがなかったかもしれません(退団公演の東京公演に向けたお稽古最終日に行っただけ)。
でも今回はファンクラブ活動をたくさんしたいなと思い、入会後すぐの公演「クラシコ・イタリアーノ」「NICE GUY!!」のお稽古待ちに行ってみることに。初めてのときは、スタンバイの1時間前に入り待ちがナシに。前の日から泊まってドキドキしながらお手紙を書いていたのが一気に拍子抜け(笑)。下級生時代はこういうのがよくあるんだと後から知りました(時間変更とかありますしね)。でもまた遠征する機会があったので、気を取り直して再挑戦。お仲間さんに温かく迎えていただき、愛ちゃんのお隣を歩きながら「はじめまして」のご挨拶もできて心臓が飛び出しそうなほど嬉しかったのを覚えています。
それ以降は遠征のたびに入り出待ちに参加。私が遠征できるのは土・日曜、祝日で、当時は金曜日は遅くまで仕事をしていました。公演中に入り出待ちをするには、朝8時までにはムラにいないと間に合わない。でも地元の始発の新幹線だといくら乗り継ぎがうまくいっても8時を少し過ぎてしまう。金曜日は夜遅くまで仕事があったので夜行バスに乗るのはなかなか難しい。そこでたどりついたのが車での遠征。高速を使って片道約4時間(約300㎞)。できない距離じゃない。あとは自分次第。そこから車遠征が始まりました。
公演中は午前3時~3時半ごろに家を出て愛ちゃんの入り待ちへ。入り出待ちって、ジェンヌさんにとって負担かなと考えたこともあったけれど、でもこれがあるのも宝塚の良さかもしれないとも思うんです。お手紙を渡しつつ、「今日も頑張って!」と愛ちゃんにパワーを送ったりもして。また、今日はしんどそうだな新人公演のお稽古が大変なのかなとか、今日は元気そうで良かったとか感じつつ、お手紙を渡すほんの一瞬ではあるけれど、愛ちゃんの姿を見て、そして触れ合えるのが幸せでした。
ファンクラブに入ってから最初に観た「クラシコ-」では、ストライプのスーツを着たとんでもなくカッコイイ愛ちゃんがプロローグで上級生に混じってランウェイを歩いて登場してきて、ひゃ~~~~!と声を上げそうなほど驚きました。(背が高い上級生ばかりだから)9センチヒールを履いて大変です~って言っていたのも可愛い思い出です。このときの入り出待ちでお仲間さん達と仲良くなり、今でもずっとご縁が続いているのも嬉しい限りです。
そんなお仲間さん達とさらに仲良くなれたのが、翌年2月の中日公演「仮面のロマネスク」「アパショナードⅢ」。みんなでご飯を食べに行ったりして楽しかったな~。愛ちゃんはお芝居でトップの大空祐飛さん(当時)の影をしたり、他にもお役をもらったり、そしてショーでは北翔海莉さん中心の場面でピックアップされたりと、見所が増えていて嬉しかったです。親睦会が開かれたのも良い思い出です。
オサさんのときは1公演につきムラに2回遠征する程度だったのに、愛ちゃんファンになってからはタガが外れて行ける限り遠征するように(笑)。「クラシコ-」のときに新人公演を観に行かなかったのを激しく後悔したので、その次の「華やかなりし日々」からは新人公演も遠征。なんとかして会社を休み家族には変な言い訳をして、夜中の2時過ぎに家を出発したり(新人公演当日の入りは早かった記憶)、今思えばよくやったなぁ。でもそのぐらいしてでも愛ちゃんに会いに行きたかったんです。
愛ちゃんのお茶会
愛ちゃんがバウホールで初主演するまでは、大劇場内のエスプリホールでお茶会が行われていました。丸テーブルでおそらく100人も入らないぐらいの広さだったと思います。こぢんまりと密度が濃いお茶会で、私が初めてお茶会に参加したときの研5の愛ちゃんは、すでに面白発言をして楽しませてくれていました(本人にその自覚があったかは分かりませんが笑)。当時はまだ女の子らしい雰囲気もあって(マニッシュな女の子というイメージでした)、それもまた好きでした。かと思えば力強いところもあって、SNSでもお茶会レポが流れていましたが、抽選で選ばれたファンクラブ会員とお芝居の一部を再現するとき、ガシッと抱きしめたりして(マノンを抱きしめるかのようなあの抱きしめ方)、見ている私達もキャーと歓声を上げるほどでした。なんかね、そんなギャップも好きだったんですよ。
お茶会といえば、私にとって忘れられない思い出がいくつかあります。逆転裁判のときには愛ちゃんにマフラーを巻いてもらい、翼ある人びとのときには愛ちゃんと面と向かってハイタッチ(その後のお茶会でハイタッチがありましたが、このときのは抽選で当たってのハイタッチでした)、そしてベルばらのときは愛ちゃんと風船割り対決(1対1)。ヒールの靴を履いている私を見て「ずるい」と言う愛ちゃんが面白くて(笑)。お茶会で多少ドレスアップしているから、足でガシガシ風船を割るなんてことはしないよ愛ちゃん、と心の中で思っていました。自分の爪を生かしてガシガシ風船を割った愛ちゃんが勝利。途中、少しだけおでこコッツンコしたのも嬉しい思い出です。
そんなこんなで私の心は愛ちゃんに鷲掴みにされていきました。なんというか噛めば噛むほど味わい深くなるというか。それまでは滅多に行かなかった東京公演を観るようになり、別箱公演も複数回観劇、全国ツアーがあれば何カ所か遠征するようになりました。東京公演中に行われる新人公演のお稽古待ちにも一度だけ参加しました(仕事の出張が重なって運良く行けた)。ちょっとしたハプニングがあったものの、これもまた良い思い出に。できたら新人公演前日の出待ちに参加したかったな(面白いことをやっていたんです)。
愛ちゃんは入り出待ちで比較的たくさんお話をしてくれたように思います。さすが「口から生まれた」だけありますよね(笑)。愛ちゃんが私達に突っ込んだり、逆に私達が愛ちゃんに突っ込んだり。そんなやりとりも大好きでした。入り出待ちが負担になっていたかどうか分かりませんが、楽しんでくれていたのではないかと勝手に思っています。
芝居に定評のある愛ちゃんですが、私が愛ちゃんのお芝居が凄いかも!と感じたのは「銀河英雄伝説」新人公演のオーベルシュタイン役でした。目の演技が素晴らしく、ここで一皮むけたように思います。その次の「モンテ・クリスト伯」新人公演のモンテ・クリスト伯ではヒロインの花乃まりあちゃんと剣を交わすシーンの熱量が凄くて(ムラの方の新公)、それがあのマノンの愛ちゃんに繋がっているように見えました。
その後、愛ちゃんの立場が大きく動いたのは「TOP HAT」(2015年3月)でしょうか。大きな通し役が与えられ、初日は爆笑の連続でしたが、愛ちゃん、こんな役もできるんだ!という嬉しい驚きがありました。今では考えられないかもしれませんが、それまでの愛ちゃんはそこまで個性的な役をしていなかったんですよ。ここでまた一皮むけたように思います。
また入り出待ちの話になってしまいますが、愛ちゃんは役をイメージした服でお稽古をすることが多かったので、「TOP HAT」のベディーニや「ヴァンパイア・サクセション」のノイマンのときはよくスーツで来ていて、本当に格好良かった。宝塚のメイクもしていなくてスーツを着ているだけなのにこんなにカッコイイ人がいるものだろうかと思うほどに。
どんどんステップアップする愛ちゃん。ルキーニのときはゆうりちゃんマダムフォルフとのやりとりが本当に嬉しそうで、私もデレデレ。思わずゆうりちゃんのスチールを買ってしまいました。カフェでの姿もたまらなかったな~。あんなギャルソンがいたら通い詰めるに違いない。そういえば、真風さんが組替えしてきて愛ちゃん自身が良い方向に変化したように思います。受験前から知り合いで、尊敬しているというのもあったからか、刺激を受けたのではないかと。変わっていく愛ちゃんを見るのも楽しみでした。
舞台での愛ちゃんに魅了され、入り出待ちやお茶会での楽しく面白い愛ちゃんにも魅了され、際限なくはまっていき、それがまた心地よかった。専科への異動や、星組への異動などさまざまなことがありましたが、愛ちゃんについて行くというのは変わりなく、何があってもずっと応援したいと思える人に出会えたのは幸せ以外のなにものでもありません。
これからどうなるのかな…と思っていたときに二番手羽根を背負えたことは心の底から嬉しく、大きな羽根を背負う愛ちゃんの姿は神々しくて心が震えました。新人公演で4回主演していたので順調に歩んできたと思われるかもしれませんが、実はそうでもなく、宙組時代の後半は不安要素がいくつかあって、ここまでの道のりがとても長く感じました。やっと、やっと来たんだな…と。
順調に歩んできたわけではないけれど、二番手羽根の姿を見ると「もしかしたら」という希望が芽生えてきたのも正直な気持ちです。でも、愛ちゃんが楽しくタカラジェンヌを満喫してくれたらそれが一番というのも本音です。なんというか、相反するようにも思えるこの両方の気持ちが私の中に同居していました。
今こうしてブログを書いていて思ったのですが、愛ちゃんはもしかしたら私達ファンのためにタカラジェンヌを続けてくれていたのかも…。そんな思いがよぎりました。おそらく昔はトップスターになることを目指していたと思うんです(私の勝手な考えでしかありませんが)。でも途中から(専科異動のあたりから)その思いに変化があったのかも(これもまた私の勝手な考えです)。だけど二番手として星組に異動することになり、大きな二番手羽根を背負った姿を見せてくれたのではないかと。
退団発表から2、3日は泣いていたのですが、その後ピタリと涙が止まってしまい、愛ちゃんのことを思い出そうとすると、どこからともなく蓋がやってきてバターンを蓋を閉めていました。でも、もしかして私達に二番手羽根を背負った姿を見せてくれるために続けてくれていたのかも…と思った瞬間、久しぶりに涙が出てきました。私の勝手な妄想でしかないのに。
その後、二番手として全国ツアーにも出演し(梅芸のみになりましたが)、そして二番手としての主演公演も決定。二番手としてのあらゆることが経験できましたよね。「宝塚おとめ」用の撮影などは発売の前年の秋~冬に行うと聞いたことがあるから、ちょうどその頃に考えたのかな。だから「やりたい役」から「うたかたの恋のルドルフ」が消えたのかもしれない。
そして今年のロミオとジュリエット。私は東宝のロミジュリを観たときに大貫さんの死に心を奪われました。その記憶があったので、愛ちゃんには役替わりでティボルトと死をしてほしいと願っていたんです。愛ちゃんなら間違いなく凄い「死」(語彙がなくてすみません)を見せてくれると思ったから。そしたら案の定、大評判に。発売される予定じゃなかったB日程版のブルーレイも発売されることになり、劇団にとっては予想を超える反響だったのではないでしょうか(発売されることになった理由は愛ちゃんの死だけではないと思いますが、愛ちゃんの死が大きな要因だったとは思います)。ここで、これはもしかして嬉しい将来に近づいたかも…!と思いましたが、宝塚は早め早めに先々の予定が決まっている劇団ですから、きっともうその前に退団届けが出されていたのでしょう。一度出されたものが覆ることはほとんど無いと思います。
昨日と今日にわたってここに愛ちゃんへの思いを書き連ねたら、やっと気持ちが落ち着いてきたように思います。ようやく愛ちゃんにお手紙を書くことができそうです。感謝の気持ちを伝えたいと思います。
