こんばんはToshiです。
つい先日、蓮舫さんが国会で高卒を馬鹿にしたという記事を見ました。
これをきっかけにツイッターではよくある学歴論争が起こっています。
毎度よくやるなと正直思います。
この学歴論争って不毛じゃないのか?って見るたびに考えちゃうんですよね。
みんな自分の知らない第三者を提示して、こいつがこうだから将来幸せなのは高学歴だとか、高学歴じゃないとか何言ってんだって感じですよね。
学歴と幸福度は比例しない。ましてや第三者がなにに幸福を感じるかなんて分からないわけなんですわ。
結局、自分が幸せだと感じるものを手に入れればよくねという。他人どうこうではなく。お前がどうしたいかじゃないのか。
そりゃあ高学歴の人は自分たちは努力してきたから高学歴の方が幸せだって言うし、高卒の人も高学歴じゃないですからね、現状で幸せだと主張もするでしょう。
例えば、ご飯を食べれない子供がいたとして、その子はご飯を食べれるだけで幸せを感じると思います。結局、幸せとは多様性があり、その多様性は環境によって左右されます。
そんな中で高学歴の方が幸せとか、学歴ない方が幸せとかそんな全体の統計を論争で出そうとすることに何の意味があるのか。
その時間無駄だよな?と。
仮に高学歴が幸せだとしても、それって全体の統計であって自分が高学歴になって幸せになるとは限りませんよね。逆もまた然り。
マジでナンセンスな議論だなと。僕自身、別に大した学歴でもないですし、なんなら最下層を生きてきた人間です。
しかし、そんなことを今更気にして生きることに意味はないと思っています。もちろん勉強は大切です。これは否定しません。
ただ、学歴ってのは家庭環境なども強く影響しますしね。東大入学者の大半の親が年収800万以上とかも聞いたことあります。
なので、今更ない学歴に執着するよりも将来に向けてやることがあるのかなと。
断言できるのはその議論の時間絶対無駄じゃねとは思いますよ。まあ俺は高学歴or高卒だし、こいつを論破することが今の幸せだ!っていうなら別にやればいいですが、、。
その時間、自分の幸福になることに時間費やすべきじゃねえの。高学歴なのにこんなこと議論して時間潰すのも賢いと思えませんしねぇ...。
とはいえ、僕がこういうことを言っても永遠にこの議論は続くでしょう。僕はその時間無駄であることを示唆することしかできません。
もっと話し合うべきことや考えるべきことは他にあるんじゃねえのと思わずにはいられなかったです...。
皆さんも変なフィルターをかけず、自分の幸福を掴むことに精進しましょう。
では今日はこの辺で。
また次の記事にてお会いしましょう
