本当の部分って実はね、
多くの人は結果から物事を判断してしまう
でもその人のわかって欲しい部分や真実の部分って必ずしもそうじゃないと僕は思う
最近別れたカップルがいるとして、
その別れの話を聞いた友人が
「その彼氏(彼女)ひどい人だよね!○○と別れて正解だよ!」とか言ったりする友人がいたりするけど
別れたことを肯定することを別に望んでいて話している訳じゃなくて
彼女は彼氏との思い出を、良き思い出と捉えて友人に話していたりとか、
実は、その人にも悪いところもあるけれど、相手の悪いところばかりを口にしていたりしてるかもしれない
結果から物事を判断するのは簡単だけど
物事には過程があって
その過程も見たりするから、いろんな感情で捉えたりできる
別に振られたからって惨めなわけじゃないし
振ったからって、振られた方にだけ責任があるわけじゃない
ニュースや新聞記事とかに噂話とかあるけど
単純に結果から全体を捉えるんじゃなくて
こんな話があるけれど、そのときどんな情景だったのかな?とか
考えてみると、本当の真実の部分って実は見えてきたりする
嫌いな人に対してもそう
嫌いだからってその一言で決め付けて、関わらないようにしてると
本当はその人の知らなかった素敵な部分を知ることができたのに
その機会すら気付かなかったり、ね
多くの人は結果から物事を判断してしまう
だけどその人のわかって欲しい部分や真実の部分を捉えてわかってあげることができたなら
相手はもっともっと、あなたに話したくなるかもしれない
あなたに話せて良かった、とね☆
そしてもっともっと、新たな発見に気付きながら過ごせてゆけるかもしれません
見失わないで
昔、学校を仮病して休もうとしたとき
風邪を引いて頭が痛いので休みます、
その一言が言えなくて
言えない間、悩んでいるうちに
本当に頭が痛くなって体調が悪くなったときがある☆
多分、罪悪感と
小さな気が重なってリアルに体調が悪くなったんだろう
気持ちって間接的に身体に関係するんだと思う
最初は軽い気持ちで悩んでいたのが
次第に考え込んでしまって、
何にもなかったものが
深いほどの悩みになったり、病気になったり身体に影響してしまったりとか
最近なんとなく不満じゃないけど
自分自身の問題っていうか
気になるところがあって
これから良くしたい気持ちから昨日その問題を考え込んだら
考えすぎちゃって、今日のいままで
苦しくなっちゃっていた
ドキドキして、息苦しくて
いまいるこの空間が自分自身を否定している気がした
それで自分は
は!!って思ってふと気付いた
めちゃめちゃ考え込みすぎていた
放置していても、その問題は解決するわけじゃないけれど
どうしても、大切な言葉は掛けなきゃいけないけれど
こんな状態じゃ、本当の望んでいる結果なんか得られないじゃんって思った
自分が望んでいる理想の結果にたどり着く前に
いつしか悩みの部分が大きすぎて見失ってしまっていた
本来の目的を
誰もが~したいって目的があって、
それまでにどうすればいいかを考える
だけど考えてゆくうちに
いつしか本来の気持ちや目的を見失ってしまう
そんな風にならない為に
気付くことって大切なんだなって思ったこの瞬間でした
