今回の海外転職はエージェントを頼ったわけではなく、会社同期の玉名君のツテなので、サンプルとしてはかなりの小数例になり参考にはならないかもしれないが、一例として私の転職面接の流れを、小説風に書いておきます。2013.5頃の話です。

 

2013のG.Wのこと、渡航前に私の会社同期の知人である香川氏に電話。香川氏は転職希望先の日本人社員である。この電話で先方に私を雇用する意思が有る事を再確認。給与も私の要求額を飲んでくれた。レジュメ(履歴書)も経営幹部に見せた所、いつでも面接に来て欲しいとの返事をもらった。厳密には先方は玉名君を引き抜きたいのだが、彼はシンガポールに興味が無いので私を替え玉として先方へ紹介したのである。

さて、次は早急に面接の為に現地へ飛ばねばならない。私はこの時点では勤務先の主工場たる茨城工場に勤務していた。一度の渡航で内定と更にスムーズに生活が開始できるように部屋も決めておきたかったので1週間は現地で時間が必要だ。さて、上司にどう言い訳して有給を取得しようか…。

この辺りを親に相談したところ「"親の体調不良の為"と言えば文句を言えるヤツは居ない」親の面倒を見に休みを取りたい人を制止できるヤツは居ないからだ。との弁であった。翌朝、ウソ800で上司にこの言い訳を使うと、まんまと1週間の有給を取得する事が出来た。やや後ろめたい気分で夕方までそつなく働き終業時刻を待つ。帰宅と同時にPCを起動、楽天トラベルでチャンギ空港行きの航空券を確保。5月のG.W明けのことだった。

 

はるか昔に扇千景国土交通大臣が掲げた羽田空港国際化ではあるものの、公共交通機関の始発では間に合わない為、朝一のシンガポール航空便に乗るには空港近くで前泊せねばならなかった。よって金曜日に仕事を終えると荷物を持って東武電車に乗りJR大森駅近くのビジネスホテルを目指した。家や会社の最寄り駅は北関東の小さな駅なので、電車を待つ間も同じ会社の知り合いに会わないかとヒヤヒヤする。外国に転職など、この土地の気質では違う星に行くような事で、理解される事は有り得ない。ならば、己はあの閉鎖的な工場を抜け出し異星へ行くのだという闘志の様なものが込み上げてきた。初夏の夕暮れ、だいぶ伸びた西日を浴び南栗橋駅発の半蔵門線直通急行電車はやって来た。押上で京急線直通の浅草線に乗り換えれば大森までは乗っていれば良く、不慣れな旅装でも車内では安堵する事が出来た。

ビジネスホテルは駅から10分ほど歩いたところに有った。いかにも羽田空港客を相手にしているといった風情で、フロントで翌朝の搭乗便確認と送迎用ハイエースの出発時刻の説明を受けた。清潔では有るが古くて狭い宿だった。ゲーム会社のSEGAサミー本社の近くで、産業道路にはトラックが日夜行きかう、かなり騒々しい地域である。夕食もまだだったので帰宅中の労働者相手に店を開けているラーメン店に入ってみる。台湾人の経営か、中国醤油を使った中国人向けの本当の中華料理も供されており、予想外に美味しかった。コンビニに寄り缶ビールを買い早々に寝るべく宿へ戻った。

宿では日本語が話せる中年の白人男性とエレベーターで居合わせたが、彼は話しぶりからするにドイツ人のようである。フロアボタンを押し間違えるなど「ドン臭いオッサン」だなと思いつつ「グーテ ナッハト」(ドイツ語で"おやすみなさい")と言い残すと、彼は微笑んでくれた。

 

4時に起床。洗面を済ませると、すぐにチェックアウト。表で待機しているハイエースに乗り込むと昨晩のドイツ人氏の姿が。ドイツ語で挨拶したのが気に入られたのか空港までの会話も弾む。彼は25年も前に来日、横浜でビジネスマンをしているそうだ。当初は生活費を稼ぐためにNHKラジオのドイツ語講座の講師もていたという。私は少しの期間だが大学の第二外国語でドイツ語を履修していたので少し使ってみた。私の祖父世代は英語よりもドイツ語の方に明るく、案外通じるものなのだなと感じた。ほどなく、未明の静かな湾岸道路を走り切ると、空港に到着。チェックインも難なく終わると、ドイツ人氏は非常に機嫌が良いのか、軽い足取りで付いて来なさいと私を誘う。付いて行った先はANAゴールドカードのメンバーラウンジである。メンバーではない私を考慮して彼が受付嬢に放った「魔法の一言」が機知に富み、笑い出しそうになってしまった。

 

「ウチノ社員デース、ラウンジ、彼モ一緒イイデスカー??」

 

なるほど。ゴールドメンバーほどの上得意。この一言を言われる方は断りにくいだろう。早朝の閑散とした時間とあって、受付のお姉さんは快諾してくれた。

窓際に腰掛けると、出発時間までゆっくり飲食してよいと言われた。彼は若くして海外へ出ていく野心的な青年が好きだと言い、自分もそういった思いで来日したのだと語った。SQ631便は定刻に搭乗が始まった。そつなく離陸、富士山を右手に見ながら西へ向かう便は鹿児島上空では機内サービスもひと段落したので、数日前にネットでその存在を知った、シンガポールスリングなる機内カクテルを頼んでみた。赤く澄んだそれは甘く、エコノミーの窓際席でも充分に美味しく感じられ、旅の成功を予感させた。南シナ海上空で少し乱気流に揉まれたものの、飛行機はおおむね順調に飛行。無数の貨物船が浮かぶシンガポール海峡で脚を降ろすと、チャンギ空港へと舞い降りた。