さてさて。あっという間に、今シーズンも終盤です。
長らく書いてきた、スキーブログも実は、、終盤です。
長年書いてきたけどこのブログは、最終章にします。
この数年の中では
焦らずに、しっかりスキーに向き合ったシーズンとなりました。
悩ましい時もあったけど
娘は、、、
コーチを、自分を信じて 淡々と 練習に専念してきました。
嬉しい結果も悔しい結果もある。それが当然。
どんなレースも勝者は一人。そんな競技だから。
焦らないだけの、強い気持ちと
焦らないだけの、練習量を持ちました。
課題は常にあるし、全くまだまだです。
でも今年は技術的にも、気持ち的にも
先に繋げることの出来る、シーズンになれたと思います。
精神的にも随分、大人びてきました。
来年はとうとう、中学生です。
本来なら、いよいよ「全中」が見えてくるところなのですが・・・
多くの学びと、沢山の素晴らしい友達を作りました。
幼稚園年長から始めたアルペンスキーを通じて
体育会系の教えのなかで
根性や礼儀 努力することや難儀な道も
笑って乗り越える心を作ってきました。
その両極端?な感じが良かったのか
ガツガツしない優しい、でも強い女の子に育ってくれました。
わたしにも、大きく足りないものもあったと思う。
しかし、そんな大きなハンデも
軽々と、一緒に乗り越えてくれました。
しかし・・・
以前の学園では全中に出場はNG。。
万が一
特別に初の例として、もし、出られたとしても
おそらく、充分な練習量はとれず
つまりは、全力では戦えない。
しかしこういった分岐点があったからこそ
大きな視点で、考え直すことが出来たのかもしれません。
?いや、、、ちょっと待てよ・・・・?
スキーも含めて 彼女の人生の中で、彼女の意思も含め
何が大切かを改めて考えなおしました。
勉強、学習も、同じくらい比重を置き続けたい。
もちろん、夢は、諦めたくない。
将来の選択肢は無数にあるから。
個性や特技を認めてもらいなおかつ
勉強を熱心に出来る環境は・・・?
どこかにあるはずだ。
相当悩みましたし相当リサーチしました。
娘ともよくよく話し合ってきました。
本当に大切なこと。
ほんとうに、好きなこと。
人生においての、優先順位。
全く違う視点で娘の将来を考え直してみました。
そして、、、(今のところ)全中出場はキッパリ、諦めて
幼稚園から通った学校の進学もキッパリ、諦めて
中学は海外の学校へ行くことになりました。
学校にも、コーチにもその事を告げ
しっかりと準備をしてきました。
いろいろな学校を調査、見学し・・・何度も渡航しました。
幸い、学校も決無事合格、決まりました。
誤解されるのですが、決して娘のは、「スキー留学」でも
「スキー学校」でもなく
勉学、語学、環境の良さや教えの広さ
そういった事をメインに考えた学校選びをしました。
スキー環境はもちろん・・・考慮にいれました。
滑る環境は、目の前にありますが
ひょっとしたら、勉強は今より厳しいかもしれない。
スキーがやりたかったら必死に勉強すると思う。
スキーだって、簡単じゃないと思う。
日本で地道に登りつめていくほうがいいのかもしれない。
でもこれも、何故か・・・自然とできた「道」です。
「運命」というのに近いかもしれない。
もちろん、この、大事な「チルドレン世代」にこそ
海外(特にヨーロッパ)に出したかった、という意図も・・・・
やはり、あります。山も。環境も。
しかしそれよりも、、、
人としての、世界観を何より広げて欲しいのです。
人生の視点も大きく広げて欲しい。言語も。友人も!
何か、一つ夢中になれるものを続けて欲しいと思います。
もしかしたら自分自身で
なにか、新しい違うものを見つけるかもしれない。
もちろん。本気で、スキーを続けたいならば・・・・
きっと、必死で語学を身に付けて アルペンスキーを
続けるんじゃないかと思います・・・!
でもまあ、しばらくは語学習得でヒーヒー言うんじゃないでしょうか・・
今までは随分、勝ち負けにこだわってしまったな・・と思います。
小さかったのに・・・彼女は、よく応えてきてくれました。
この3年間は、伸び伸びとスキーと関わってほしい。
今までよりも、もっと幅を広げるために
フリーも楽しめばいいし、滑る事を楽しんで欲しい。
アルペン続けるかどうかも
これからは、自分で歩き、悩み、決めて欲しい。
ほとんどないままに
日々思うことやら、嬉しい事、悔しい事、意見とか
そんな事を結構自由に勝手に、書いてきましたが・・・
そんな娘も、中学生です。
自分の物語は、自分で描いていく事でしょう。
(彼女はマメじゃないのでブログは書かないだろうけど。)
「名もなき花」が「名の知れた花」に育つかどうかは
彼女次第・・・・!!
そしてスキーを続ける限りはずっと
ririは、「ファルコンレーシング」のririです。
ririのトップコーチはずっと、tachibanaさんでしょう。
悩み、吐き出すような 記事もあったと思います。。。
何年も何年も書き続けて、自分で、振り返って読んだりして
顔を赤らめることも、微笑ましく思うこともありましたし
何を言ってんだ、と思われるような記事も中には
あったと思います。
それでも
この6,7年間 家族みんなで
笑ったり泣いたりしながらあちこち、転戦した事。
何があっても家族団結して
娘を精一杯、サポートしたこと。
幼稚園の頃に、あらゆるチームに問い合わせをして
幼稚園生は入れてません、と、入団を断られたこと。
はじめて、承諾してくれたファルコンレーシングの拠点の
ジャイアントスキー場にむちゃくちゃ圧倒され
深いコブに1時間くらいハマッて泣いていた事。笑
その日から、志賀高原に7年間通い続けたこと。
昔、悩んで、、緩斜面のクローチングだけをしに
東京から、平日ナイターに通いつめたりもしたこと。
あらゆる雪質を体験させたいのもあって
北海道含め、日本の雪山、あらゆるところに転戦したこと。
ニュージーの遠征で、フランスの遠征で
沢山の人に支えられて、練習できたこと。
聞いたら、半端じゃない。。一番過酷だったと思われる中国の遠征も
一番練習になったよ!!!と元気にケロっとして帰ってきたこと。
全て、大切な思い出です。きっと、娘にとっても・・・。
楽しいことも沢山あった代わりに
思うようにいかなかったり、悔しいこともあった。
泣いても泣いても勝てないとき。
練習しても練習しても、上達しないとき。
頑張っても頑張っても、目標に到達できないとき。
何度も何度も、やめてもいいんだよ?
と本気で言った事もありました。
滑ることを強制してはならない。
それは、常に自身に対する戒めでした。
親のエゴでスキーやってるんじゃない、と。
それでも娘は「私は滑りたい。」と言った。
滑りたくないと、言った事は
これまで、一度もありませんでした。
泣いても。悔やんでも。
決して投げ出さずに、諦めずに練習に向かった。
そしてなによりも、「スキーを好きで、い続けたこと。」
それはきっと
彼女の中で大切な何か大きな「芯」みたいなものを
作り上げたと思います。
また、ファルコンのコーチはもちろんのこと
沢山の支えの中でスキーをやってくる事ができました。
本当に数え上げることも出来ないくらい沢山の支えがありました。
文才なく、こんな個人的なブログでしたが
意外と見てくださっていた方がいらっしゃるようでした。
応援のメッセージをいただいたり、スキー場で
知らない方からお声を掛けていただくようなこともありました。
本当に、ありがとうございました!
このブログは、おしまいだけど
娘にとっては、ほんの人生のプロローグです。
「毎日毎日の足跡がおのずから人生の答えを出す
きれいな足跡には きれいな水がたまる」










































