のりぴ♪歌います。

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「つばめ」でお世話になってます。歌担当ののりぴです。

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マスク作って売ってます。

今日は父ちゃんの店お休みだけど開けてもらうことにした。

新作のレース

 

いつもはこんなの作ってます

私もあなたも今を生きてること忘れないでください。

どんな時も日常の生活は続けなければいけないのです。

自分のために生きないといけないのです。

では、自分のためだけなのでしょうか?

もちろん、社会生活・・・いろんな方と同じ時間、空間などを共有しないといけません。

共有です。自分のための世界じゃない。

全てのことに、表と裏、そしてその堺目に曖昧な世界もあります。

自分の視線から見える世界は視野の限りがあって、心で見える世界も限りがあります。

こんな時だから、自分を守るためにどうしたらよいかをしっかりと見つめてください。そして、できることをしながら、少しだけでいいから、自分の周りの世界に目を向けてみてください。

怖いからと縮こまって外を見ると見える世界がゆがんでしまいます。

怖いところに首を完全に突っ込んでみるなんてできませんよね。だって怖いですから。

じゃあどうしよう?

窓越しでもいいから少し離れてみてみましょうよ。

安全なところからでもいいから、自分と違った考えの人の言葉も聞いて見てください。

あなたと反対にいる人にも生きていく時間があるんです。否定されても生きないといけない暮らしがあります。

 

それで・・・どうしろっていうの?

あなたからのいきどおった問いかけが聞こえます。

SNSなどで自分の意見の発信をすることはとっても良いことです。どっちの意見にも支持する人もいるはずです。それぞれが違ったフィールドで生きているのだから当然です。

SNSはどちらの側にいる方も見るんです。

そのことを思い出してください。

強い言葉で表現すると支持者もたくさん寄ってきます。反発する人もたくさん見ます。

強い意見が飛び交うことも時には必要だと思います。でもね、みんなが未知の出来事に遭遇して「恐怖」を否定できない時にはその強い言葉がそれぞれの人の心を追い詰めていくのです。

どんな時も自分のためにそして愛する家族や友人とを守らないといけません。

周囲の方を守るためには少しでも心の余裕を持たないと誰も守れません。

新型ウィルスが私たちを試しているのかもしれません。地球規模で今生きてる人間が試されてるのかもしれません。

この時だから、愛すること忘れないでください。

自分の大切な人だけではなく、一人でもよいからすぐ隣にいる人たちのことも少しだけでいいから、愛してください。

じゃあ、どうしろって?

例えばSNSを読むときに強い言葉に傷つかないでください。

SNSで発信するときに強い言葉で書かないでください。UPする前にもう一度声に出して読んでみてください。目の前に反対意見の人がいたら言えないほど強い言葉を選んでませんか?

それをするだけでも何か変わるかもしれません。

そこに愛を忘れないあなたでいてください。

 

 

恐怖の時間が一日も早く緩やかになりますように。

みんなが、暖かい心で暮らせるように。

 

 

こんな時だから・・・ねっ。

みんな優しくなろうよ。

心のゆとり忘れてるよ。

 

SNSを読んでるとそれぞれのこころが固く小さくなっていく感じが見える。

当然かも知れない。だって初めてのことだから。

 

それぞれの考え方はいろいろで当たり前。

賛成ばかりだと偏っていくし、反対ばかりだとまとまらない。

正解の見えない時こそ自分と違ってる意見をはじこうとしないで

そうゆう考え方もあるんだって認めて、そこから自分の行く道を決めようよ。

違う意見を攻撃しても何も生まれない。

闘争心からの決定は頑なすぎて怖いものになってるよ。

 

たとえば・・・太陽の光で咲く方向が来まるい花たち。

個々の光がほしい瞬間が違うから全部同じにはならない。

ほとんどの花が同じ方向に向かっていても一つ一つは違う。

咲くタイミングだってちがうんだから当たり前のこと。

 

人が生きてる場所も年齢も持ってる条件も違う。

同じような意見を持ってたとしても同じではない。

日本語はいろんな意味で表現があいまいだったり意味の違う同じ言葉があったりする言葉。

言葉の奥に広がる表現はとっても難しい。

違う意見を持ってる時に向かい合うと攻撃色が濃くなってしまう。

同じ意見同士だと時に思わぬ方向にたどり着いてしまうこともある。

 

人は実際に向かい合って話すときと、SNS上で書き込みという形で意見を交換することは一緒ではない。

スマホなどで小さな画面で見える言葉だけ読んでいると些細な表現の間違いや言葉選びの微妙な違いなどが見えにくい。

メールのやり取りで相手に誤解されることだってよくあること。

SNSは個人間のメールやラインと違って共有できる人間の数が多い。

意見を発信することはよいことだと思う。

ただね、その意見を交わしてるところ(場所)が問題だと思う。

自分が書いたつぶやきなら自分をよく知ってる友人が読むことが多いから

「ああ、こんな風に思うのか~」で済むかもしれないし、反論したり同調したりしても、大きな問題になることはないかもしれない。

簡単にSNS友になれるので、相手を深く理解することなく友達になってしまう。

 

今のウィルス騒動はみんな初めてだから、みんな怖い。

わからないから、先が見えないから、とっても怖い。

ネット環境の充実のおかげで情報も豊富すぎて、さらにわからなくなってる。

スマホの向こう側っていうか、相手の顔の見えないやり取りは、読んでる時の自分の心の位置でも伝わり方が違う。

怖い・・・って思ったら患者が一人増えたことでも「もしかしたら、私もどこかですでに罹患してたらどうしよう」に結びついたり。

そんな気分の時にSNSを見ると、自分と違う意見を持つ人が最悪なひどい人に見える。

友人の書き込みにたまたま同じ意見の人がいたら安心できるから「私もそう思う」さらに「みんなそうして欲しい」と自分も書き込む。

その書き込みを見て同じ意見の人が「私も~」と書く。これ、正しい話。悪いことなんかじゃない。

ただ、それを読んでる反対の意見の人はどうだろう。

反対の意見だって「正解」かもしれない。

生きてるフィールドが違えば「正解」が変わることだってあるから。

 

文字を読む。

心の位置で表現の奥をそれぞれの方向に膨らませることだってある。

SNSに潜んでる悪魔(天使)かもしれない。

時によって形が変わる悪魔(天使)。

SNSでのことは全部現実であって現実ではないのかもしれない。

 

文字での発信はとても良いものだとおもう。

同じだけ怖いものだとも思う。

腹を立てる前に少しだけ時間置いて読み直してほしい。

みんな恐怖が色付けしてるから。

 

自分勝手な人も確かにいる。たくさんいる。

生きるために精一杯で選択してる人もいる。

向かう方向は一緒でも同じではない。

 

自分の選択は自分のもの。

助言は助言してくれた人のもの。

どんな選択も自分で考えてしていくもの。

それが間違ったとして、それを他人が責めても結果は同じ。

 

こんな時は本当に難しい選択を迫られる。

できるだけたくさんの人に悪い影響が出ないといいと思っている。

この先に出てくる結果はよい方がいい。

魔女狩りみたいなこころのゆとりが無いことで追い込む出来事が少なくなりますように。

 

目の前の課題をひとつづつ解決してその向こうに明るい明日がありますように。