わずか18歳の次男が大腸がんステージ3bに罹患。術後2年後に腹膜播種再発。延命治療を宣告される。家族として何をしてあげれるのか、私が経験したことが誰かの役に立つならと当時を振り返り記録してみます。泣いてもあきらめなかった本人と家族の記録。今次男は社会人です。
個人ブログ、Twitter、アマゾン電子書籍それぞれ始めました。少しでも同じ状況の方の希望の星になれば幸いです。個人ブログ:癌患者家族のために18歳の次男がステージ3b、大腸がんに罹患。低分化腺癌、リンパ節転移。術後2年で手術不可能な腹膜播種再発。泣いても震えても諦めなかった私たち家族の記録。次男は今元気ですcancer.jouhou-salad.comhttps://cancer.jouhou-salad.com/Twitter:https://twitter.com/rino_miyazaki(↑アカウント削除しました)電子書籍:https://www.amazon.co.jp/dp/B0B5F6Q3JX
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次男は相変わらず細い管を肛門から出し、閉塞が起こらないようにしていたが、状態は落ち着いていた。絶食はかわいそうだが、ヤクルトや飴などは許されていた。院長より検査結果のお話があると連絡を受けた。夫婦だけで指定された部屋を訪ねると、そこには院長先生がおひとりで神妙な面持ちでおかけになっていた。先生の前に二人で座り、お話しを伺う。先生はゆっくりと説明してくださった。癌です。進行しています。顔つきの悪い癌です。低分化型腺癌です。手術は免れません。この若さでこれほど進行した癌はわたしも初めてです。うちの病院でも手術はできますが、どこの病院でもご紹介します。どの時点で言われた言葉だったかは記憶が曖昧です。私が聞いたのはたった1つ。「それで、治るんですよね?」院長先生はなんとおっしゃったのかは思い出せない。 本人にどう伝えたらいいのか、そんな残酷なことを言えるはずがない。その前後の記憶は曖昧だ。覚えているのは夫と二人病院のロビーにいた。長男に電話していた。泣きながら事の成り行きを伝えると、「え、なんで・・・。」と絶句している。「どうしよう、どうしよう、○○にどうやって伝えよう。」と取り乱している私に「普通に言え!絶対大丈夫とか言うな!お母さんがその状況ならお父さんか俺から言うから!」ハッとさせられた。そうだ、私が動揺した様子を見せては本人がどれだけ不安がるか・・・。普通にあっけらかんと言わないとダメだ。普段からよく話す私から伝えるのが自然だ。そうは言ってもすぐに本人へ伝えることはできなかった。#大腸がん #抗がん剤 #免疫療法 #10代癌 #癌家族 #aya世代 via癌患者家族のために Your own website, Ameba Ownd
病理検査の結果が出るまで5日ほどかかった。普通はもっと時間が掛かるそうだが、急いでくれたのにはそれなりの理由があるのだろう、そう簡単な状態ではないのであろうとは想像できた。この5日間は辛かった。毎日毎日何時間もパソコンで検索をし続けた。先生から言われた可能性のある病名。潰瘍性大腸炎クローン病大腸がんどれ1つとして簡単に治る病気ではない。年齢から考えて、大腸がんはないのではないか?どのサイトを見ても、10代で大腸がんに罹患する確率は極めて低い。であれば・・・なんだろう・・・あの大きな腫瘍はなんだったのだろう。何度も何度も、あらゆるサイトを見ては恐怖心で眠れなくなる。次男には「腸が詰まったんだって。」という説明に留め、一応検査に出してるからしばらく入院、ということを伝えた。絶食の上に、肛門から管が出た状態でやつれていたが元気だった。とにかくよく眠る。一度、院長先生がのぞきに来たとき、よく眠る次男をみて「自然と自己防衛力が働いて眠るのかな~」とおっしゃっていた。眼差しの優しい先生だった。 #大腸がん#抗がん剤#免疫療法#10代癌#癌家族#aya世代 via癌患者家族のために Your own website, Ameba Ownd
下剤を飲み、苦しみだした次男は、翌日に検査を受ける予定だった病院に救急搬送された。処置が行われ、このまま検査をします・・・という運びになり、待合室で待つ。次男の「痛い痛い!」という叫び声が聞こえしばらくすると静かになった。麻酔を打たれたようだ。20分ほどすると、担当していた先生から呼ばれた。検査の結果を画像付きで印刷したものを差し出し、説明が始まった。大きな腫瘍があり、内視鏡が入っていきませんでした・・・と。女医さんが、可能性を述べていく。そこに「大腸がん」という文字があり、そこの説明はとても慎重に「あくまでも可能性の1つ」と申し訳なさそうな言い方をしてくれた。ただ、他の可能性は書かれていなかった。素人の私がみても、あきらかにおかしな色の内蔵の写真。いや、昨日まで元気だったし、そんなはずはない・・・と否定しながらも「恐怖」だけが残った。次男は肛門から管を通し、中にたまったものを出す処理が続いていた。このまま入院になるという。その後、外科の先生に呼ばれ、現状の説明がされた。あらためて画像をみながら、可能性をいくつか言われた。潰瘍性大腸炎、クローン病、大腸がん・・・外科の先生は「お母さん、がんばりましょう。」と力強く言った。それは、そう簡単なことではないですよ・・・と言われているのだと理解した。そして早急に病理検査に出します、とのことでそこからはっきりするまで5日ほどかかった。本来はもっとかかるらしいが、緊急性があるとの判断で急がせてくれたようだった。一番に連絡したのは夫だったが、あまりに非現実的な私の話に、受け入れることができない様子だった。次に姉に電話したときは、私は泣いていた。「どうしよう、どうしよう」と繰り返す私に、姉は、「そんなはずない!こんな若いのにありえない!!」そう言って慰めてくれた。そうだよね、そうだよね・・・とただただ間違えであることを祈った。どうか癌ではありませんように・・・と。 via癌患者家族のために Your own website, Ameba Ownd
それから1月後、再びお腹がしくしく痛むと言うので、今度こそ紹介状をもらってくるように次男に伝え、少し大きめの胃腸専門の病院で内視鏡の検査をすることになった。前日の夜から、腸を空にするための下剤。しばらくすると、次男が痛い痛いと苦しみ出すが、下剤ってそんな風になるよね~と様子を見ることにしました。我が家は3階建てで当時次男は3階に、夫は隣の部屋、私は1階の寝室で休んでいた。夜中の12を過ぎたころ、夫が「様子がおかしい、救急車を呼ぼう」と慌てて私のところへやってきた。次男のところへ行くと、そうとう苦しんでいる。下剤を飲んでこんなに苦しむなんて・・・と、不安になった。後から聞くところによると、癌が腸をほとんどふさいでいたために下剤で詰まっしまったそうだが、もう少し処置が遅ければそのまま死に至ることもあったと・・・。本当にもっと早くに気づいてあげればよかった、下剤で苦しみだしたときにすぐに救急車を呼んでいたらこんなに苦しませることはなかったのに、次男に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。 via癌患者家族のために Your own website, Ameba Ownd
最初にあれ?って思ったのは次男が大学のテニスサークルの夏の合宿から帰ってきたときに何気に言ったひと言だった。 「まだ時々お腹が痛いんだ、、、」 受験の時、度々腹痛を訴えていたので、その都度、町医者に行っていた。いつも数日でよくなっていたので、ストレスからくるのかな~とあまり気にしていなかった。受験も乗り越え、輝くほど楽しい学生生活がスタートしたというのに、まだ腹痛?ちょっとおかしいかも、一回ちゃんと調べてもらおう、といつもの町医者で紹介状をもらってくるように本人に行かせたが、症状が出ていないので紹介状は出せない、とのことだった。今思えば、何がなんでも少し大きな病院で検査をさせておけば良かったと思うが、その時はまさか恐ろしい病魔が次男の命を奪わんばかりの勢いで進行しているとは微塵も想像していなかったため、じゃあ仕方ないね、、、で終わっていた。#大腸がん#癌家族#aya世代 via癌患者家族のために Your own website, Ameba Ownd
私の次男は2016年10月にステージ3Bの大腸がんと診断されました。まだ18歳、大学に入学し、さあ、これから!というときに病魔との闘いが始まりました。情報があふれるなか、どうしていいのか、何をしたらいいのか全くわからなく、誰でもいいから正解を教えてください、お願いします!と藁をもつかむ気持ちでした。本人が一番苦しいのは当然ですが、母親の私も毎日恐怖で押しつぶされそうでした。どうか神様、お願いします、助けてください、、、毎日何度も祈る日々でした。私の経験がどなたかの少しの支えになれたら・・・と当時を振り返り書いていこうと思います。今、次男は元気です。 #大腸がん#癌家族#aya世代 via癌患者家族のために Your own website, Ameba Ownd