大きなイベントのあとは、昔の仲間の芝居を見に行ったり、お世話になった方のお墓参りに行ったり、やったことのないことにチャレンジしたりして自分をリフレッシュする。

 

今回のアジア大会も準備を含めかなりのキツキツだったので、感情が動かなくなって心が一度停止状態になってしまう。

 

先生、疲れたでしょう。一度市場においでよ。

先生に見せたいんだ

 

長く通って下っている生徒さんのお一人にお招きいただき豊洲市場に行かせていただいた。

 

朝5時起きはさすがにきつかったが、市場の方々にとっては、仕事終わりくらいの時間だ。

豊洲市場駅に着くと、変わらず素朴で優しい笑顔のNくんが仕事着のまま迎えに来てくれた。

 

嬉しいなあ。

どうしても先生に見て欲しくてさ。

 

縦横無尽に忙しく働いているターレにドキドキしながら、産地から大切にやってきたフレッシュな野菜や果物たちが私たちの元に届けられるために、沢山の方々が時間を惜しんで働き続けている姿があった。

季節のメロンのせりも興味深く、立派なシャインマスカットや桃が自慢げに入り口近くに積み上げられていた。

新鮮なレタスは本当に美しくその場でかぶりつきたかった✨🥹

野菜や果物の最高のこの瞬間のためにどれほどたくさんの手間と愛があるか。

 

大会でチャレンジしてくれた沢山の選手たちのキラキラした姿が思い出された。

 

市場にはそれぞれ得意な分野があり、例えば注文によっては無いものを助けあって補い合い良い野菜果物が届けられるよう皆が力を合わせて助け合う。

 

自分たちだけが良い思いをする、なんて考えは、この野菜たちの命を繋ぐ場であまりにちっぽけだ。

 

少し奥まった所に連れて行かれた。

 

あ!岡山のシャインマスカットと桃コーナーだ❣️(わたしたちは岡山生まれ関西育ちのタンゴ人なんです)

 

やっぱり関東は山梨や福島の方が多いですよね

 

少し端っこに追いやられていると感じた私は小声で彼に聞いた

 

違うよ、先生!

 

彼の大きな声に少し固まってしまった。

 

別格なんだよ。

岡山のぶどうも桃も。

美味しいの。

これが欲しい人が沢山待ってるの

 

私はなんだか胸がいっぱいになって

 

彼がわたしに伝えたかったことの少しがわかったような気がして、彼の優しさが本当に有り難かった。

 

 

人生は長いようで、この野菜たちの命のように儚いものだ。それを育て届ける人たちがいて、みんながそれを命の力としていただく。

心の喜びとしていただく。

 

わたしもタンゴ、育てるぞ

良いタンゴをみんなに届けられるように

 

なんだか心が柔らかくなって、

市場を後にした。

 

彼のおすすめのお寿司やさんはちょいと我々には高級だったので、少し庶民派のお店で早いランチをいただき、市場の方々が一息つかれる居心地の良い市場内の喫茶店でコーヒーをいただいた。

 

Nくんおすすめの温泉は冬の楽しみに譲り、代わりに足湯でアジア大会の疲れを癒し、行きたかったチームラボプラネッツではしゃいだ。

 

Nくん、ありがとう。

あなたの優しさ、これからのわたしたちの大切な力になります。

 

お買い物をするたびに、

大好きな野菜をいただくたびに

 

そこに宿る沢山の力を私は忘れないでしょう。

感謝をこめて

 

皆様、この一年、バルドッサにご一緒くださり有難うございました。

皆様と過ごせた日々に感謝でいっぱいです。

 

今年は年末に二人で久々にアルゼンチンに里帰りもでき、懐かしい仲間と共に過ごすことができました。

 

美しいお花の季節のブエノスアイレスはとても心地よく、ここで過ごせた一ヶ月はこれからの毎日の糧となると思います。

 

特に、お世話になってきたマエストロ達と、直接過ごせた時間は忘れられない思い出です。

 

ブエノスアイレスから飛行機で2時間かけて訪ねたバリローチェで、ようやく再会できた私の大好きなルーベンのバンドネオンを皆様にお届けします。

 

 

もう30年も前の話です。

 

プロになってすぐのピヨピヨの私たちがタンゴとフォルクローレを踊ってみせるお仕事を始めたとき、今はなき六本木のカンデラリアで彼にとてもお世話になりました。

 

仕事で踊ることはお客様を沢山呼ばねばならず、お客様とお酒を飲んだり、ポーズをとったり、そのための踊りに徹する必要があります。

 

未熟かつ純粋ゆえ、タンゴを踊るのが辛くなり、タンゴの生演奏の音楽が、わからない外国語で捲し立てられているようにも感じられ、もう踊れない、と涙が止まらぬ時もありました。

 

そんな時、寄り添ってくれたルーベンのバンドネオンの音色は、まるで親鳥の羽のように私を包み、まるで昔からこの音色で育ったかのように、その優しい語りかけが、スーッと身体に沁みてゆき、アルゼンチンの音楽を踊る喜びを教えてくれました。

 

今回彼を訪ねお家に押しかけて弾いてもらったバンドネオンは、変わらず優しくて、その楽器を扱う物腰から、じっと寄り添う猫を愛する仕草まで、変わらぬ大好きなルーベンでした。

 

1. El gato Pirú (痩せっぽっちの可愛い猫Piruに捧ぐ)

2. La Regalona(milonga)「甘えん坊」

 たぶんお父さんが大好きな彼のお嬢さんのこと。今や彼女は立派なバイオリン奏者で、この録音にも参加しています。

3. Otoño en Nagasaki 長崎の秋

 昔仕事で滞在していた長崎に思いを込めて書かれたタンゴ

4. Delicias 大事な宝物、恵。無上の喜びを与えるもの、の意。

 多分彼の愛する家族、出会った友人達を思うワルツ

 

 

 

 

2025年が皆様にとりまして、穏やかで温かくかけがえのない毎日でありますように

 

祈りをこめて

 

棚田典子

私たちのタンゴはここで育ったのに、久々の現地のミロンガに馴染むのには少し時間がかかるものだ。

 

駆け寄って来てくれる懐かしい友や知り合いとの再会に感激しつつも、格式あるミロンガなどは特に、フロアに一歩入りそこに居ることに嬉しさと同時にそこのタンゴの良い構成員で在れているか、襟を正したくなる。

 

ここの人たちは、少しとっつきにくい雰囲気を醸し出しながらも、温かくて、少し浮いてる海外のタンゴ人も受け入れてくれる器の大きさがある。

 

もちろん、ミロンガによっては、キャバレーのような華やかさのあるところ、照明などもなく伝統的な現地のミロンゲーロが集まるところ、若者がリラックスして楽しむところ、いろいろな役割と持ち味がある。

タンゴの聖地なので、ヨチヨチの観光客が入って来たり、プロ級の海外のペアがキレキレで踊ったりもする。

 

腰を据えて滞在させていただいていると、だんだんと海外からのお客様側でなくなり、現地のミロンゲーロ側になっていく自分たちが嬉しかったりする。

 

誠にここの人たちはpasión で生きている。生きてゆくこと、踊ること、歌うこと、音楽が体に直に入ってくる。友を思うこともそうだ。(我々は精神みたいなものを通して理解しようとしてしまいがちだが)

しかし、この国で生きることは、この国に限らずだが、生きていくことは容易ではない。

物事は決して上手く行かない。

 

 

ここの国の人々のpasión は、さまざまな困難の中にあって、やがてcompasión (他者の苦しみや悲しみを思いやり同じように心を痛めること、深い共感)に昇華されてゆくのだろう。味わい深いミロンゲーロたちの踊りは、滑るようになめらかで、心地よい揺れがあり、穏やかだ。ミロンガ全体がえもいわれぬ雰囲氣を醸し出してくる。

見ていてなんとも胸が熱くなる。

 

 

 

 

そこに海外勢が入ってくると、少し違和感が発生してしまう。

しかしみんな自分たちの踊りに陶酔しているので、そのことには誰も気づかない。

 

ミロンゲーロは顔をきったり、足を振りあげたり色っぽく粘ったりもしない。

 

外国のプロ級のダンサーが、素晴らしいキレキレの踊りと感情を高めて情熱的に踊って行くのだが、

 

それを見ながら、自分たちも大いに反省する。

いろんなタンゴがあって良い。

 

でも、わたしは最後にはcompasión を持って踊ってゆけるようなりたい。

 

さよなら

 

 

17時バリローチェの空港に向かうためホテルを発つ時間だ。

 

"ホテルに会いに行くよ"

マエストロは朝方電話をくれたが来る気配はない。車も拾いにくい不便な地区から街の中心地は簡単に来れないし、用事ができたのかもしれない。

元気でいてくれたらそれで良い。

 

スーツケースを運び出そうとしたその時、ゆるい坂を転げるようにホテルに向かってくるマエストロの姿が目に入った。

 

あゝ、もう君たちは行ってしまったんじゃないかと思って!

 

息を切らして泣きだしそうになりながら駆けつけてくれたのだ。90歳近い足の悪いマエストロが。

 

無口な彼がひとしきり私の手を握りしめて、古い古い小さな手帳(知り合ってきた知人たちの連絡先とメモがぎっしり書いてある)にある沢山の日本のミュージシャンやブエノスアイレスの昔の仲間の話をまたしてくれた。

 

そして、自分は病気でもう飛行機にも乗れない、どうかその人たちにお礼を言って欲しいんだ。

 

と託された。

 

ブエノスに戻るとマエストロから私たちへの深い感謝のメッセージが届いていた。

 

私たちがバリローチェまでまさか来るとは思わなかったろう。

不便な山の上の小さなお家に押しかけてバンドネオンを弾かせるなんて、寡黙な彼があんなにおしゃべりする羽目になるなんて、彼は思いもしなかったろう。

 

変わらない彼の柔らかいバンドネオンの音色と薄暗い電球の下で何時間も話した夜を私たちは忘れられない。

 

彼はメッセージで、立派な暮らしをしてないから夕食にも誘えなかったことを謝り、分かちあえた時間に元気を出してこれからはうちでもバンドネオンを弾くから、と書いてあった。

 

最後にもう一度感謝と、手帳の仲間に宜しく伝えてほしい、とあった。

 

そして

 

Hasta siempre,amigo

 

この最後のお別れの言葉は胸に迫って二人で泣いた。

 

別れの言葉

 

こちらではまずadiosは滅多に使わない。少し几帳面すぎて、声色によっては"二度と会いたくない"といった感じにもとられるから。

 

Hasta pronto 

Hasta la próxima 

 

またね、また今度まで元気で

遠くなくまた会おうね

 

大体はこのサヨナラでお別れする

 

しかし、はじめて

Hasta siempre.

のさよならの言葉をもらった

 

これは

たぶんもう会えない、絶対会えないんだけれど、ずっと会いたいし思っているよ

 

そんなさよならをはじめてした。

 

そう、私たちのありがとうを伝える旅は終わりではなかった。

いろんな人の思いを受け取り、繋ぎ、伝える役割をもらった旅だったのだ。

 

昔、老いた両親の介護をして帰京するたびに、

 

また来るから、

(忙しいから)帰るよ、と背中を向けていた自分の冷たさを思い出すと、心が張り裂けそうだ。

 

もう一度抱きしめられたら

 

そう思う沢山の人に、わたしは守られて来たことを忘れてはいけない。

 

少しずつ遠くなるブエノス・アイレスに、万感胸に迫るのだった。

 

棚田典子

見てきました、マスカレード・ナイト。

 

冒頭から俳優お二人のタンゴシーンが結構長く続き、わたしとしては、思わず「大変だったね〜😭😭頑張ってくれてありがとう〜😭😭」それだけで拍手喝采したくなりました。😭

 

長くタンゴ活動をしていく中では、お芝居やテレビでのタンゴを指導させていただくことも多かったですが、その中でもよく思いだすのは、小劇場で無口な初老の男性が、不器用にタンゴを踊る、というシーンの指導をさせていただいた時のこと。

 

低音で沁みるような言葉少ない役者さんの声、お互いを不器用に思い合いながらもなかなか素直に受け入れ合えない悲しい二人。そんな噛み合わない二人がタンゴに身を委ねていく。

 

ほんの一瞬、通じ合う確かな瞬間があり、しかしまた二人は苦しい現実に戻ってゆく。

 

タンゴを愛し、踊ることができるあなたならそのシーン、どう作りますか?

 

演出家の方は、タンゴの動きやポーズをひと通り取り入れたい、とよくおっしゃいます。これが誠に危険なのです。

 

タンゴは自分の身体、存在、歩きでその重厚で簡単でない感情の音色を出します。そうでなくても多忙すぎる芸能人の方が、その身体でタンゴの音を出すには、タンゴのステップをする、という方向では、あまりにも近づけない壁があります。

 

タンゴ、役者さんの両者が高めあって花火のように、タンゴの叫びを観客に伝える瞬間を創造するチャンスから遠くなってしまいます。

 

 

わたしたちはどちらかというとアングラ演劇畑にいた人間なので、タンゴは綺麗な形であってはいけない、と思うのです。

 

役者さんがタンゴのステップを覚えて一生懸命練習を重ねてくださったとしても、実際の役としての人間の重みのある一歩のように、声なき魂の叫びのように踏めなければ、大失敗になるもどかしさとずっと向き合ってきました。

 

例えば、映画「セント・オブ・ウーマン」で、アル・パチーノ演じる盲目の男が、ポル・ウナ・カベサにのせてタンゴポーズを決めるシーンがあります。

 

タンゴ入門にいらしてくださる方の多くが、忘れられない、とおっしゃる、心掴む名シーンです。

タンゴを勉強しながら改めてそのシーンをみると、タンゴはちゃんと踊っているのではなかった、と笑い話になるのですが、

 

こういうシーンの作り方が、タンゴらしさにはより近いのではないかと我々は覚えて置かねばならないなあ、と最近思います。

 

それと同時に、タンゴらしさとは何なのか、これからも考えてゆきたい。

 

タンゴは、ファッションではない。タンゴを踊る時我々は夢の中にいるのではなく、よりしっかりと生きている。少なくともこの踊りにはしっかりと人生を歩くことが組み込まれている。

 

今の時代、タンゴのドヨドヨ感や忍耐、重さが大切、というと古い人間と笑われたり、まかり間違えるとモラハラパワハラと思われてしまわないか悩ましい。

 

この映画で私たちがお手伝いさせていただいたことはほんの些細な部分です。私たちの小さな声が、メジャーな作品の主要部分には影響しているわけではないのですが、

 

オーラス キムタク演じる新田が、"その人"を見つけたときに「○○な足だ」というようなセリフがあった。タンゴを踊ることを見抜く重要なシーンだ。

 

ああ、この人のこの足、これこそタンゴ。この人と踊ってみたい。

 

あなたならどういう言葉にしますか?これは原作にはないセリフで、キーとなるだけにオピニオンを求められた。

 

あの人のステップは軽やかだ(←これはないだろう。)

あの人の足は真っ直ぐだ(←そんな踊り、レッスンで即直します!)

 

これですかね。

 

晃吉がそのとき放った言葉が、この映画のオーラス響きわたり心にグサッと刺さりました。

 

いいこと言うじゃん😭😭😭

あんた、苦労したんやなあ😭😭😭

 

皆さん、ぜひ映画館でこのシーン確かめてください。