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ロビーに設置されたソファーに、彼はいた。

 

30代後半くらいだろうか。

身長165センチほどの小さいおじさんだった。

 

Tinderに出てきたら秒で左スワイプするだろうが、しかしそれでも、私は直観した。

 

多分この人、信じて大丈夫だ。

 

さっそく二人で、地下鉄の駅に向かう。

 

香港空港からの道中、「暗くなる前にモンスタービルディングに行きたいから、カフェで待ち合わせるならその後、◯時くらいでもいい?」とDMで提案したところ、彼は「モンスタービルディングも一緒に行くよ」と言ってくれていたのだった。

 

聞きたいことが山ほどあったので、歩きながら尋ねてみる。

 

なぜ私をフォローしていたのか?

顔も名前も何も知らないのに、なぜ会おうと思ったのか?

よく東京に来るの?何をされてる方なの?

 

まとめると、トニーは香港生まれ香港育ち、アメリカの大学を出て、現在はアメリカの某メーカーでアジア統括みたいなポジションにいる40代のハイスペックおじさんだった。

 

出張で東京に行く機会が年に4回あるため、東京の飯情報を収集するために私をフォローしていたらしい。

 

「海外の友達が多いから、アテンドするのも新しい人に会うのも慣れてるんだよね」

 

コロナを機に香港の実家に戻り、現在は両親と暮らすハイスペックこどおじは、そう言いながら会社の名刺を取り出してくれた。

 

私は大昔に一度、家族旅行で香港に来たことがあった。

高い高いビルがギュッと密集する街並みに懐かしさを覚えながら、日系企業の看板の多さに驚く。

 

スシロー、コメダ珈琲、イオン、ドンキホーテ、サークルKサンクス。

 

見慣れた看板が並んでいると、日本にいるのか?と錯覚しそうになる。

 

駅に着き、「地下鉄の切符を買わなきゃ」と言うと、「タッチ決済できるクレジットカードがあればそのまま乗れるよ」とトニーが教えてくれた。

 

香港の地下鉄は、クレカがそのままSuicaに早変わりするのである。

 

何だこれ。便利すぎる。

世界中で採用しなさいよ。

 

感動しながら地下鉄に乗り、モンスタービルディングへ向かった。

 

トニーにスマホを渡して写真を撮ってもらった後は、オシャレなカフェでコーヒーをご馳走になり、香港式ワッフルが食べたいというとそこも連れて行ってくれて、その後はヴィクトリアハーバーに連れて行かれた。

 

夜景が有名な香港定番の観光スポットで、前回も家族で来た記憶があった。

 

ザ・香港な、煌びやかな夜景を眺めながら「ディナーはどうする?」と聞かれたので、先ほど通りすがりで見た、店の窓に大量に吊るされた鴨が食べたいと伝えた。

 

「あれは鴨じゃなくてガチョウだね。観光客向けの店と、ローカルな店とどちらがいい?」

 

「ローカルな方がいいです」

 

そしてトニーは、地元民で賑わうガチョウの店に連れて行ってくれた。

皮がパリッパリで身はジューシーで、スイートチリソースの合うこと合うこと。

 

 

あまりにも美味しくて感動して、今度また香港に来る機会があれば再訪しようと店の名前をメモした。

 

夜の8時前だった。

 

その日は朝5時起きだったので少々眠たくフライトの疲れもあり、そろそろホテルに戻ろうかなと言うと、トニーは私に尋ねた。

 

「地下鉄でもいいし、フェリーでも戻れるけどどちらにしますか?」

 

「フェリーって観光船のこと?」

 

「いや。公共交通機関の、地元民が乗るフェリーがあるんですよ」

 

トニーがまたもご馳走してくれて店を出て、フェリー乗り場まで二階建てのバスで向かう。

 

一日で、地下鉄、街中を走る電車、二階建てバス、そしてフェリーと、あらゆる乗り物を体験させてくれていたことに気づいた。

 

フェリーは100円そこそこで乗れるローカルなもので(これもタッチ決済クレカで乗れる。香港は物価が高く、全体的に東京の2倍な印象だったが、なぜか公共交通機関は東京より安かった。)乗船すると間もなく、街中の空がライトアップされた。

 

「毎日夜8時にショーがあるんです。いいタイミングでしたね」

 

高層ビルが強い光を放ち、空が明滅する。

煌びやかな夜景を眺めながら、香港の風を浴びた。

 

何だこの夜は。

なぜ私はさっきまで知らなかったおじさんと、香港で夜景を見ているのだろう。

 

刺激的な時間の中で、同時に懐かしさも覚えていた。

 

出会う必要のない人と出会い、考える必要のないことをたくさん考える。

それが私にとっての旅だった。

 

大学生の頃、狂ったように一人で海外を放浪していたのは、こういうランダムな出会いが面白くて仕方がなかったからだ。

 

10分ほどの短い船旅を終えて、夜景を背景に、トニーと1枚だけ記念写真を撮った。

 

トニーはホテルの入口まで送ってくれた。

 

「僕は明日から仕事だけど、何か困ったことがあったらいつでも連絡してください」

 

「何もかもありがとう。おかげで楽しかったです」

 

トニーと別れ、ホテルの部屋に着くとすぐインスタを開き、彼をフォローバックした。

大学生のあの頃と違うのは、SNSが増えたことだ。

 

先日、私のTwitterはくだらない理由で炎上し、それはそれはたくさんの誹謗中傷を目にした。悪意に満ちたDMまで届いた。

 

クソみたいな世界だ、と思うことがしばしばある。

 

出会う必要のない人と出会い、考える必要のないことをたくさん考える。

旅とSNSは、少し似ているのかもしれない。

 

だけど、この人に出会えたから、アカウントを作ってよかった。

そう思う瞬間が確かにあった。

 

今回もまた、然りである。

 

<終>