こんにちは。
 
 
続きなので、パート1からお読みください!
 
 
 
専門学校を休学し、商社の社長のもとで修行を始めた私。
 
最初に言われたことは、整理整頓。礼儀。マナー。
などの基本的なこと。
 
あとは、まず最初に読めと言われたのが七つの習慣という本。
 
夜になると飲みに行き、いろんな教えを聞いたり、社長の今まで経験してきた話しを聞いたり。
 
私はこの時間が好きでした。
 
それ以上に好きだったのが、他の経営者との打ち合わせだったり、雑談を交えた仕事の話しをしている場に一緒に連れてもらえたとき。
 
聞いてるたけでワクワクしました。
 
やっぱり社長って楽しそう!
単純な私は思いました。
 
 
逆に、整理整頓はどちらかというと苦手分野でした。
 
社長流メモの使い方、物の整理の仕方など教えてもらい、とても役に立ちましたが、
 
今日も事務所の掃除だ。と毎日言われ、早く他の仕事をやらせてもらいたい!と毎日思いました。
 
幸か不幸か、事務所の他の部屋のものを移して、ごちゃごちゃな状態のときだったので、しばらく掃除、配置替えの日々が続きました。
 
 
そして5月になり、一大イベントの、東京ビックサイトでのビューティワールドという美容商材展示会がやってきました!
 
私は展示会なんて、もちろん初めて。楽しみで仕方ありませんでしたが、何をしていいやらわかりません。
 
社長にも、わからないことは聞け。と言われましたが、何を聞いていいのかさえわかりません。
 
とりあえず、やることは
�お付き合いのあるネイルの会社が借りているブースのお手伝いという形で、卸しているラメスプレーを中心に販売する。
 
�他のブースを見てまわり、販売するのにおもしろそうな商材かあれば、話しを聞き、名刺交換してくる。
 
�企画中のマスカラの宣伝、意見を聞く。販売してくれそうなところがあれば、話しをし、名刺交換。
 
�他の会社はどのような商品があるのか見てまわる。
 
こんな感じでした。
 
しかしその当時は、
ブースを出してるとこはどこがメーカー?どこが商社?
 
メーカーやったら他の商品は販売しいひんやんな?
 
どういうとこにマスカラの話ししたらいいの?逆に販売できそうな商品ってどういう基準で?
 
こんな状態で、?がいっぱい状態。
 
まぁそんなこんなで他ブースの人とお話して名刺交換したり、ラメスプレーをお客さんにふりかけ、販売したりして、記念すべき初展示会は終わりました。
 
その初展示会の初東京出張では、初食べ放題じゃない焼肉屋と、帰りの電車で初グリーン車を体験しました。
 
お肉の感想は、やわらか!グリーン車の感想は、足めっちゃのばせるやん!ひざかけついてるし!でした。
 
 
初展示会、私としてはがんばったつもりでしたが、社長からの点数は20点!
 
わからなくてもなんでもやったらいいって言ってるんだから、もっとなんでもやれ!失敗したら責任は取るんやから。そう言われました。
 
わからないからこそ体当たりでできることもあるかもしれへん。
 
今わからないことは恥ずかしいことじゃないし、なんでも聞いたらいいんや。
 
せっかくなんでもやらせてもらえる状況にいるんやから、どんどんやらなもったいない。
 
そう思いました。
 
その後は徐々に、
 
「事務所の配置替えで、これはここにあった方が便利だと思うんですが、どうですか?」
とか、
「送り先と、仕入れ先の情報がまとめて書いてあると、発注のときに便利だと思いますけどどうですか?」
そんな些細なことですが、少しづつ、質問したり、意見を言ったりできるようになっていきました。
 
社長と他の社長が話していて、ちんぷんかんぷんな話しも、それまでなかなか聞けなかったんですが、「協賛ってなんですか?」とか、知らなくて恥ずかしいという気持ちを少しづつ捨て、聞いていけるようになってきました。
 
知らんもんは知らん。見栄はってもしゃーない。
 
当たり前のことかもしれませんが、これは私の大きな一歩でした。
 
 
4~5月の学び
 
今知らないことは恥ずかしいことじゃない。知らないままにしとくより、どんどん聞こう。
 
掃除、挨拶、礼儀は基本。仕事以前の問題。おろそかにするでない。
 
 
読んでいただいてありがとうございます!
コメントなどいただけるとすごき励みになります(^人^)
こんにちは!
 
こちらの日記は続きなので、先にパート2をお読みください。
 
 
高校を無事卒業し、ずっと行きたかったファッション専門学校へ通い始めた私。
 
最初の印象は
めちゃめちゃ楽しいやん!
 
やっぱりファッション好きが集まるし、毎日パーティー?てくらいみんなおしゃれしてくるし。
 
入学したてのときの、よくわからん宿泊研修でのパーティーもみんなドレスアップして挑む。
 
高校の制服が死ぬほどダサかった(全身茶色!)私としては天国でした。
 
しかし!
 
このころには、なんとしてでも将来アパレルで成功したい。よくわからんけど社長になればいろんなことできそうやし、アパレルで起業して社長になろう。
 
とまた安易に決め、
 
でもそのために何をすればいいやらわからない。
 
とりあえず、高校のとき遊びすぎたことの反省や、
 
絶対専門でもがんばれるはずないという親に対して、期待を裏切ってやりたい!
 
という思いで、
 
学年で成績1番になる!
皆勤賞とる!
 
と決意。
 
まわりのみんなは、高校のころの私を見ていたので、無理やろーと言いました。
 
でも、私はなにがなんでもやってやろーと思い、遊びより学校!なによりも学校の課題を優先しました。
 
そして一年後。
 
皆勤賞!
学年2番の成績で、優等賞!
 
とってやりました。
 
親は喜びました。
 
私も喜びました。
 
でも、
 
それだけじゃだめなんです。
 
たしかに目標とした結果は残した。
でも、だからと行って、好きな仕事ができるわけでも、起業できるわけでも、社長になれるわけでもない。
 
もちろん、この結果を得るために努力したことは意味のあることだったとは思っていますし、こういう目標を持つことを否定しているわけではありませんが、
 
でも絶対、自分の好きなファッションの仕事で起業したい。社長になりたい。
どうしたらいいんやろう。
 
そんな自問自答の日々が続きました。
 
就職先もいろいろ考えました。
 
いろんな本も読みました。
 
ファッション、進路に関わる資格も三つ取りました。
 
もちろん、勉強になりました。
 
でも、社長への道は見えてきません。
 
そこで私がやったこと。
 
とりあえず、「社長になる!」 と言いまくる。
 
mixiプロフィールにも書き、学校内での販売インターンシップの社長面接でも宣言し、友達にも言い、アパレル業界の人ばっかり集まるお茶会に参加しては宣言し。
 
すると、今まで会ったことがなかった人が集まりだしました。
 
これが私の転機でした。
 
悩んだ末、学校は休学しました。(当時は籍は残しておく、という程度で、やめる気でした。)
 
でも、いろんな人、いろんなチャンスが集まると、
 
そのたくさんの機会の中から最良の選択をしていかなきゃいけない。
 
それが大変でした。
 
 
そんなこんなで今年四月に、大阪で商社を経営している社長と出会い、
 
社長になりたい!と伝えると、
 
うちに修行にこい。弟子になれ。というお言葉をもらいました。
 
二つ返事で修行します!と言い、社長見習いの道を歩み始めるのでした。
 
 
つづく
 
 
しょーもない経歴の話しばかりですが、読んでいただきありがとうございます\^o^/
はじめまして!


21才Tシャツプロデューサーのりこです


アパレルだいすき!のりこです。


私は将来アパレルで起業し、女社長になる予定ですが、その一歩としてTシャツプロデューサーへの道を歩みはじめたのです


以前はmixiで日記を書いていて、アメーバははじめましてなので、今日は


私が女社長を目指し、今にいたるまでの波瀾万丈ものがたりと、Tシャツをプロデュースすることになったきっかけ


を今日は話したいと思います〓


話は中学生までさかのぼります。


中学校時代から、私はアパレル業界で生きていくと決めていました。


きっかけはおしゃれが好き!当時カリスマショップ店員やらプロデューサーやらが雑誌でもてはやされており、憧れたという、なんとも中学生らしい単純な発想。


これまた単純に、アパレル=服飾専門学校だ!と、行く高校も決めてないうちに、その先の進路を決めました。


高校は友達が多い&当時の彼氏も行くという理由で選択。

しかしなぜか、その頃は(!)少しだけ頭がよかったのか、手違いで他の友達とはちがう、いわゆる大学進学クラスに入っちゃいました。


今になって思えば別にいいやんと思うのですが、私は専門学校に進学を決めているので、大学進学クラスに行く理由はないし、仲良い友達とも離れ、高校ENJOY計画がだいなし!と思い


進学クラスだけある7限には出ない!


と決意。


はじめての7限の日からサボり、他のクラスの友達と一緒に帰りました。


(※ヤンキーではございません。当時はちょっとばかし頭が弱かったのです。)


また、通常クラスに行きたすぎて、


進路希望で、文系か理系は選ぶ用紙に、1類(通常クラスのこと)と書きました。


(※反抗期ではございません。当時はちょっとばかし頭が弱かったのです。)


当然進路は通りませんでしたが、(ちなみに、私への説得のため、二者面談から母親との三者面談になりました。)クラスにもなんとか馴染んでいき、夢の高校ライフを送っていきました。


部活は工芸部という名の、買ってきたおかし作っておしゃべりしながら食べる部(活動は年に三回くらいでした)


マクド、ラーメン屋、ファミレスなどでアルバイト。


お給料は基本的に服代へ注ぎ込む。


そんな遊びまっしぐらな生活でしたが、一方でアパレル業界への夢は膨らむばかりで、高校一年から専門学校の体験入学に行ってみたり、いろんな本を読みあさったりしていました。


しかし!


ちょっとばかし遊びすぎたのか、高校二年時、なぜか単位を落とし、仮進級になってしまいました。


ドドーン。


親からも、

「今でそんな状態やのに、ほんまに京都から大阪まで通って続けられるの!?行きたいって言ってる専門学校は課題が多いって有名なのよ!」

と言われ、ずっとやりたかったことだから真面目に通うと言っても信用されず…


これは行動で示すしかない!


と意気込み、高校は無事卒業!

新たな門出に胸を膨らますのでした。






一日でTシャツプロデューサーの道のりを歩み始めるまで書けなさそうなので、今日はここまでにして、またパート2を更新します!


読んでいただいたみなさんありがとうございます♪
これからも21才Tシャツプロデューサーのりこをよろしくお願いします!