のりです。久々の投稿になります。
2026年2月8日、大寒波襲来で豪雪の被害が出る時期に衆議院選挙が行われます。
今日本で一番有名な「サナエサン」が800億の税金を投じて行う選挙です。
今日本で一番有名な「サナエサン」には、私と同じリウマチの持病があるそうで、大阪大学が開発した「アクテムラ」という生物的製剤を使っているといいます。
時系列順に小さな異変から振り返りつつ書こうと思って始めたブログでしたが、
今回は最近の私の病状と、考えたことををまとめて記そうと思います。
2025年12月、年に一度のレントゲンを撮りました。
すると、一番痛みが出る右手首の骨の隙間が少なくなっていることがわかりました。軟骨がすり減ってしまうとこのように写ると言われました。
2023年より、エタネルセプト25ミリを週1回自己注射して、メトトレキサート4ミリ/週1回、ステロイド4ミリ/1日を処方されていました。
その前は、セレコキシブとアザルフィジンという飲み薬を処方されていたのですが、薬物アレルギーが出たため中断せざるを得なくなり、
そのかわりにに処方されたのがエタネルセプトでした。
リウマチはメトトレキサートと生物的製剤のおかげで治療が格段に進歩し、かなり痛みを抑えられるようになったわけですが、
生物的製剤は薬価が高く、最初に主治医から説明を受けた時は、使用をためらいました。
私は非正規雇用で働き、年収は400万円に届きません。家族は夫と子どもひとり、子どもは大学生で家を離れていて、仕送りをしています。
月収の手取りは20万円前後。エタネルセプト25ミリを週1回、ひと月に4本打つとすると薬代だけで6000円から7000円、最低でも月1回の診察で5〜6000円、固定で1万円以上支出することになります。
始めたら痛みはだいぶ楽にはなるでしょうが、飲み薬が使えないことが分かった以上、やめることはできなくなるでしょう。
「アラフィフは病院に来る人の中では若い方だけど、これくらいの年齢になるとあちこちガタが来て、そうなると、健康はお金で買うものになってくるんだよね」
主治医からここまで言われて、ようやく使用を決意したのでした。
エタネルセプトを使うようになってから、痛みは驚くように楽になり、倦怠感を覚える日数もだいぶ減りました。しかしその一方で、子どもへの仕送りと通院、薬代を合わせると、月収の額を超えてしまう月が出てきました。時々ある胃カメラや甲状腺の検査、レントゲン検査の時等は、貯蓄を切り崩して支払っています。
通院、薬代はかかるけど、
これをやめてしまったら、今ある仕事を続けることができなくなってしまう。
そうしたら子どもに仕送りできなくなってしまうし、少ないながらも果たしてきた「納税の義務」も果たせなくなって、社会とつながる機会も減ってしまう⋯。
リウマチだった母の時代は、鎮痛剤とステロイド薬で痛みを止める治療が主流だったけれど、その治療を続けた経過を私は知っている。昔の治療のままでいいわけがない⋯
そうした葛藤の中選んだ治療の効果が少なくなって、次に提案されたのが、
今日本で一番有名な「サナエサン」が使っているという「アクテムラ」でした。
「アクテムラ」は、2週間に1回自己注射が基本の治療と聞きましたが、1回分が自己負担だけで1万円。アクテムラだけでひと月2万円かかると説明されました。
中にはひと月に4本使っている人もいると聞きました。
エタネルセプトを始めた時と同じように、始めたらその後薬をやめる、という選択肢を選ぶのは難しいでしょう。
結局、エタネルセプト、アクテムラ以外の生物的製剤に変えて経過を見ることになりましたが、もし、どうしてもアクテムラしか効かない、となった場合、この先、家計はどうなるのだろうと暗澹たる気持ちです。
今日本で一番有名な「サナエサン」は、
収入も資産も潤沢にあって、ひと月4万円なんて治療費は微々たるもので、生活に影響が出るなんてことはないのでしょう。
それに「痛い」と言えば、大切な仕事をかわりにやってくれる人もいる。
しかし多くのリウマチ患者は、
痛くても我慢して仕事をし、
かわりになってくれる人を見つけることはできません。そればかりか、
私のように通院で仕事を休めば次年度以降の雇用が不安になったり、中には収入自体が減ってしまったりする人も少なくないはずです。
私はまだリウマチになってからの日は浅く、
私よりももっと長く治療を続けている人やもっと症状が重い人、もっと毎月の治療費がかかる人がたくさんいると思います。
痛みを取るために、最適な薬を使いたい。
それをなるべく健康保険や高額療養費で賄いたいと思う私は、
今日本で一番有名な「サナエサン」からしたら
「さもしい」のだろうな。
「さもしい」なんて思われていると思うと、本当に悲しい。
誰だって健康な日々を過ごしたい。
好きで病気になったわけではないのです。
「生病老死」という言葉が示すとおり、どんなに健康で過ごしたいと願っていても病気になることがあり、必ず老い、そして死は避けられません。
若いうちは分からなくとも、ある程度年を取って、自分が病気をしたりすればそれがどういうことか、分かってくるものなのだと思っていましたが、それは「人による」のかもしれません。
今日、折り紙の動画を見ようとYouTubeを開いたら、
今日本で一番有名な「サナエサン」の動画が流れました。
今までこのチャンネルで、こういう動画を見たことはありません。
ほっこりした時間を過ごしたくてYouTubeを開いたのに、
怖くてノート型パソコンの画面を閉じました。
動画を見て、
「今日本で一番有名なサナエサン」が強く豊かにしたいのは「日本列島」。
大事なのは人ではなく「日本列島」なんだな、というメッセージを私は受け取りました。
日本列島を守るために働く下僕が私達。
サナエサンはそういうふうに考えているんだろうなと感じました。
これから先、選挙の結果によっては、
防衛費を賄うために税金がどんどん取られて、
いくらリウマチ治療の選択肢があったとしてもお金のことで選べなくなり、
子どもや夫が兵隊さんに取られて、
何の楽しみもなく痛みを堪えながら死ぬのかなとか、どうしても最近、こんなことばかりが頭に浮かびます。
私は女だから、とか、子どもは娘だから、なんて言っていると、ここぞとばかりに「ジェンダー平等」が実現されて、逃げるなお前も戦闘員として血を流せと言われそう。
病気なんかして非国民、とか罵られたりもするようになるのかもしれません。
一度近衛連隊で兵役を終えたあと、終戦間近に南方に送られ、復員した祖父は、ことあるごとに、
「どんなことがあっても、戦争はもう2度とやっちゃいかん。みんなが仲良くせにゃあいかんよ」
と、何度も私に言いました。
近衛兵は田舎のエリートだったから、最初の兵役を終えれば、もう兵隊さんになることはないと思っていたところに赤紙が来て、行先が二転三転して南方に送られたらしいことを最近知りました。
祖父が南方にいる間に父が産まれ、父を抱く祖母の写真は、初めて授かった子どもの誕生を喜ぶというよりも、不安からなのか、硬い、こわばった表情をしていました。
晩年、意識が朦朧とする中、祖母は「ここはお国を何百里」と歌っていることがありました。
きっと祖父の帰りを待ちながら、歌っていた頃を思い出して口ずさんでいたのだと思います。
戦争が始まれば、「私だけ例外」なんてことはありません。
安全なところから「行け〜」っていうのが、サナエサンの戦争だとしても。
皆さんは、サナエサンの日本列島のために血を流したいのでしょうか。
同じ女性で、同じリウマチの女性リーダー。
それは私が期待していたのと全く違う人物でした。
サナエサンとサナエサンのいる政党に投票するということは、自らが進んで血を流し、サナエサンたちが決めた敵を傷つけ、命を奪うことを辞さない、ということになるのではないでしょうか。
投開票日まであと3日です。私は今日、期日前投票を済ませました。
投票、いきましょうね。