「他力本願」は、もっぱら他人の力をあてにする、他人まかせという意味で、いろんな場面で使われています。これはたいへんな誤解です。

 親鸞聖人は「他力といふは如来の本願力なり」と明示しておられます。 他力とは、他人の力ではなく、仏の力、阿弥陀仏の慈悲のはたらきをいうのです。 仏さまの生きとし生けるものを救わずにはおれないという強い願いのはたらき、これが「他力本願」なのです。



このありがたいお言葉と違う、誤解のほうの話しをあえて思いつくまま。

むしろ「人の褌で相撲を取る」「虎の威を借る狐」のほうが適切か?

一個人の考えに過ぎない…。




《その1️⃣》


☆以前、親族の学歴や役職などの過去をひけらかすのはどうかな…?と書いた。私自身生涯で数人出会ったが、親族の優秀さを初対面の私に言われてもね。

その親族が優秀でも、当人の成し得たものではないし。

これは夫の地位にこだわるケースも同じ。




《その2️⃣》


☆有名人や芸能人などとの接点を自慢したい気持ちは私も少ないがある。

私の場合は間に立つ方がいればこそのケースで、自分の力ではないので自慢したくなる気持を抑えた。

自身の力で勝ち取った方は自慢してイイだろう。




《その3️⃣》


☆週一度マッサージを受け続けて十数年経って思ったこと。

試行錯誤の結果思うことだが、ただ身体を投げ出して「さぁ治してくれ!」と言っても無理、故障し易い身体をつくったのは自分だから、そこを何とかしないと又繰り返す。


「生活習慣病」での病院通いも同じことで、そういう身体を作ったのは自分、症状は改善しても病気の元を治すのは自分自身。

今はそんな意識でいる。




《その4️⃣》


☆私のごく身近に超、超億万長者の方がおられる。

いろんな方が援助を求めて周りに集まるが、私の数万円の感覚で数千万円こともなげに出す。


それでも私は極力、経費はシェアしている。

そうしないと対等でなく、隷属になるような気がして言いたいことも言えなくなる。

細かすぎるとも言われ、自分でも確かに変人なところはあると思う。

その環境を利用する道もあると思うが、リタイアした身にはする必要がないし…。


「痩せ我慢」とも言うらしい。







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