生駒は悲しい女町。


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奈良県生駒市は大阪の奥座敷と言われている。

奥座敷とはあんなこと、こんなことの接待の場所だ。

ホウザンジ宝山寺?変換違いだが酔っぱらい中なんで許してケロ


検番だっけ?置屋から芸子を呼ぶと一時間単位の花代を払う。

知る人は知る、車の安全祈願で有名だ。


暖簾のオススメは大駐車場の隅にある。


水掛地蔵様。
大正末期1928年10月の人口調査 大阪市約233万人、東京市約221万人、世界でもニューヨーク、ロンドン、ベルリン、シカゴ、パリに次いで、6番目だった。原因は大正14年の行政区域の再編で大阪市に隣接する東成郡と西成郡の44の町村が加わり人口が急増したからだ。再編で人口も面積も約3倍になった。現在の東京23区の人口密度が13500人、当時の大阪市の人口密度は2万人を超えていた。昭和7年、東京市の再編で東京市は1位になった。

「東洋のランカシャー」大阪、昭和初期、日本はイギリスを抜いて世界一の紡績工業国になった。イギリス最大の紡績都市はランカシャー。

文化の発祥の地大阪、当時の三代新聞、読売・朝日・毎日のうち朝日・毎日は大阪が発祥。メーター制タクシーは大阪生まれ。明治40年設立の箕面有馬電気軌道(現阪急電鉄)は開業前に沿線の土地82万㎡を買収し大規模な郊外住宅地開発と分譲を行なった。開業から5年後には終点の宝塚駅に大浴場を備えた温泉施設「宝塚新温泉パラダイス」を作った。この施設には大劇場が備えられ宝塚少女唱歌隊が公演を行なっている。大正9年(1920年)梅田駅に日本初のターミナルデパート阪急百貨店開業。昭和4年、芦屋に高級住宅地建設、その後、東急・西武などが模倣、東京郊外都市「田園調布」を開発している。

以上、彩図社の武田知弘著「戦前の日本」平成21年1月14日第一刷からだがこの本の巻末の参考文献はゆうに500冊を超えている。 眠いので今日はここまで。