ちむどんどん、二週目が終わりました!
お父さんが亡くなって、一気に貧しい生活になってしまった比嘉家。
運動会を経て、子供の中から一人だけ東京へ預けられることに決まり、涙をこらえて暢子が行くことに。
バス停での涙の別れ、暢子を乗せたバスを追いかけるきょうだい達。
からの~
バスが停まって暢子が降りて来て、
やっぱり東京へは行かないことに。
行かないんかい!というか、借金は大丈夫?
これで暢子が東京へ行ったら「おちょやん」みたいに東京の人たちとの面白いエピソードが見られると思ったんだけど・・・。
昭和末期位前ならそうだよね~家族と離れたくないよね~と思うのですが、沖縄が本土復帰する前のお話なので、
沖縄から関東や関西に移住して苦労して育った人たちも多かったはずなので、そのあたりが描かれるかと思っていました![]()
さて、7年経って暢子達が大きく成長しました。
この7年、子供達がどのように成長したかも後々描かれるのかな?
来週以降もしっかり見ようと思います![]()
それはそうと、1週目からずっと気になっていたのは、
時々流れる「椰子の実」の歌。
朝ドラではお涙頂戴のシーンで流れるテーマ曲があります。
東京制作ではよくありますよね、「なつぞら」とか「おかえりモネ」で感傷的なシーンで流れるハミングのようなメロディ。
今回の「ちむどんどん」ではそれが”椰子の実”だと思うのですが
これはもちろん、島崎藤村の
”名も知らぬ 遠き島より 流れ寄る 椰子の実一つ・・・”。
私も大好きな曲ですが
なんでこの曲なんだろう?
沖縄の歌ではないし、
そもそもこの歌詞は椰子の実が流れ着いた本土の人の気持ちを歌にしたと思うのですが。
実際この歌のふるさとは愛知県、渥美半島に記念碑が建っているそうです。
と思ってネットで調べていたらドラマの中で東京から来た民俗学者の青柳先生は柳田邦男がモデルで
島崎藤村と交流があったということなので、そこから来た、という説。
とはいえ、沖縄の人(賢三ファミリー)が「椰子の実」をどういう気持ちで歌っているのか、私にはよくわかりませんでした。
ドラマの中でそのあたりも描かれる・・・?といいなと思います。















