差別とは人が長い間苦闘し続けた課題であり今後も続くであろう命題。
人種差別 格差社会 人権問題 宗教戦争 権力闘争 何がこのような問題を引き起こすのであろう。。。
人は生れもって平等ではない。生を受けた瞬間から両親の性格から、家庭環境、経済環境、地域、人種、宗教
国、容姿、性別、性格など等、全てにおいて平等ではない。
性格等においては環境や教育によって変化し行くものであり、経済状況や宗教等も個人の確率によって変化し
行くものでありますが基本この社会は差別、区別によってあらゆる格差を生み出す社会といえよう。
人が人と比べる事によって初めて自分の立場を理解できる。
その基準が自分であり自分が中心の世界観を一人一人が築いているマクロ社会がある。
これは時間的にも空間的にも広がる社会観でありそのマクロ社会の中を人々が海のしぶきの如く、生れては消
え又生れえる永遠の歴史を書き綴っている。
では差別から引き起こされる諸問題とは何か。
この世の中のありとあらゆるモノが差別から見出され虐待、いじめ、犯罪、しいては差別闘争、人種差別、等と筆
頭に書きつづった問題に重なってくる。
人が人を傷つけ、人をみくびり落し合う悲しい現実。欲望という名の禁断の実が人の心を狂わせるのであろうか。
歴史的にも悪の化身として名高いヒトラーやスターリン、ポルポトなど最悪の事態を引き起こして未だその苦しみ
の尾を引きずっている彼らとは、何がそうさせたのだろう。
人は皆、幸せを願って生きています。この悪名高い彼らであれ、両親がいて、妻子があり、友や師がいる。
幸せを求める心や大切な人を思う心は変わらないはずです。
視点を変えて、彼らの身内や親兄弟から見ると悪の視点もずれてくる。
フランスの英雄ナポレオンも諸外国から見れば最悪な暴君にしか見えなかったであろう、
これが歴史の統一の難しい所だと思われる。
では悪人とは誰を差すのか?どこにいるのだろう。
欲望の渦の中に見出す悪の化身は弱い人間の命の中に潜んでいるといえよう。
そしてこれこそは何人と問わず平等に持ち合わせているモノといえないだろうか。
人を愛する心、慈しむ心があるのと同様に、憎み、妬み、僻み、嫉む汚い命が誰人の中にも存在する平等の命
の姿と言えるでしょう。もちろん私にも、あなたにも存在します。
その悪に染まる命が、何らかの現象、感情により呼び起こされ、いじめや虐待、から独裁国家や戦争までをも引
き起こす引き金となっている。
私たち人間は、幾千万年と同じ歴史を繰り返している現在、未だ解決の糸口も見出せないのであろうか。
人が人として生きていく人生とは一体、何を意味しているのだろう。。。。
この波紋は遠い昔から未だ続いているのでしょう。
岩窟王

