この物件のオーナーは私の友人なの。

 

そういうと、おもむろに「ねえ、猫の写真見せてくてる?」と言った。

 

今までの人生で、何度か部屋探しを経験したが、不動産屋で「猫の写真見せて」は初めてのことだ。

 

あ、どうぞ。

とスマホの中の画像をいくつか見せた。

 

「あら、かわいいわね~」とか「まだ若いわねこの子たち」とか、猫の感想が続く。

 

いったいいつになったら部屋のことを聞けるのだろう‥と思う反面、うちの猫たちの画像に食いついてくれるのは嬉しいという猫飼いゴコロも湧いてくる。

 

ひとしきりうちの猫たちの画像を楽しんだあと、いよいよ部屋の話になった。

 

「あのね、このアパートのオーナーもこの物件に住んでいて、猫と暮らしているの」

 

それを聞いてもとくに驚くこともなく、まあそうだろうなと思いながら頷いて聞いていると、さらに続く。

 

「以前はペット可ではなかったんだけど、彼女が親から相続してオーナーになってから猫と一緒に暮らすことが入居の第一条件になったのよ」

 

ここではじめてわたしは質問をした。

 

「なぜそこまでのこだわりに?」

 

「それはね・・」と思い出すように話し始める。

 

彼女の親がまだ大家として経営していたころに、野良猫がアパートの周りに増えてしまったことがあって。

たぶん、入居者のなかにエサを与えていた人がいたのだと思うけど、ほんの数年の間にアパートの敷地内に20匹くらいの野良猫が居ついてしまったのよ。

 

入居者の中には猫嫌いな人もいて、保健所に連絡されて駆除されそうになってたところを、入居者の数人が保護して飼いたいからペットと暮らすことを許可して欲しいと直談判したわけ。

 

今、オーナーになってる彼女は猫好きだったので、保護を申し出てくれた入居者と相談して捕獲し、彼女も3匹を引き取って一緒に暮らしていたところ、両親である大家夫婦が数年前に他界して相続することになって、物件の一室に猫と一緒に引っ越してきたの。

 

猫を保護した時に顔見知りになった入居者の中には野良猫の保護活動のボランティアをしている人もいたりして、いつの間にかこの界隈では保護猫活動をしている人たちが入居を希望するアパートになったの。

 

であれば、いっそ猫と入居することが条件にした方がいいのでは?と考えてそうなったけです。

 

 

と話し「理解できたかしら」とわたしの顔を見て言った。

 

はい、よくわかりました。

うちの猫たちも保護した猫ですから、他人事とは思えない話でした。

 

「あら、そうなの?保護猫ちゃんなのね!だったらほぼ決まりね!」

 

「え!まだ物件も見てませんけど・・」と小声で言うと

 

ケラケラと明るく笑いながら

「そうね、今から見に行きましょうか。きっと気に入るわよ」と言って電話をかけ始めた。

 

新しい部屋を探し始めたのは、まだ冷え込みの厳しい2月の上旬だった。

 

今どき、不動産屋へ出向いて部屋探しをする人なんて少ないだろう。

 

わたしも今まで住んでいた部屋はネットで探したのだ。

 

今度もそうしても良かったのだが、40代でパートナーもいない女が一人暮らしをする、しかも2匹の猫とともになのだ。

 

選択肢は多くない。

 

だったら尚更、情報の溢れるネットで探した方が効率が良さそうじゃないか!とも思う。

 

でもなぜかわたしは不動産屋へ向かっていた。

 

猫を連れて行くわけにはいかなかったのだが、2匹の猫の要望はしっかり頭に叩き込んだ。

 

今まで住んでいた街から2駅離れた下町の商店街にある古い不動産屋の前に立つと、何枚もの間取図の書かれた募集物件の貼り紙がある。

 

いきなりそこに望み通りの部屋が見つかるなんて、そんなドラマのようなことはもちろんなかったが、商店街から一本入った裏路地にあるアパートなどの募集もあった。

 

重いガラスの扉を押して中に入ってみると、老夫婦と思わしき男女が揃ってこちらに顔を向けた。

 

「はい、いらっしゃいませ」と男性の方が立ち上がり、接客用のカウンターに手を伸ばして座るように促した。

特段、商売っ気があるわけでもなさそうな不動産屋だ。

 

「ひとりで暮らす部屋を探しているんです。猫2匹と一緒に住める部屋を」と言うと、急にそれまで表情を変えずに座っていた女性の方がこちらの顔を向けてきた。

 

そしてこう切り出してきた。

 

「猫を飼っていない人は入居できないアパートなら、ちょうどいま空いているけど」

 

思わず「はあ?なんですかそのアパートは」と聞き返しそうになったが、堪えた。

 

男性の方が「じゃあ、詳しく話聞いてみて」と奥に引っ込むと同時に、女性の方がカウンターの向こう側の椅子に座り、わたしの目の前で急ににっこりと笑顔になった。

 

そして、ちょっと理解できなかった「猫を飼っていない人は入居できない」アパートについて話し始める。

「ちょっとお父さん、陽のあたるアパートの間取図持ってきて」と男性に伝える

 

(やはり夫婦だったのだな、お父さんといってもまさか親子ではあるまい)

 

そして間取図を見ながら、

 

猫2匹と一緒に住むなら2部屋は必要でしょ。

この部屋は2DKだけど、キッチンとダイニングが広めで2人でも暮らせるくらいの面積はあるから、猫が2匹でも運動不足にはならないんじゃないかしら。

 

と猫のことをまず話す女性。

(この人きっと、無類の猫好きに違いない)

 

ここまでの数分間でわたしが得た情報はそれだけだが、それはとても良い兆しを感じる情報だった。