先だっての月曜日に相棒の居住権申し込みの最終ステップが終わった。私のは、先月済んでいるが、まだ正式な居住権証明書は届いていない。代行業者から、申し込み終了時に発行された臨時の居住証明書のコピーを常時携帯しているように言われた。ポルトでは、珍しいことだが、リズボンでは、最近違法外国人の取り締まりの一部として、町中で居住権証明書の提示を求められることが多くなってきたらしい。こわ
!米国かいな?と思っていたが、それだけ移民が増えているということだろう。
調べてみると、米国からの移民だけをとっても、2019年には、3000人程度だったのが、2023年には、14,000人、2025年の頭には、19,258から21,000人位になったという事だ。シアトルの友達とたまに話しても、知人がポルトガル移住を計画している、ということを多々耳にする。
その主だった理由は、生活費の低さ、治安の良さ、それに加え、政治情勢への不安らしい。ビンゴ
!私もそうだ。もちろん、私の場合は、のんびりしたポルトガルを好きだ
ということが大きかったけれど。
英国や他のEUの国々からの移民を入れたら、ポルトガルの移民の数はもっと多くなるだろう。でも、統計を見たら、一番多いのは、ブラジル、インド、とAngola(アフリカのどこか、らしい。←調べろや、自分
)からの移民らしい。
ブラジルのポルトガル語は、多少ヨーロピアンのポルトガル語とは違うものの、生活に支障はないから、私のポルトガル語のクラスにブラジル人がいないのは、当たり前だけれど、インド人もAngola人もいないから、あまり実感は掴めない。
私のポルトガル語のクラスは、前述通り、3分の2が南米からの生徒である。残りがパキスタンとその近辺(これが今一つ良く分からない
)、ロシア(もしくは、その近辺)、フランス、中近東(サダム・フセイン(
同姓同名)が一人とモハメドが二人)、米国(相棒)、日本
(私。国籍は米国だけど、敢えて日本から、と公称している)、と言った感じだ。ポルトや私の住むマイアには、ブラジル人がかなりの確率で普通に働いているけれど、インド人やAngola人を始めとする黒人は、殆ど見ない。
この統計は、米国人の移民のものだけれど、40%がリズボン、20%がアルガ―ヴ、残りがポルトと以北に住んでいるらしいので、もしかしたら、リズボンに行けば、インド人もAngola人も沢山いるのかな、と推測する。
でも、私は、ポルトガルへの移民の筆頭三位までを埋めるブラジル人、インド人、Angola人は、実はポルトガルをステップ・ストーンに使っているのかも、と思い始めた
。
…というのは、先日クラスの前に、パキスタン人ではないけど、その近辺からの生徒に話しかけられたのだけれど(厳密に言うと、相棒に話しかけた)、“米国から来たんだよな?俺は米国に行くぜ。ポルトガルの国籍取ったら、米国行くぜ”、と奴はつたない英語で言った。我々が咄嗟のことで反応ができなかったのは、単純に理解不能だったからだ。…ポルトガル国籍取得のためのポルトガル語のクラスを取りながら、米国へ行く計画をしている?はぁ~
?
ところが、彼だけではなかったのだ。相棒の居住権申し込みが済んだお祝いに、外食しようと、相棒のリクエストで、近所のハンバーガーを出すレストランへ行ったのだが(所詮、米国人
)、そこのウエイトレスは私が日本人だ、というと、興奮して、同様な事を言った。彼女の英語の訛りがきつくて、どこの国か、は聞き取れなかったのだが、彼女は日本に行きたいのだが、彼女の国からでは入国できないので、まずポルトガルで国籍を取り、ポルトガルのパスポートで日本に入国するつもりだ、と言うのだ。
米国が今年の頭に入国禁止した国の中には、確かにパキスタンも入っていた。ロシアは勿論のこと、アフガニスタン、バングラディッシュ、カンボディア、タイ(なんで???)、ミャンマー等の東南アジア、Angolaを始めとしたかなりの数のアフリカの国々、ブラジルを含めた中南米の国々からの入国は、皆米国入国禁止になっている。…米国は移民の国だと思っていたのだけれど。実際に統計で見たら、米国は移民の数では、まだ第一位であるが、これからその数も変わっていくであろう。そして、日本の政治情勢を見ても、これからは移住が難しい国になっていくことは想像に難くない。
こうして見ると、ポルトガルという国のお人よし加減が知れる、というものではないだろうか
。そして、私には、なぜポルトガルを出て、米国へ移住したいのかが分からない。確かに、所得税で給料の半分も持っていかれるようなポルトガルと比べると、米国は金が稼ぎやすいのかもしれない(但し、気を付けないと、米国とポルトガル両方に税金かけられます
)。アメリカン・ドリームという古い幻想をまだ信じているのだろうか。毎日のように報道される、白い家の狂人の暴挙を知らないのだろうか?
日本への移住の夢は、分からないでもない。でも、それだって、最近の日本の政治情勢や移民にまつわる社会状況から考えても、今やyellow brick road(成功・希望への道)ではないと思うのだが。
私は、バブル崩壊前に日本から米国に移り、そして米国がまだ最盛時にポルトガルに移る、という、経済的に考えると逆方向に向かって移住してきた。若い時から、お金にあまり興味がないのである。良い車にも、ブランド物の服や靴にも。いつでも、お金と時間、であれば、時間を選択してきた。
私は、シアトルの大学在学中に、幸福についての論文を書いたことがある。去年ブログにも書いたが、人間の幸せというものは、自分たちの中に存在するものであって、他人と比べた時点で、不幸が始まるのだ(と伊坂幸太郎も言っている
!)。そして、物質は、私たちの生活を楽にするけれども、幸せにするわけではない、と私は思う。でも、それを非パキスタン人のクラスメイトやバーガー屋のウエイトレスに語るのは、なんでも手に入る日本や金満の米国で生活してきた人間の傲慢なんだろうな。






