歩くたびに、きゅうっと音が鳴る。
踏みしめるその歩幅の跡に、大きいのと小さいの。
ふたつの足跡を残しながら。
吐く息は白くて。
ほんの少し、鼻のてっぺんも冷たくて。
めずらしく真っ白になるまで降り積もった雪の白。
いつもよりちょっとだけ空が澄んでいて、ピンと張りつめた空気に星が瞬く。
除夜の鐘を遠くに聴きながら。
お互いに、口数が少ないふたり。
「手、つなごうか?」
「子供扱いするな。これくらい歩ける」
「そ?」
傍から見れば、特別な夜のおでかけにワクワクしている息子とその父親。
しかも、雪が降り積もって交通網はかなり打撃を受けている状況。
そんな悪路も手伝って、近くの神社へ初詣に向かう通りは人もまばらだ。
「雪って、歩くと音が鳴るんだね」
まるで雪の中に靴音以外吸い込まれてゆくような、シンとした夜の散歩。
靴先を見つめながら、シュウがつぶやく。
綿のようにふんわりと積もる雪は、街灯に照らされて、結晶が光の粒のようにキラキラしていて。
きゅっ。
きゅっ。
「アオとハルが喜びそうじゃな」
「ルキは楽しくないの?」
「・・・楽しい、か。わしはそんな風に考えたことなかったな」
「オレは楽しいけど」
そう言って、小さな身体を両脇から抱きかかえる。
ふわり。
背の高いシュウの肩に、ルキの身体が重なって。
「あぁっ。また子ども扱いしおって!」
肩車をされたルキは少しだけむぅっとしながら、ぽかりとシュウの頭を叩く。
「ぃって。バランス崩したら転ぶよ?」
ふたり分の重み。
会社を興して独立をして。
『自分』が『好き』だと思えることを仕事にして、こうして年の瀬を迎えられた。
さんざんこの小さなオトナに振り回されて、背中を押されて。
会社に勤めていた頃は黙々と、ただひたすらに仕事をこなして。
疲れた身体を部屋まで運んで。
こんな風に足元を見て歩いてはいたけど、見ていたのは地面ではなくて。
ドコカ、チガウナニカだった。
あの頃見ていたものが何だったのか思い出せないけれど。
一歩一歩を踏みしめて歩くというよりは、ただ足を動かして移動していただけのような気がする。
「やっぱ星は少ないね」
いつもより少しだけきれいな空を眺めて。
「来年はキャンプに行こうか。ナギさんちも誘って。もっときれいに星が見える場所へ」
ふと。
大切な、護るべきシュウの肩に座ったままで。
ルキは黙り込んだまま、そのつむじを眺めて。
このままこうして、シュウの傍にいてもいいのだろうかと自問する。
どこかフワフワしてつかみどころがないようにも思えるシュウも、実は三十を越えたイチ男子。
いつかナギ達のように恋をして、家族を作って。
こんな風に子供を肩に乗せて。
そのうち「親父なんかうぜぇ」とか言われるようになって、髪も白くなったりするんだろう。
それでも、わしは傍にいられるけれど。
今はその時じゃない。
それは判ってはいる。
だけど、ずっとこうしてこのままではいられないのかもしれない。
後ろから、はしゃぐ声が近づいてくる。
つられて視線を動かすと。
若い恋人たちが、雪の感触を楽しむように笑いながら同じ方向を目指して歩いてくる。
彼氏に差し出された手のひらを見つめて、少し照れたように。
だけど幸せそうに微笑んで、その手を掴む。
その手首には、大切な人からプレゼントされた真新しいブレスレット。
今夜の雪のように、白くてかわいらしいホワイトコーラルが月に照らされる。
「こんなところ見つかったら大変だね、せ・ん・せ」
「こんな雪の夜に出歩くやつらもそういないじゃん?ま、見つかったらひとりでフラフラしている生徒を保護したところですって言うし」
「えぇ、アタシが悪者?」
「ま、合格祈願をしに行く生徒の引率ってコトで」
笑いながら、シュウとルキの横を抜けて追い越してゆく。
かつて。
護るべき人間を誰よりも近くで見護ろうとした天使は。
その羽根を手折ってでも、傍にいたいと。
神様との約束を覆して。
その手を取った。
引きかえに失くした羽根の代わりに。
絶対に彼を裏切らずにその隣で、彼の一生を見護ると。
新たな約束を胸に、地上に降りた。
もう、言葉も交わせない。
その必要もないのかもしれないが。
その彼女が。
ふと立ち止まって。
こちらを振り返る。
「ね、タクちゃんせんせ。あの子すっごくかわいい。パパに肩車されてるよ!初詣に行くのかな」
つられて振り返った彼と目が合って。
とても優しそうに笑ってから、はっとしたように彼女を見つめて。
「・・・かもな。てかアヤネ。学校じゃないんだから『せんせ』はないだろ?」
「だって、引率の先生なんでしょ?でもいいの。タクちゃんはずっと私の『せんせ』だから」
「・・・先生のままでいいの?」
「・・・タクちゃんのそばにいられるなら、それでもいいよ?」
ふわり。
おひさまのように微笑んで。
それが、彼女の願い。
「・・・あの、今のソレ。すっげ・・・」
歩幅が違うから。
どんどん遠ざかっていくふたりの会話を聞きながら。
シュウが小さくため息のような笑い声をもらす。
「かわいいって、ルキ」
「ほっとけ」
「アヤネちゃん。幸せそうだね」
「・・・だな」
「ルキは最後まで人間になるのを反対してたけど。心配なんかしなくても、きっと大丈夫だよ」
「心配なんかしておらんぞ!」
「淋しそうだけど?」
「は、わしがか?」
人として生きる最大の違いは、限りある命。
いつか、すべてやり尽くすことができたら、その魂は空に帰る。
それは神様と決めてきた時間の長さであって、人それぞれの時間。
どんな状況にあっても。
出逢うべくして存在する魂は、ちゃんと巡り合えるものだから。
「そのうちオレも彼女ができたりするんだろうけど・・・」
「フェロモンむちむちのか?」
「いや、そこは否定したい気分。けど、きっと。オレが好きになる人だから。ルキのことは無条件に大好きだと思う」
「・・・・・・」
「今のままで、いいんじゃない?親子ごっこもそう悪くないよ」
きゅっと、身体を支えるために掴んでいた足首。
シュウの手に力がこもる。
何を察知されたのか。
護るべき相手に護られて。
それでいい訳がないのは判っているけど。
「それはそうとさ。ルキの言う神様ってやっぱキリスト様でしょ?日本の神様って縁があるの?」
「郷に入れば郷に従え。この土地を護る神がおるから、こうしてわしらも存在できているんだ。挨拶くらいしておかねばな」
「そっか。ま、新しい年も元気に仕事ができるようにお願いしておかないとね。イチ個人事業主としてはさ」
「働け働け」
「・・・・・・ルキ、除夜の鐘が止んだよ。新しい年のはじまりだ」
腕にはめていた時計を確認して、小さな天使を見上げる。
「今年もよろしく」
「・・・おう。よろしくされておこう」
「なんだよ、それ」
クスクスと笑うシュウにつられて、思わず頬を緩ませて。
晴れた冬の夜空にちりばめられた、わずかな星を仰ぎ見て。
誰もが。
幸せになりたくて。
幸せであろうとして。
日々を過ごしている。
頑張っている人も。
ちょっとだけ苦しくて頑張れなくて。
きっかけを探してもがいている人も。
笑って過ごせる毎日が訪れますように。
どうか今年も。
あなたの周りに、たくさんの幸せが降りつもりますように。
しんしんと降りつもる
keep falling silently・・・。