結局、何も聞けないまま。
カナさんが困るような事があったらいつでも助けに入ってやるって勢いでほぼ毎日ラストオーダーギリギリでお店に飛び込んではみるものの。
例の感じの悪い奴も姿を見せず。
というか、営業時間内張りつくわけにもいかないから、本当はどうなっているのかも判らないんだけど。
ただ、定休日明けのお店のドアに、柔らかな音色のドアベルが飾り付けられていて。
きっと、誰かが入ってきたらすぐに判るようにだと思ったから。
にこやかに話しかけてくれるカナさんに、あの日の気まずさを思い返す。
「・・・今日もオニ上司がさ・・・」
ついクセのようになってしまった、オニ上司のオニっぷりを披露して。
クスクス笑いながら、黙ってそれに耳を傾けてくれる心地よさに甘えて。
美味しい夕食をここで味わって。
電車で二駅の帰り道は、いつもどこかせつなくて。
ipodから流れるお気に入りの曲にため息をこぼしながら、流れる景色をぼんやり見つめる。
彼女の笑顔は、誰に対しても平等で。
どれだけ優しく笑っていても、絶対に入り込んでこない境界線。
必要以上に持ちあげたりおだてたりしない心地よさ。
それが、彼女のお客に対する姿勢なんだろう。
その中のひとりでしかない自分の現状に、焦りと自己嫌悪が入り混じる。
どうしたら、見えない壁を打ち破れるんだろう。
ふわり。
抱えていた紙袋から、ちょっとだけ甘くて香ばしいパンの匂いがあがってくる。
まるで彼女のように優しくてやわらかな匂いに、またため息がこぼれた。
**********
「はい、おみやげ。食事の時間くらいちゃんと取れてこその一人前よ?あとは、牛乳・・・」
急きょ明日、部長に同行することになったプレゼンのデータの打ち込みに没頭していたオレの前に小さな紙袋をポンと置いて。
マミーがコンビニで買ってきたお菓子の入った袋からパックの牛乳を取り出す。
「カルシウムも取らないとね」
「いつもすいません」
「マミさん、菅野にそうとう貢いでますよね」
一緒にランチに出ていた同期の大野がクスクス笑う。
「あらやだ、サトコったらはっきり言わないの!でもこの子胃袋掴まれてるからダメダメ」
そう言いながら席を離れてゆく。
胃袋掴まれてるってなんだよと思いながらも、マミーが買ってきてくれたのがお昼に完売してしまうカナさんのコロッケパンで。
ありがたく思いながら、データを保存して、手を洗うためにトイレに行こうと給湯室の前を通り過ぎる。
「来月のデザートの試作、今日の午後から作るってエリちゃん言ってましたね。杏仁豆腐らしいですよ」
「あそこはデザートも美味しいからつい通っちゃうのよねぇ。そういやサトコ。あんた見た?」
「何です?」
「ランチの忙しい時間なのに、カナちゃんを訪ねてきた男の人がいたでしょ」
どれだけ声が大きいんだと思いながらも、聞こえてきた会話に思わず足が止まる。
カナさんを訪ねてきた男?
あの、感じの悪い例の男だろうか?
「えぇっいました?」
「っとにあんたは美味しい物食べてると他の事見えなくなっちゃうのね。なんか場の空気を読まないっていうか、時間作るから夕方にしてって珍しくカナちゃんが怒った顔してたのよ・・・」
やっぱりあいつだ。
無意識のうちに奥歯をグッとかみしめて。
だから、マミー達が出てくるタイミングに気づくのが一瞬遅れたんだ。
「・・・あらコウヘイったら、こんなところでどうしたの?お昼休み終わっちゃうわよ?」
一瞬にして心臓がドクンと跳ねて、それをごまかすように拳をつくって口元を隠す。
「・・・コーヒー飲もうかと、思ったんだけど・・・」
「お昼休み明け、入れるけど・・・今がいいのかしら?」
「・・・や、後でいいっす」
妙に低姿勢で頭を下げて、ぎくしゃくしたまま課に戻る。
大好きなコロッケパンも、おまけで入っていたクマさんのパンも味わう余裕なんてなくて。
てかクマさんかよってつっこむ事さえ思いつけなくて。
オニ上司、福原部長からの了承を得るべく、資料を作り上げていく。
絶対に残業なんてつけないで終わらせてやる。
少しでも早く、お店に行けるように。
何が何でもクリアしてやる!
~~~続く。~~~
