入退院治療後 ・ 手術 ・ その後 ・・・
2012年10月24日 2回目の開腹手術! 根治に向けての手術! これが最後!! と心に決めての 入院。 骨髄抑制は有るものの、数値レベルは、どうにか手術を迎え られる程度だとの事。 まずは予定通り! 体調良好と感じてる私は入院直後から、笑顔で術前検査・・・ 久しぶりの Sさん・Kちゃん・Aちゃん・Sサン ・・・・・ 再会で賑やか~ぁ ところが・・・ 母が倒れた!の連絡 ・・・ 消灯時間を目の前に しての外出、約2時間離れた病院まで旦那の車で駆け付ける。 25日 朝早く自宅から母の病院まで、旦那に送ってもらう。 母の手術中も妹と入院準備の買い物に出たり、、、、 夕食の頃、自分の病院へ ~ 妹に送ってもらい 戻る。 10月29日 予定通り 手術 ・・・ 9:00過ぎに手術室に行って ~ ICUで今18:00って 聞いた記憶があるけど、手術室から何時に出てきたのか 実際の手術時間はわからないやぁ 翌日には回復室に移動。 発熱に耐えて・・・とにかく寝る! でも、動かなきゃダメでしょ・・・ 痛みも無く立位は大丈夫! なんて思っていたけど、、、貧血が酷いらしく 確かに ・・・ で 鉄剤の点滴をしなきゃ って これが具合悪くなるんです。 発熱に吐き気に痛みでしょう・・・ 絶食だし、回復室だから ベットの周りはカーテンは閉めたままだし・・・ 術前の元気な自分が嘘のように・・・ 今までに無く、看護師さん 相手に 「 もう・・・ヤダ~ 」 なんて弱音を吐いたり・・・ 友人に 「会いに来て 」 みたいな催促メールしてしまったり・・・ もう帰るの?って思ってみたり・・・ 悲しくなったり・・・ いつも次は××日に来ます!なんて言って退院していく仲間達 も、経過観察に突入となり 「 いままでお世話になりました 」って 退院していってしまうし・・・ 取り残された気分になって・・・ 初 抗ガン剤 後 の 痛みに耐えていた時の気持ちとは明らかに 違って、甘えてるってか、なんだか気持ち的に、辛かったな~ぁ 11月 7日 たしかこの頃には、トイレに行って排尿!歩行もしてた。 「食事開始の重湯はゆっくり噛んで!」 って教えを守って イレウスになることもなく順調! でも、発熱は相変わらずだし、食欲ないし・・・ 排尿障害もなく、導尿は数える位しかしなかったと記憶。 ただ ドレーンから溢れ出す・・・チト困った。 11日 先生に術後説明を受ける。 予定外だった言葉が一つ 「切除したリンパの中に、6回の抗ガン剤でも死んでい ない元気なガンがいました。」 「手強いです」 こういう時に トドメの抗ガン剤を追加 ってなるって入院中に 周りの人から聞いていたけど、私はしなくて良いって言う。 主治医の事は信頼してるから・・・ 治験にも参加してるし・・・ でもショックだったな~ 腫瘍マーカーも一桁まで下がっていたし このままでも大丈夫じゃん 位に思っていたから~ 翌日には 「良かった~ぁ リンパには いなかったて~ぇ 抗ガン剤も 3回で終わるって!今日は良く眠れそう」 と 報告してくれた仲間。 眩しかったぜっ! 母の 手術中に 食べた、スーパーの 惣菜コーナーの カツ丼完食! を 最後に、またまた 食欲減退・・・ 大部屋に移ってもイマイチ 食べたくない 日々でしたね~ お部屋の皆も、雰囲気も、入院時とはまるで違って・・・ 退院日まで,、とにかく便秘にならないように精を出し、 腸を動かさねば・・・と一人で淡々と狭い病院内を グルグルと徘徊し・・・ 17日 あんなに 泣き言 言っていたのに、術後から2週間程で 笑顔で退院。 過ぎてしまえば、何だかんだ 順調なのです。 笑顔で 「今まで ありがとうございました!」 「病棟には、もう来ませんから~」 って言って退院する。 自宅に戻り、これからは、体力の回復と、便のコントロールだ~っ! と気持ちも新たに ・・・ まずは妹に任せっきりの母の事、、、 すっかり その気になっている私です。。。 って その前に ・・・ 姑がせっかく?勝手に? 、、整理整頓してくれた あれやこれやを元に戻したり~ぃ 何処行ったの? と捜索したり ・・・ そんな 2012年の11月 。。。 の わ た し 。。。