(…何で会場がここかなあ!!)


    キョーコは夕食会場に到着して絶句

した。

    京都一の老舗旅館はキョーコが育った

場所であり、不破尚の実家であった。

    玄関先で撮影クルーを出迎えていた尚の

母である女将がキョーコを見つけて微笑ん

だ。

  「キョーコちゃん、お帰り。」

  「若女将お帰りなさいませ。」

   仲居頭ウメを筆頭に従業員から会釈さ

れ、キョーコの顔は火を吹いたように

 真っ赤になった。

   「えーっ、京子ちゃんの実家?」

   「京子ちゃん、お嬢様なんだー。」

   撮影クルーから驚きの声が上がる。

    「ち、違いますからっ。」

    キョーコは必死に否定する。



  「キョーコちゃん、事情は社長さんからい

ろいろ聞きました。松太郎のこといろいろ

堪忍な。」

   謝る女将の後ろに社長と蓮がいた。

  「最上くん、ここ君が育ったところなんだ

ね。いやあ、驚いた。」

    (…嘘ばっかり!絶対わざとここを選んだの

よ。)

    睨むキョーコを無視して社長は蓮に声をか

けた。

    「蓮、夕食まで時間がある。最上くんに

日本有数の庭園を案内してもらいたまえ。」

     「はい。」


   キョーコは 不思議な気分であった。

    幼少時から慣れ親しんだ庭園を蓮と歩いて

いる。

   四季折々の草花を配し、常に美しい。

   フロントには季節の花を飾る。

 「キョーコちゃん、お花もきちんと

  飾れなくてはダメよ。」

   難しい枝切りをしながら女将は説明し

たものだ。

   花を生けるのもお茶を点てるのも女将の

仕事。

 (…女将さんは私を将来の女将として育てて

くれた。つまり、ショータローがいうところ

の地味でつまらない女は私。)



 「どうしたの?最上さん、怖い顔して。」

  蓮に指摘されるまでキョーコは顔を強張ら

せていたのに気づかなかった。

  「す、すみません。考え事してて。」

  「いいところだね。ここが不破の実家?」

  「は…い。」

    キョーコは恐る恐る俯いた。

    蓮は幼少のキョーコから旅館に預け

られているのを聞いていた。

    不破尚が旅館の一人息子だということは

先程社長から聞いて初めて知った。

   社長がキョーコの身元引受人ということを

女将はキョーコの母から聞いていた。

   こんな国際的なホテルなら英語も必要に

なるな。最上さんも不破も英語が堪能なのは

このためか。やけに丁寧な言い回しも。

   蓮は納得した。

   「最上さんはここで育ったんだね。」

   「はい。」



   キョーコは蓮と並んで歩いてるだけで

嬉しくて仕方ない。

   せめてメールと思ったが、何を書いて

いいか判らなかった。恋人でもないし?!

   毎日、蓮のことを想っていた。

(…神様が願いを叶えてくださったんだわっ!

地獄に堕ちる私を不憫に思って…。)

    時が止まればいい。


   「最上さんと会えなくて寂しかった。」

   「………….…///」

   「君のことを考えない日はなかったよ。」

    「………………!」

      蓮の言葉にキョーコは目を見張った。

      (…敦賀さん、もしかして、もしかして)

    「最上さんの作るおいしい料理じゃない

  と俺は食欲がでなくて…。」

      「…………………そうですか。」

      そうよね。それ以外なにがあるだろう。

   キョーコは苦笑した。

      「最上さん?」

      「は、はいっ。」

       蓮は話を続けていたが、聞いていなかっ

   た。

       「食事後、渡したいものがあるので、

    部屋に寄って貰っていい?」

       「??」

       「今日は社長とここに宿泊でね。」

       「そうでしたか。判りました。お部屋

   は?」

       「竹の間。ちなみに社長が松の間。」

       「!!」

     (…松竹梅の3特別室は女将さんとお付き

合いのある方しかお泊めしないんだけど。)