---------隣の隣---------
それまで全く見かけなかったのに、朝の駅、バス停、教室の移動時等に、黒豹ボーイをやたら見かけるようになった。
引き寄せの法則?
意識の中に一旦入ってくると、知らず知らずに目で探してしまうのかもしれない。
同じ音楽棟どころか、クラスまで1組と3組で、隣の隣。なんで気づかなかったんだろう。良かった、隣じゃなくて。
別に隠れる必要はない。
喋ったこともないし、なにか責められたわけでもないのに。姿を見かけると咄嗟に隠れてる自分がだんだん可笑しくなって、ある日廊下でアヤと談笑する黒豹ボーイを見かけ、同じ軽音部員とわかり、コソコソ隠れるのは止めることにした。
あの日の黒いジャージは、借り物だったのかな。あんなに速く走れるのに、どうして軽音?
軽音に入ることを決めて、三人と部室に行った日、黒豹ボーイと彼の仲間に会い、アヤに紹介してもらった。
笑うとクシャッと幼い感じになるベビーフェイスのせいか、自分より多分背が低いと思っていた黒豹ボーイの目線は、いざ向き合ってみると意外にも少し上だった。
「よろしく」
「こっちこそ」
「カオリン、すごいんだよ。コード全部弾けちゃうし」
マユが話してくれて、お互いギター担当なことがわかった。
なにかリアクションがあるかと思ったら、無反応。日本の男の子の例に漏れず、彼も微妙に目線が合わない。前髪のあたりをみてるのがわかった。
良かった。特に覚えてないみたいだし、あの時の変な感じは、自分の気のせいだったんだ。
隠れたりして、バカみたい。心に引っかかっていた重しがひとつ取れて、気持ちが軽くなった。
話に興味がないのにあるフリをする、自分が嫌いでそうなったんだ。もう、そういうのやめよう。気づかせてくれてありがとう、黒豹ボーイ。
槙田翔(マキタショー)。男女問わず皆が彼をショーと呼ぶ。ショーはダディのミドルネームのショーンに似ていて、笑顔を絶やさない明るさが心地よく、親しみを感じた。
感じたけれど、脚と同様に彼はトーキングスピードがすごく速く、集中して聴いても半分くらいしか判らなかった。特に、仲間のみんながお腹を抱えて笑う、ギャグの類は益々速くて独特のリズムがあって、全くついていけなかった。
同じことで笑えるときに感じる一体感。仲良くなるのにはそういうのってすごく大事。
あぁ、ひとりだ。通じないの、私ひとりなんだ。
話しながら、ショーが時々チラチラ反応を見てくるのを感じるけど、わからないのに笑うフリなんてできない。笑いのツボが特別深いワケじゃないのに、単純に聴き取れないのがもどかしかった。
「そういうところがいいよ」
調子良く適当にごまかせない自分を、多英が励ましてくれたのを思い出した。
私って‥、人に対してすごく臆病だ。
裏切られるくらいなら、最初から期待しない。
なんて構えてるくせに、心を許せる人が現れると、すっごく執着してしまう。今だって、多英が掛けてくれた言葉をお守りみたいに、胸にずっと抱きしめて生きてる。きっと多英は、新しい世界で新しい仲間と上手くやってるのに。
「ねっ、カオリン?」
マユの言葉で我に返った。
「はっ、何?」
ビックリして目を見開くと、
「今、一瞬寝てたでしょー」
「んー、意識飛んだかも」
あははははは!
ショーがしょーもないギャグ言うからー!
みんなの笑いと共に、輪の中に入れてもらったのを感じた。ありがとう、マユ。