---------黒豹---------

 

脚の速さと運動神経って関係あるんだろうか。中学でバスケ部に入りたてだった頃、先輩の練習を見て、脚の速さとジャンプ力が比例してることに気付いて、速い人は元々の持ってるバネが違うことがわかった。

 

ボールのコントロールの巧さは、また別で、そっちも何か生まれ持ったセンスのようなものがある。だから、脚が速い=万能ではないことが徐々にわかったけど、単純なスピード競争で相手を瞬時に抜き去る脚を持った異性には、何かわからないけど、すごく惹かれた。

 

岐阜でハートブレイクした、山口峻也くん。

リレーのアンカーで、他の走者が止まって見えるくらいの勢いで追い抜いた小柄な彼の、私が惹かれた魅力のひとつが、彼の駿足だった。

 

無駄のないしなやかなフォーム、必死の形相の敵を微かに笑みさえ浮かべて抜くときの、絶対王者感。

 

「どしたの?カオリン」

 

「ううん、なんでもない」

 

束の間、郷愁に浸ってた。岐阜に行くことなんて、恐らくもうそんなにないんだろうけど。

 

「うちのグループだけさー、ビーカーが1個足んないんだけど」

 

先生に申告すると、備品倉庫から持って来て良いと言われ、莉子と二人取りに行くことになった。

 

「ひとりでいいのに」

 

「いいのいいの。ちょっとだけ抜け出したくて」

 

イタズラっぽく笑う莉子と、倉庫に続く渡り廊下に差し掛かったとき、サッカーの授業中の男子に目が留まった。紅白戦?

 

「すご。速!」

 

莉子が指差す先に、1人だけ下が陸上部の黒いジャージの男子が、相手のマークを振り切って加速したところだった。

 

全然追いつけない。速い。速い。速い。

おっとりした猫の群れの中に、黒豹がいるみたい。さすが、陸上部。

 

仲間の名前を叫んで、パスした彼が笑顔で振り向いたとき、逆立てた髪と浅黒い肌に、既視感があった。

 

あの黒豹くん、どこかで‥。

 

「イェーィ!」

 

ゴールした仲間とハイタッチする姿を見て、思いだした。あの目力。マックで睨んできた子だ。ヤだな、同じ学校だったのか。

 

別にやましいことは何も無いのに。

たまたま機嫌が悪くて怖い顔だっただけかもしれないのに。

 

でもなんとなく、誰にも見せない自分の狡いところを見透かされたように感じたあの時の昏い気持ちがよみがえってきて、

 

「行こ、莉子」

 

その場を急いで後にした。

 

ジャージの新しい感じだと、恐らくタメ(一年生)。どうか、音楽棟のクラスじゃありませんように。

 

なるべく顔を合わせたくない。

なんとなく、苦手。