‐‐‐‐‐‐‐ウィークエンド・シトロン‐‐‐‐‐‐‐

 

チェック合格で、どうにかオーブンにセット完了。焼いてる間に、仕上げに表面に塗る溶液を粉砂糖とレモン汁で作る。化学の実験みたいだな。焼き上がったケーキを十分に冷まして、あとは刷毛で塗るだけ。

 

そうだ、謝らなきゃ。

 

「母さん、俺、昨日くれたライブの御守り、うっかり失くしちまった。ゴメン」

 

「いいよー、小さいからどっかに紛れたのかもね、気にしないで」

 

「せっかく作ってくれたのに」

 

「いいの、いいの。応援に行けないから、分身?みたいなもので、ママの自己満足よ」

 

「分身落としちゃったんだ、俺。ますますゴメン」

 

「あっはははは、もういいってー」

 

せっかく用意してくれたものを失くしたり、置いていったり、今までにもたくさんあった。

でもいつも俺を責めずに、明るく励ましてくれて、リカバリーも凄く早くて、助けてくれた。

 

ADHDのこと、きっと俺が気づく前からわかってて、ずっと見守っててくれたんだ。俺の部屋が魔窟になったとき、快く広い部屋と変わってくれた兄貴も、きっと。

 

家族って、スゲー。

 

「出来上がったら味見してくれる?」

 

「もちろん!で、誰にあげるの?」

 

やっぱ聞くか(笑)

 

「大事な人」

 

「彼女(恋人)?」

 

「ハハッ、彼女(She)」

 

そう、カオリンは俺の推し。

大事な人。

 

 

最初に作ったやつは、仕上げ液を塗り過ぎて失敗して見た目がイマイチ。そのあとまたトライして、やっと3回目に満足のいく仕上がりになった。

 

満足?まぁ、自己満足だけど。

失敗作は家族に提供。

 

「これ、翔が作ったのか?」

 

うっ、親父。

なんか言われるかな。

 

「そうだけど」

 

「‥‥‥」

 

普段、甘いもん食わないよな。

 

「‥美味いな」

 

😨褒められた!

チビの時の、ピアノの発表会以来だな。

 

 

「こんなに作って、店でも出すのか?」

徹兄ぃ、降りてきた。

 

「どれ、オレにも一個くれよ」

 

切り分けたピースの一番デカいところを持ってった。

 

「美味いな、このカステラ」

 

ムカッ。

 

「カステラじゃねーし」

 

「ケーキにしては重量感あるし、パンと呼ぶにはしっとりしすぎる」

 

「ケーキだっつの。なんとかシトロンって、洒落た名前があんだよ」

 

「フランス語?レモンカステラでいーじゃん。しっとり具合はどら焼きにも近いな」

 

「クッソ、何とでも言え」

 

この際、味がマトモならなんでもいい。

 

「彼女にあげんのか?意外に尽くすタイプだなお前」

 

「まぁ、作るの好きだから」

 

作っちまったけど、やっぱ手作りなんて重いかな。

 

「‥‥」

 

「ん?どうした?固まって」

 

「これ、俺の彼女にじゃなくて、推しのカノジョ向けなんだ」

 

「カヌレ、だっけ。なんでまた」

 

「ライブの時、大ピンチを助けてもらって、そのお礼」

 

ジッ、と顔を見てくる。なんだよ、なんかついてるか?

 

「言いたいこと有ったら、言えよ」

 

「別に。いいじゃん。カステラ美味いし、きっと喜ぶよ」

 

「だから、カステラじゃねーっつの!」

 

「アッハハハハ、かわいいなぁ、お前」

 

「かわいい、言うな」

 

「結局何も伝えられなかったんだろ?もう次が始まっちまって」

 

「いいんだ。自分で選んだんだから」

 

「じゃあ、さっき何迷ってた?」

 

「お礼に菓子とか、重いかなって」

 

「もう、下心ないんだろ?どう思われたっていいじゃん」

 

そっか、俺まだカオリンに良く思われようとしてた!