仕事がどんなに忙しくても、疲れていても、ウータ(生後3ヶ月・男の子)のお世話を率先してやってくれる旦那。

ミルクだって、お風呂だって、オムツだって、あやすのだってお手のもの。

ただ1つだけ、不満というか残念というか、

「寂しい」という言葉が似合う瞬間がある。


それは、ウータが笑いかけてるのに気付かずにスマホで動画とかネットを見ていて、「見て!」って言ってもウータに視線を移してくれるのは20秒近くかかること。「もう終わりました💢」と何度あきれながら言ったことか。






一瞬一瞬、子どもの表情は変わる。

ふとした瞬間に決定的な瞬間が訪れる。


何度も呼びかけて、やっと見てくれた時には、一緒に見たかった子どもの尊くて愛おしい一瞬は過ぎ去っているわけで。


確かに、「あ!」と誰かが言った瞬間に見ても、遅かったなんてことはザラにある。

「見て!」って聞こえた時には、何もかも手を止めてウータを見てほしいという、私のワガママになるのかもしれない。


それでも、我が子の勇姿を、「こんなことがあったよ」という事後報告じゃなくて、両親である私と旦那で、一緒に見て、その感動と幸せを分かち合いたいと思うのは、本当に『ワガママ』と言えるのだろうか?




親として頑張るためにリフレッシュする時間はもちろん大事。

だけど、自分のことを優先しすぎて子どもを蔑ろにするのは絶対にあってはいけないことだろう。

もし、そうしてしまうなら、親である自身のことを犠牲にしてくれ、とさえ思う。


このような状況が毎日続き、育児を蔑ろにされている気がして、「父親のくせに」と思ってしまう事もあったし、「そんなにスマホが見たいなら自分の寝る時間を削って見たら良いじゃん!」と強く当たってしまった日もあった。

私も余裕がなくなってしまった。


しかし、ギャンブルもしない、物欲もなく、職場の飲み会も必要最低限で、スマホしか趣味がない旦那に「スマホ見ないで💢」とむやみやたらに私の意見を押し付けても、朝早くから仕事して、家に帰ってきてからウータのお世話をして、寝るまで自分の時間ないと、どんなスーパーマンでも疲れるよなと。

「ごめんごめん」と優しく笑いながら謝る旦那も、内心では「俺だって時間が欲しいのに」と悲しい気持ちになっていたのかもしれない。




こんな毎日が続いていたので、「どうしたら両親である私達がウータのことを第一優先にしながら、出来るだけ無理なくお世話ができるのかな?」とずっと考えていた。

私達にとっての最善策を探していた。



我が子の『今』はこの一瞬しかなくて、その愛おしくて大切な一瞬を何度も何度も繰り返して、あっという間に大きくなる。


二度とリプレイできない瞬間を、この目にしっかりと焼き付け、自分の心に「宝物」として残しておけないことは、とても寂しいことだと思う。


私達の腕の中でクシャッと笑い、

お腹がすけば全身を震わせながらポロポロ涙を溢し、

口からミルクの香りを漂わせながら無防備な姿で眠る我が子。

いつかは自分の両足で大地を踏み締め、

自由に駆け回るようになり、

私達の見えないところで自分の世界を見つける日がやってくる。


そして私達の元から旅立つ日が必ずやってくる。


そんな慌ただしい毎日の中で、「あの頃の我が子」がきっと恋しくなる。

どんなに見つめていたとしても、抱きしめていても、我が子の成長に感動し心震える反面、私達が追いつけないほどのスピードで大きくなる我が子に少しの寂しさを感じた時、きっと思うんだ。


『あの頃の我が子に会いたい。抱きしめたい。』


アルバムに残された写真だけじゃ足りなくて、

そんな時にふと蘇る【記憶】という名の宝箱。

あの時の表情、姿、匂い、温度、景色。

最新のカメラでも写せないものだってあるんだ。

そして、その【記憶の宝箱】は、我が子のためじゃない、私達が今日も親として生きていくために、私達を支えてくれる宝箱になるんだ。


_ミルクを飲んでくれただけで嬉しかった。

_出来ることが増えた。何でも最初は初心者。

_あの時だって、頑張れた。だから大丈夫。

_信じてくれたから、信じてみよう。

_生きている。もうそれが幸せ。


出来ることが増えて当たり前に思ってしまうけど、大切なことをもう一度思い出そう。


幸せをもう一度噛み締めよう。



今の旦那は、ウータと沢山触れ合いたいけど、スマホを気楽に触れる時間がなくて、時間配分が上手く出来ず、中途半端な関わり方になってる。

確かに「スマホを触るな!」と言われたら、どうにか隙を見つけてスマホ触るしかなくなるし、ウータに対する集中力も切れるだろう。


「ウータが起きてる時間は3人で楽しく過ごして、ウータが寝た後は、動画でもネットでも自由に過ごせるようにしよう?たまにはお酒でも飲みながら語り明かそうよ」と、日頃の感謝と一緒に伝えてみようか。





「 パパ、だいすきだよ 」