少し前の土曜日のこと。
その日は友人たちとゴルフに行く予定があった。
もちろん車など持っていないため、レンタカーを借り、友人を一人ピックアップしてからゴルフ場へ向かう、そんな日の話。
ゴルフは早朝にスタートすることが多く、今回も朝7時には千葉のゴルフ場に着いていなければならない。
また友人を迎えにいくため、結構な早起きをしなければならなかった。
当日の朝、若干の寝過ごしはしたものの、なんとか友人宅には予定通りに着けそうな時間に起床し、急いでゴルフの準備を整え家を出た。
前の日の夜のうちに準備をしておけよ、という話だが、結局当日バタバタ準備をしてしまうのが私の悪い癖だ。
天気が若干心配だな、忘れ物ないかな、トイレしてくればよかったな、などと考えながら自販機で買ったアイスコーヒーを片手に運転し、友人を無事にピックアップすることができた。
ゴルフ場に向かうため友人と談笑しながら高速道路を目指して運転していると、身体に電流が走った。
腹が痛い。
起床して間もなく冷たいコーヒーをぶち込んだせいだろう、胃結腸反射によって猛烈な便意が私を襲う。
首都高に乗ってしまうとしばらくトイレはない、しかし東京に駐車場付きのコンビニは少なく、トイレの貸し出しをしていないコンビニも多い。
ひと波越えれば耐えられるか?と思い運転を続けたが、便意は収まることなく肛門へのアピールを続ける。
ついに首都高のインターに着く、というところで友人にタイムアウトを申し出た。
車を友人に託し、インター付近でトイレを探すことにした。
道中目視しただけでもコンビニは二つあった、どちらかでもトイレの貸し出しをしてくれていれば事なきを得られる、東京とはいえオフィス街や繁華街からは少し離れたところであったため、トイレくらいは貸してくれるだろう。
一つ目のコンビニは少し小さかったが、二つ目のコンビニはかなり大きな店舗だったからトレイはある、そんなことを考えながら一つ目のコンビニにたどり着いた。
あまり期待はせずに店内を徘徊するが、トイレの貸し出しはしていませんとの張り紙を見つける。
期待はしていなかったとはいえどこかで気の緩みがあったのだろう、先ほどよりも強い便意が襲ってくる。
体内と肛門が熱を帯びていく感覚が強まる。
脂汗をかきながら、身体に力を入れすぎないようゆっくりと、しかし足早に次のコンビニへと向かった。
次のコンビニは道中に目視しただけでもかなりのサイズだった。普通に考えればトイレはある、そう自分を落ち着かせ肛門との対話を続けた。
かなり限界が近づいていたが何とか次のコンビニに来ることができた、歓喜に口角を緩めながら店内を奥へと進む。
絶望が襲う。
トイレの貸し出しはしていませんとの張り紙。
この瞬間、完全に油断をしていた身体は今か今かと排泄の機会を伺い、肛門へ激しいノックを続ける。
もう我慢ができない、ダメ元とわかりつつも店員さんへトイレを借りたい旨を申し出た。
「ウチはトイレ貸してないんですよ」
そんなことは見れば分かる。
顔面蒼白で額に大粒の脂汗をかいた人間が申し出ているんだ、少しの温情もないのか、なんなら目の前で我が分身を産み落としてやろうか。
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ、猛烈な便意は我を忘れさせる、そんな教訓を得ながらコンビニを後にする。
状況は悪化の一途をたどっていた。
目に見える範囲にトイレを貸してくれそうなところはない、早朝ということもあり飲食店もやっていない。
二度にわたる焦らし行為により肛門の感度も急上昇している。
動かなければ何も変わらない、グーグルマップを開き別のコンビニを探すことにした。
次のコンビニまでは300mほど離れていた、しかし選択肢はない。
さながら水を求めて砂漠を彷徨う人の如く歩を進めた。
徐々に便意の臨界点が近づいてくる。
括約筋に喝を入れ、灼けるような肛門を閉めながら内股で歩き続ける。
普段は特段の信仰を持たないが、この時ばかりは神に祈った。
都合の良いときだけ祈りを捧げやがって、と神の怒りを買うかもしれないが、それほどまでに「神にもすがる思い」であった。
そんな私をあざ笑うかのように道中でしとしとと雨が降り始めた。
まさに泣きっ面に蜂、弱り目に祟り目である。
いっそのこともっと強く降ってくれれば文字通りすべてを水に流してしまえるのに、弱い雨を額の脂汗がはじく。
まだまだ目的地まで遠い
乳酸の溜まった括約筋が力を失いもはやメルトダウン寸前。
周りに人もいないしその辺にOBしちゃえよ、という悪魔のささやきさえ聞こえる、そんな状況で、私は神の足音を聞いた。
建物の陰に隠れ見えていなかった小さな公園が眼前に広がった。
都内に住むファミリー向けであろうその公園は、奇跡的に公衆トイレを備え付けていた。
かつて「遠回りこそが最短の道だった」という言葉を目にしたが、二度の試練を乗り越えなければこの公園には行きつかなかった。
挑戦を続ける重要性を説くための神託なのだろう、きっとモーセもムハンマドも便意を我慢していたに違いない。
そして何より日本における公共設備の充実ぶりだ。
一等地のビルに入っているような美しいトイレではないが、十分に掃除の行き届いている、私にとってまさしくオアシスであった。
今までは嫌々ながら納税していたが、税金は今日、一人の成人男性を社会的抹殺から救った。
「ありがとう」
神と自治体に感謝しながら涙と糞を垂れた。
「ナイスイン」
そんな神の言葉が聞こえた気がした
もちろん今まで私が支払った税金だけでは、このトイレは存在していない。
今日の感謝と、次なる救済のため、私はこれからも前向きに納税義務を全うしようと思う。
おわり