先日、三男の担任から電話があって、
「今度はギョウ虫検査があるんですけど。
 そのキットもあるし、ドリルとかも来てるし、
 誰かに持たせてもいいんですけど、
 取りに来ていただけると一番いいんですけど」みたいにおっしゃるので、
誰かに持たせろっていうのも言い難く、
「じゃあ、うかがいます~」と。
それが昨日の放課後の約束で。
学校共済?(登下校や学校での怪我の保険)のことも聞かれ、
どうしようかなー、まあ学校行くこともないだろうけど、と思いながらも、
まあいいか460円だし、と3人分持って行くことに。
どうせ行くなら、上のコの分の何か受け取るものもあれば、と、
上のコたちの担任にも電話して、
三男の担任に預けてもらうように頼みました。

で、言われた通り、4時過ぎに三男の教室に行きました。
三男の机はありましたよ(当たり前か)。
一番前です。
給食当番の紙が貼ってあって、
そこに三男の名前はありませんでした。
前の学校では、「いつ来てもいいように」みたいな感じで
給食当番や係にも名前が入ってたりしたけど、
そんなことされるのも反って負担って感じだったので、
はずしてくれた方が気が楽だなあと思ったり、
三男の机以外にはみんないろいろ道具が入っていて、
「やっぱり入学式だけ行っていきなり不登校なんて、三男ぐらいだよなあ」と思ったり。

そうするうちに、3人の担任がそろって登場。
う~ん。予想してなかったな。
で、1時間半ぐらい4人でお話することになってしまいました。
わたしはもう先生に対して「作戦」とか考えるのも疲れるし
無意味だとわかってきたので、
聞かれたことに正直に自分の考えや気持ちを話しました。
もちろん言い方や言葉は選びましたし、
先生方も拒否反応って感じはなかったと思う。

これまでのこともいろいろ聞かれたので、
不登校になっていった経緯、
わたしがとらえている3人の性格、
本人たちのつらそうだった様子、
わたしの気持ちの変遷なども話しました。
印象的だったのは、先生方が
「外で遊んでいますか?出かけますか?」ってことを
しつこく聞いてきたこと。
うちのコたちはあまり外遊びは好きでなくて、
最近はお出かけにもあんまりついてこないけど、
あまり正直に言うといろいろ言われそうだったから、
適当にごまかしてしまいました。
勉強はしていることもアピールしておきました(笑)。

一度子供と話をしたいというので、
来週、別々に3日間、ひとりずつ家庭訪問に来られることに。。。
同じクラスで同じマンションのコが配布物を届けることも
了承しました。
あと、長男の担任に
「農村留学(修学旅行ではなくて、県内で3泊でそういうことをするそうです。
 へーえ)や卒業アルバムなどの積み立てが始まるんですけど、
 どうしますか?」と聞かれたので、
「行くことはないと思うし、アルバムも1日も来てない学校なので」ということで、
積み立てしないことに。ああすっきり。
あと、三男の入学式で父兄も一緒に撮った集合写真。
これもどうするか聞かれて、
「複雑ですね~」なんてわたしも正直に気持ちを言っちゃったし(爆)、
先生も「どっちでもいいですよ~」と言ってくれたのですが、
ま、こんなこともありました、ってことで購入することにしました。

不登校のコがいる方の中には、
学校との連絡はまったくシャットアウトして、
名簿から名前を抜いてもらうということまでしてる方もいる。
それもひとつの考えだし、
状況によってはありだとおもうのですが、
わたしはそこまでしたくないってうか。
子供がNOというならもちろんそうしますが、
そうでないならやっぱり先生もクラスのコも、
せっかく縁あったのだから
顔を合わせたり、ちょっと話をしたり、
可能なら仲良くなったりするのはいいことなんじゃないかと感じるのです。
先生に学校に強く誘われるとか、
クラスのコに学校に行かない理由を聞かれるとか、
そういうのはちょっと。。。っていうのは伝えておきましたが。

先生的にはやはり「できれば来て欲しい」というのは当たり前のことだと思うし、
昨日もしきりに「何かきっかけが」とか「行事だけでも来られないか」とか
言われてましたけど、
うーん、そういうことじゃないと思うけど、
ま、あまり強くは言い返しませんでした。

言ってもらいたくないことを言われることも
ある程度は避けられないだろうけど、
すべて親が間に立ちはだかってシャットアウトするっていうのにも
ちょっと疑問を感じ始めていて
(今まではそういう感じだったのですが、
 子供のではなく自分の気持ちや憶測だけで動いてしまってることに気が付いたし)、
ブログの仲間や先輩ママに以前アドバイスしてもらったように、
親がちゃんと理解してやっていれば大丈夫だろうし、
嫌なことはちゃんと嫌と言うだろうと思っています。

前に一度、先生方はうちに顔を出していますが、
「3人ほんとに楽しそうで仲良くて、
 人なつっこそうだし、いいご家庭みたいですね~」と
言ってもらいました。
それが一番うれしかったかな。


不登校中の次男の担任に、

用があって電話した。

PTAが発行する会報に載せる生徒の一言コメントを

次男に書かせるように言われていて、

テーマは「3年生になって楽しかったこと」。

「学校と関係ないことでもいいんだよ」って言ってみたけど、

次男は理由は言わないけど「書きたくない」という。

なので、その旨伝える電話で気が重かったけど、

「すみませ~ん」となるべく下手に出る感じで話した。

で、用件が終わったので、さっさと電話を切ろうとしたら・・・。


「お母さん、なんだかヘトヘトですか?」って。

は?何のこと?って思ったけど、

「いえ、そんなことないですよ」と答えると

(だって、わたしは最近は子どものことも吹っ切れて

 イキイキしてるはず・・・)、

「今回のこともだけど、学校へとプッシュしてくださる気が

 全然ないみたいで。

 疲れ切っちゃってるのかな~と」と。

は~っと脱力感を感じながらも、

「そうではなくて、わたしも色々勉強したり、

 経験者のお話をうかがったりして、

 今は、親がどうこうしてどうにかなるもんではない、

 と思ってるんです」と答えると、

担任「そうですか。お母さんがそういうおつもりなら、

「こっちとしてもできることがないです」

わたし「前にもお話したように、

学校に行く行かないは別として、先生とは交流を持っていただけたらとは

思ってるんですけど」

担任「交流って言われても、こっちは忙しいですし。

せめて放課後にでもそちらから○○くんを連れて来るぐらいのことを

してくれないと無理です。

お渡ししてあるプリントは持ってきてくれれば、見ます。

成績表の評価はできませんけど。

見て○○くんが喜ぶなら見ますし、別に喜ばないんなら見せなくていいです」

わたし「それは喜ぶと思いますけど」

担任「あー、そうですか」


はーっ、なんてケンカごしな言い方。

忙しいのは確かだろうけど、わたしがまだ態度を明らかにしてないころは、

1週間に1度ぐらいは伺う、無理なときは電話はする、って言ってたんですよ。

わたしが学校に行かせる気がないなら、

こっちもそんな気はないよ、ってことなんでしょうね。

長男は先生との交流は楽しみにしているのに、

結局転入してからの半年足らずで訪れたのは2回だけ。


まあ、もういいけど。

年度末まであと1ヶ月あまり。

彼女はもう用事以外で電話してこないだろうし、

まして次男に会いにきたりはしないでしょう。

電話のあとはぐったりしてしまったけど、

でも返ってせいせいしたかも。

来年度の担任には最初からこちらの考えをはっきり示して、

それでも何か気にかけてくれる先生だったら

儲けモンぐらいに思うことにします。




さて、年が明けましたね。
昨年はわたしにとってどんな年だったかな。
思えば昨年の今ごろは、不安な気持ちで一杯だったの。
長男はすでに不登校になっていて、
それについてはもうずいぶん腹もくくれていたけど、
次男も1学期、2学期と10日以上の欠席があり、
いつもイライラしていて、
わたしは彼の学校での不安を取り除いてやるのに必死で、
「でも、このコもそのうち行けなくなるんだろうな」と
思いながらも、
「ふたりとも不登校」という現実はヘビーで
「3学期はどうなるんだろうか?」といたたまれない気持ちだったんです。
次男は冬休み中何度も長男に
「3学期からは学校行くんだろう?」と聞いていました。
長男は「さあ?」ってはぐらかしていたけど、
次男的には「お兄ちゃんが行くなら、自分もがんばろう」って
思ってたんだろうな。
結果的には次男は3学期の始業式に行ったのを最後に力尽き、
それから一度も登校していません。
長男は次男が登校しなくてなって、とてもうれしそうでした。
それまではやっぱり、
「弟はがんばってるのに」というプレッシャーがあったみたいです。


今年度末にしようと思っていた引越しを夏に早め、
親子ともども気分も新たになってよかった。
わたしはわずらわしい社宅でのつきあいもなくなったし、
子供たちも知ってる人がいないのはとても気楽みたいで
イライラがときどき出ていた次男もすっかり明るくなり、
顔色もよくなった。
結果的に三男も不登園にはなってしまったけど、
それは2日で腹をくくれたし、
子供つながりでは知り合いを作れなくなってしまったけど、
親の会関係で知り合いもたくさんできて
とても充実した今年後半でした。


つらい気持ちになったことも多かったけど、
結果的にはいい一年だったと思います。
もう子供の不登校をネガティブなことだとあまり考えてないしね。
自分の価値観、生き方を根底から覆されて、
人間として少しは成長させてくれた子供たちに感謝しているし、
彼らもNOと言えたことは人生にとって必ずプラスになると思う。


昨日、年越しそばを家族5人で食べながら、
学校がどうとかほんとに関係なく
「みんな今年も元気でこうやって一緒におそばが食べられてよかったね」と
いう気持ちになり、そうみんなに言いました。
夫も「ほんとにそうだね」と言ってくれたし、
子供たちもニコニコしていた。


家族みんなが心安らかでいられるよう心がければ、

今年もきっといい年になるだろうと信じたいです。

ささいなこともしれないですが、
「給食どうしますか?」
(すぐ止めてもらいました)
「教材どうしますか?」
(教材は欲しいというので、払っている)
「必修クラブ、一応登録して欲しいんですけど、どうしますか?」
(このときは、ほんとに「形だけ登録してくれないと困るので、
 何でもいいから決めて」って感じで傷つきました)
「習字道具とリコーダーの購入、どうしますか?」
(これは次男で、「転校したら学校行くから買う」っていうので買いました)
「裁縫道具どうしますか?」
(これは長男で、「いらない」っていうので買わず)
「今度校外学習があるんですけど、それだけでも行きませんか?」
(行くわけない)

「PTAの広報誌にクラス写真載せるんですけど、どうしますか?」

(「載せなくていい」そうなので断わりました)


こういうこと、聞かれるたびにちょっとつらいです。
ま、先生も聞かざるを得ないことも多いから、
やめてくれというわけではないのですけど、
聞かれ方によってはちょっと悲しくなったりするし、
そのたびにひとつひとつ自分の覚悟が試されているみたいで、
ま、とにかくわりとヘビーなもんだよっていう、それだけのお話です。
まあすべて子どもに聞いて、そのとおりに返事してますから
迷うことはないですし、
わたしもかなり腹をくくれるようになったので
今はわりと平気ですけどね。

今月に入って長男たちの学年は宿泊学習があったらしいのですが、
担任は急にそういうのに行けるわけもないとわかってくれているので
何も言ってきませんでした。
どこに行ったのかも知らなくて、気楽でよかったなあ。
でも次男の担任は「行事だからって急に行けるわけがないと
お母さんが決め付けるのはよくない」という考えみたいで、
この前の校外学習のときも
朝、突然クラスのコに誘いに来させて、
わたしも子どももすごく戸惑ってしまいました。
その後はそういうのはやめてもらいましたが。


というわけで、
こうやって何か学校からアクションがあるたびに
ちょっと嫌な気持ちになります。
昨日は終業式のところも多かっただろうから、
不登校のコやその親は通知表を受け取ったりもしただろうし
いろんな思いをしたのだろうなあ。


約4ヶ月前に引越しをしたとき、幼稚園の年長さんだった三男。

前の幼稚園は年少のときから、病気以外では休むことなく、

乱暴なクラスメートのことで行き渋ったことが2、3度あったけれど、

ほとんど嫌がることもなく楽しく幼稚園に行っていた。

ところが、引越し先の幼稚園には一日行っただけで

「どうしてもなじめないもの」を感じたらしく登園拒否。

兄2人も不登校だから、幼稚園も学校も行く行かないは自分の選択と

思っている三男。

どうしても行く気はないらしいので、その月一杯で退園手続きを取った。


退園するまでに何度か担任の先生や主任の先生から電話があった。

訪問も一度あった。

そのとき、担任から渡されたもの・・。

それは三男が入ったクラスの30数名が書いた絵。

きれいな色画用紙にクレヨンで書かれたもので、

全員が「○○くん(←三男)と自分が遊んでいる絵」を描き、

さらに「○○くん、げんきになってようちえにきてね。

いっしょにあそぼうね」というようなことを書いている。

字が書けない子は先生がそういうことを書いている。

そして、先生が作った「○○くんへ」という表紙がつけてあり、

リボンで綴じてある、

あまりにも立派な絵画集。


えっ・・・はっきり言って引いてしまった。

今まで何ヶ月も一緒に遊んできた友達ならまだわかる。

でも1日だけだよ。

しかもその日、三男はすごく緊張して固まっていたらしく、

みんなと楽しく遊んでいたわけでもないらしい。

あまりにもウソっぽい。

先生はいいことをしたと思ってるんだろうけど、

ちょっと想像したらわからないかな?

そんなことしてもらっても

シラケてしまうだけだってこと。

うれしくなんかない、

見たくもないっていうこと。

三男も見ようとはしなかった。

それでもすぐにゴミ箱行きは気がひけて、

もう必要ないだろう幼稚園関係の書類と一緒に

棚の中にまだある。

もう捨ててもいいかな。。。


子どもたちが不登校になってから、

同じような「親切」を何度も経験した。

「なにかしてあげられることはないかな?」

「どうしたら学校に来られるかな?」

「うちの子を朝誘いに行かせようか?」


悪気がないのはわかる。

気持ちはありがたい。

でも「ありがとう。でも今はしてもらえることはないんだ。

気持ちだけいただいとくよ」と一度言ったら、

あとはそっとしてほしかった。


「△△くん、早く元気になって学校に来てね」という手紙を

クラスのコに書かせて持たせる担任。

三男がもらったとの同じような文集。

うちが引っ越すときには、

次男は知ってるコ誰にも会いたくないってわかってるのに

「うちのコがそうしたいと言っているから。

 会えなくてもそれはそれでいいから」と

子どもを連れてお別れにくる次男の元クラスメートの母親たち。


次男が出てこなくて「ごめんね」といちいち謝らないといけない

わたしの気持ちをわかってほしい。

自分がわたしの立場だったらどう思うか、

ちょっと想像してほしい。

わたしのことを本当に思ってくれるなら

どうかそっとしていてほしい。


あなたたちはいいことをしたつもりでいるんだろうけど、

わたしや子どもは余計につらくなってるんだよ。

でも、みんな「親切で」してくれていることだから、

「そんなことやめて」とはなかなか言えないんだよ。


わたしが何度も頼んだことを、「忙しい」を理由に

してくれなかった担任の先生は

引っ越すことを話すとホッとしたような顔をして、

「それは△△くんにとっていいチャンスですよ。

学校に行けるといいですね」とさらっと言った。

学校が変わったから解決する問題ではないことを

何度も話したはずなのに。

子どもには2、3回しか会ってないのに、

最後に挨拶に行ったとき2,000円ぐらいもしそうな

フラワーアレンジメントを自腹でくれたその先生。

「△△くん、新しい学校でお友達たくさん作ってね」という手紙つき。

戸惑うだけで、うれしくはなかった。


不登校に対する考え方は違ってもわたしが決めたことを尊重してくれ、

その後は何も言わずに「ランチに行かない?」とか外に誘ってくれた友人。

あなたのしてくれたことが一番うれしかったよ。


現在小学3年生の次男が急に欠席しはじめたのは2年生から。

1年生のときは病気以外で欠席したことはなく、

学校に行きたくないようなそぶりを見せたことも1度もなかった。


でも幼稚園のときにはある。

年中さんの終わりごろに少し。

そして、年長さんになってしばらくした頃に少し。

理由も言わず、朝ゴネる。

ともに数日ずつ休んでしまったり、

なんとかなだめすかして車で連れて行ったり。

とにかく「理由は何だろう?あの乱暴な男の子のせいか?先生のせいか?」

という原因の追求と

「このまま長期不登園とかいうことになったらどうしよう?」という不安と、

そのふたつでわたしの頭の中は一杯だった。

年中さんのときの先生は新任の若い先生で

わたしも先生も「どうしたらいいんでしょう?」とふたりでうろたえていた。

でも年長さんのときの担任は10年以上経験のあるベテランで、

確固たる考えを持っていた。


「子どものしたいようにさせるというお母さんもいらっしゃいますが、

そうやって休ませると学校で必ず不登校になります。

わたしはもう何人もそういうコを見ていますから。

多少の嫌なこともがんばせないといけない。

無理やりにでも幼稚園に連れてきてください。

あとはわたしに任せてくれればいいですから」。

ある日、どうしても動こうとしない次男を前に幼稚園に電話をすると、

その先生はそう言った。

わたしにはどうするのが正しいのか、そのときには全然わからなかったけど、

先生の言葉にはなんとなく違和感を持った。

でも「必ず不登校になります」という言葉が恐かった。


どう言ったのか、次男をだますような形でどうにか車に乗せた。

まだ2歳の三男もいたので、大変だった。

幼稚園の前に着くと、

話が違うと思った次男は怒り、車から絶対下りようとしない。

担任の先生が出てきた。

車の座席にしがみつく三男を先生は無理やりひきずりだして、

「あとは任せてください。

お母さんは家に帰って待っていてください。

後で連絡します」と言われた。


泣きながら先生に連れて行かれる次男を見て、涙が出た。

あのときのことを思い出すたび、話すたびに涙が出る。

今こうやって書いていても、また涙が出できた。

「これが正しいやり方なのだろうか?」

自問しながら車を走らせて家に帰った。

30分後ぐらいに先生から電話があった。

「○○くんに、『どうするの?もう幼稚園やめる?

 やめるんだったら、もう今日お道具持って帰ろうね。

 どうするかそこで考えなさい』と言いました。

 ○○くんはげた箱の前で30分ぐらいじっと動かずに

考えていました。

そして『せんせい、ぼくやっぱり幼稚園にくる』と言って、

にっこりして上履きを履きました。

今はみんなと楽しそうに遊んでいますよ」。


それを聞いて、

「それは脅しじゃないか」と思ったけど、

5歳のコが30分考えたということに驚き、

偉いと思い、そして「これでよかったんだ」と思いました。

それから次男は一度も幼稚園を行き渋ることなく、

おとなしかったのが徐々に活発になっていき、

運動会ではみずから希望して宣誓の言葉を言ったりして、

順調に幼稚園生活を終えました。

担任の先生は活発なコが好きなので

そんな次男の変化をとてもほめ、

自分のやり方はやはり正しかったでしょう?と誇らしげな感じでした。


でも・・・


今となってはやはりあれは間違っていたとはっきりいえます。

あの日に戻ってやり直したい。

でもあのときは何もわからなかったんだから仕方ないけど。

まだちゃんと言えてないけど、

あのときのことをちゃんと次男に謝らないといけないと思っています。


不登校経験者の青年と話をする機会があったとき、

そのときのことを話すと

「次男クンにはそのときのことが今でもトラウマになってると思いますよ」と言われた。

「ああ、そうかも」

そのとき、初めて気がついた。

そして、最近、うちのコのことをよく知るある人からこう言われた。

「あのときのことで、○○くんは幼稚園や学校に行かないのは悪いことだと教え込まれた。

だから、学校に行けなくなったとき、お兄ちゃんはそれほどでもなかったのに、

 ○○くんはあんなに罪悪感に苦しんだんじゃないかな?」

「ああ、本当にそうかも」

それにも初めて気がついた。


あのときのこと、まだ次男とちゃんと話し合ったことがない。

忘れてはいないはずだ。

今度、機会があったらどう思っているか聞いて、

そして「ママは間違っていた」と謝ろうと思う。


その担任の先生は最近結婚されて、幼稚園の先生をやめて遠くに行かれた。

今でも自分の方針は間違ってないと思っているだろう。

彼女に子どもができて、その子が不登園、不登校になったとしたら、

やはり同じ対応をしてしまうんだろうなあ、と思う。

そして、その子がその結果もっと苦しむ姿を見ないと、

彼女にも真実はわからないのかもしれない。


「不登園にさせてしまったコは必ず不登校になる」

必ずとはいえないだろうけど、ある程度は事実。

でもそれは当然のことだと思うし、いけないことじゃない。

だって、安心して休む環境ができたってことだから。

不登園を許されなかったコが、もし苦しみながら登校しているとしたら、

その子の方がずっとかわいそうだ。


小学生のふたりのお兄ちゃんが不登校で、

自分も、みんなうるさいし、気が合いそうにないと

転居先の幼稚園を1日で自主退園(!)してしまった三男。

彼は4ヶ月先に小学校入学をひかえています。


最近、わたしとのやりとりの中で

「ぼく、たぶん学校も1日行ったら行かなくなると思うよ。

 だってきっとうるさいもん」

と三男が発言しました。

わたしも実は、三男も学校には行かなくなる可能性の方が高いと思っています。


そこでわたしは迷っていたランドセル問題について

三男に聞いてみました。
「おばあちゃんが○○くん(三男)に新しいランドセル買ってくれる
 って言ってるんだけど、どうする?
 1日だけ行ってやめたら、もったいないよね。
 △△くん(次男)のランドセル、きれいだから
 あれを借りて行ってみる?
 ずっと行けそうなら買ってもらえばいいし」と言うと、
「うん、そうする」。
次男に「そうしてもいい?」と聞くと、「別にいいよ」。

そうか。じゃあ、やっぱりランドセルは辞退しよう。


「どうなるかわからないとは言っても、お古はかわいそう」とか
「3人に同じようにちゃんと買ってあげたいというおばあちゃんの気持ち」とかを
考えていたけど、
でもやっぱりう2万円以上もするもの、
そのためにムダにするのももったいない。
けっこう傷だらけにはなっているけど、
いざとなれば長男のランドセルもあるのだし。
長男はもう小学校に足を踏み入れるとは思えません。


なんかちょっと寂しい気もしたものの、
さっぱりした気持ちにもなりました。
また、ひとつ腹がくくれたって感じかな。


三男だけでも学校に行けたらな、って気持ちが
全くないとは正直まだ言えません。
でも、もし苦しみをかかえながら登校する三男を
励まさないといけなかったり、
他のふたりの子どもとの兼ね合いに苦労しなければならないのなら、
いっそ3人とも登校してないほうがわたしも楽だろうなとも思う。

ま、なるようになる、ですね。


とはいえ、3人ともとりあえずはみんな不登校でも、
これから先ずっと同じ道を歩むわけではないだろう。
でも、とにかくそれぞれが自分のやりたいようにやればいいことですね。

不登校中のふたりの小学生、幼稚園に順調に行ってた年長さんを連れて、最近転居をしました

(あ、夫もいます)。

転校先の学校にも最初から行く気ナシの長男。

新しい学校は自分に合うんじゃないかと期待をして、

1日だけ登校してやはりここも同じだったと2日目から登校してない次男。

やはり新しい幼稚園に1日だけ行って

「ここは合わない。幼稚園やめる。学校になるまでお家にいる。

学校は行ってから決める」と言い放ち、テコでも登園しない三男。

今は毎日毎日、3人でくっついて家で遊んでいます。


前の学校では、未就学児がいるということでずっとPTA役員を免除されてきましたが、

途中からそういう人も対象に。

でもそのとき、うちのコたちはすでに不登校でした。

子どもが学校に行ってないのに、PTA役員をする。

これは精神的にかなりきつことです。

それでも進んでされている方も世の中にはいらっしゃるようなのですが、

子どもがお世話になっているからこそ奉仕の精神でやる役員。

自分の子どもがその活動の恩恵を全くうけてないのに、

足を向けづらい学校に頻繁に行って、

よその子たちのために尽くす。

そんなこと、正直言ってわたしはやりたくない・・・。


そのときは旧役員に知り合いがいたので、本音を言って相談しました。

でも、「子どもが学校行ってなくても、所属はしているのだから、

やれと言われればやるしかないのだろうけど・・・」と

いいコぶった発言もしたし、

実際「それでもやってくれ」と言われたら我慢してやっていたかも。

結局、役員で協議の結果、免除されホッとしましたけど。


転校先の学校でも、最近早くも来年度の役員についての

打診のお手紙を渡されました。

今回は「心情的にきついので、免除していただくようよろしくお願いします」

とういう内容のみを書き、

あれこれフォローするような言葉は書かなかった。

「それでもやれ、と言われても拒否するぞ。

最終手段としてPTA会員をやめてもいいかも」

とまで思っていました

(PTA会費は今のとこ、悩みながらも払っています)。


「それでもPTA役員はやるべき」という考えの人もいるかもしれない。

でも、わたしはもういいコぶるのはやめようと思っています。

よっぽど非常識でないことなら、

嫌なことは嫌だと言っていい、言ううようにしよう、

と子どもの頃からいいコで来たわたしは最近思っているのです。

うちの子どもたちも、どうしても行くのがつらい学校をついに嫌だと言ったのです。

そして、それをわたしはもうワガママだとか我慢が足りないとかとは思ってない。

だからわたしも子どもを見習って、

「つらいよー。嫌だよー」って言っていいんだと、

今は思うことにしています。


昨日PTA役員の選考委員からのお手紙がポストに入っていて、

「協議の結果、免除になりました」という内容。

はー、よかった。