のん気な殿様こと
小 山 清 春
おまえは、可愛いやっちゃ
「父(とお)ちゃん、今朝のご機嫌はどうだい?」
「あぁ、快調だね!毎朝起きがけに、寝床やパソコンがある二階の書斎(?)から15段を下るときにゃ分かるんだよ。調子が悪いときゃ膝がカクカクするもんだが。今じゃ、JR山形駅南にある「ルネスサンス山形」のスポーツフラブへ通うようになって、俄然調子がいいんだ。いろいろなマシーンがあって、歩き、バイク漕ぎ、全身の筋肉トレと、それに何よりもインスラクターのお譲さんからのストレッチがたまんねぇ、全身の関節がやわらかくなったしなあ。陸でのトレーニングから、それにプールの海だろう?」
「父ちゃん、何だい?その陸とか海とか…」
「いやなあ、大自然いっぱいのなかでやっていると思えぁ夢があるだろう。気持ちはでっかく、とにかく『継続は力なり』だね。今日は秋晴れのいい陽気だ。のん気な殿様のご城下のコスモスが見渡すかぎり満開、それにさざんかの花も咲きだした、まもなく満開よ。まあ、我が家は、さざんかの宿だね」
「父ちゃん、陽気に誘われてまた旅に出たくなるんだろう?」
「そうだそうだ!、行きたいね。いつも思うけど東京駅の新幹線22線ホームで山形行きを待っていると、向かい側のホームから岡山や博多行きの『700系のぞみ』が発車して行く、旅気分をそそられるね。車窓からの眺めが抜群!。ほかに上越、長野、東北、山形や秋田新幹線があるけど、しかもトンネルばっかだね。まったく海が見えない。だが、いよいよ北海道新幹線がのびて、木古内駅から先の函館まで津軽海峡がぐわっと広がる。でもやっぱり、お父は東海道新幹線が好きだよ。小田原から先はどんどん大海原が広がる。右手には富士山だ。左手に駿河湾、遠州灘、つぎが琵琶湖、瀬戸内海へ。やがて関門海峡を渡ると、いよいよ九州バイ、バッテン、行ってみたいところタイ。東京から4時間55分で博多タイに、お父の憧れタイ」
「父ちゃん、そんときゃオレも一緒につれってくれよ」
「当たり前だろう。お前をおいて行きゃ、お父は足のない幽霊だろうよ」
「父ちゃん、今だよ旅を楽しむのは。母(かあ)ちゃんが言ってるけど、旅は足腰が立たなくなったら駄目だってよ」
「おい!ひざ小僧、日本地図を広げてみるぞ。お父のズボンを膝上まで捲り上げて地図上に立っていると、お前も車窓からの景色がよく見えるだろう」
「見える、よく見えるよ」
「ほら、ここだよ。何年か前に車で行ったな、富山から飛騨の高山を回り白川郷、信州・小布施町の『北斎館』。江戸時代の画狂老人葛飾北斎よ。あの有名な『富嶽三十六景』を描いた人さ。森羅万象を何でも描く。中でも強烈な印象に残っている絵がある。畑に鍬が立てかけてあり、柄の先に一羽のスズメが羽を休めている。蛇がその柄に巻きついて、あわやの所までって登りつめているのだ。口をいっぱいに開けて牙をむき出しにしてる。不気味さにぞっとしたね。北斎は九十歳の長寿をまっとうしたと言うんだが、絵描きと物書きは長生きするてぇんじゃねえいか。
さらに『東海道五十三次』で有名な歌川広重も好きだなぁ。今では東海道も新幹線でひゅっと、ひとっ飛びだ。その東海道五十三次を歩く旅ツアーもあるそうだよ。母ちゃんといっしょにじっくりと東海道五十三次を歩いてみたいね。途中、ひさしぶりに混浴風呂に入りながら冨士山を眺める。絵になるね。
湯気のなか 腰のくびれに 二度惚れし
なんてね。
天童温泉にも日本の宿『滝の湯』直営の広重美術館がある。何回か観たけどね。お父は北斎も広重もどちらも好きだね。この前、江戸東京博物館へ行った帰りに、いつもの神田の古本屋街を覗いてみた。北斎や広重の画集は高いね、とても手がでないよ。それに芥川賞の昭和63年受賞『少年の橋』(山形文学・後藤紀一著)の帯つき初版本がウインドーに飾ってあったけど、三万円の値がついていたよ」
「父ちゃんの好きなのは、浮世絵の風景画、肉筆画、版画など北斎や広重だけかい?」
「まぁ、そうだあ、この二人だね」
「だから父ちゃんは頭が固いんだよ。もっと柔らかく色っぽい発想をしなきゃいい物は書けないと思うよ。江戸時代にぁ、喜多川歌麿という世界的にも有名な人もいた。世の男性が背中からむしゃぶりつきたくなるような美人画や春画の秘本の枕絵『歌まくら』などがあるだろう。歌麿は吉原の花魁や芸子、町で評判の娘や女房などが歌麿の手にかかり、みな妖艶な美人になったってよ」
「お父は北斎や広重だけじゃだめかね」
「だめだめ、真面目だけじゃ人間は面白くも何ともない、人生に味も素っ気もないよ。色っぽい小説になると、キッと眉間を立てて見向きもしない人もいるけど、こんな人にかぎってこっそり読んでいたりしてねぇ、根は誰よりも好きなくせによ」
「おい!ひざ小僧、お前にぁ参ったなぁ、お父はそんな色っぽい淫らな小説は、とても書けないんだなぁ」
「父ちゃんも谷崎潤一郎や直木賞作家の渡辺淳一・林真理子などのような色っぽいエロスの世界を書いてみたらいいべなぁ、物書きには作風に幅がないとなぁ。書いた以上は誰かに読んでもらわなければ意味がないべさ」
「お父には、波乱万丈の人生もない、地獄池の血を舐めた経験もない平々凡々な只のじじだもんな。それあぁ、むずかしいから駄目だ!お父には…」
つづく