akantare mamanのブログ

akantare mamanのブログ

ブログの説明を入力します。

Amebaでブログを始めよう!
{520A5074-F69B-44F1-B1BE-F22AAA2BFE0A:01}

最近、またまた過度の緊張と人に対しての恐怖心が再発。

なんでこんなに、怒られる事や拒否される事に恐怖感を感じるのか…。
困ったもので、こればかりは「大丈夫❗️落ち着け落ち着け❗️」と言い聞かせても、恐怖心でパニックになる。

色々さかのぼって、考えてみると今に始まった事ではないかもしれない。

初まりは、4歳の頃の同居していた父方のおばあちゃんが、旅行のお土産を姉にだけ渡して私の物は無かった事だったかもしれません。
些細な出来事だけど幼少期の私は嫌われてるのかな…と心に影が刺さった様に感じた記憶があります。

その後、自分の中で打ち消して日々を送る中でその祖母がリビングで眠るよう亡くなったのを姉と2人で発見して、人の死に軽いショックを受けると同時に罪悪感を感じたのが6歳の頃でした。

なぜ、罪悪感を感じたのか…。
それは周りが悲しむ中、何も感じないからです。
涙も出ないし、悲しい感情もない。
自分は悪い人間だと、自分で感じて人にバレてはいけないと初めて思った時かもしれません。

小学校に入学してからは、母に良く「あなたはおばあちゃんに嫌われてたから、私が良くそれでイジメられた😢」と言われ、
初めて聞いた時は「…やっぱり」と、母が嫁姑でもめていたのも半分は私のせいなんだと…。

それからは、私は性格が悪いし可愛くないから本来の自分がバレない様にしなくては、と必死でした。

母が言うには、姉は初孫で赤ちゃんの頃から目鼻立ちがハッキリして可愛い自慢の孫だった様です。
その上、気のキツイ祖母には大人しく従順な姉が可愛いかったらしいです。
それに比べて私は目鼻立ちはノッペリしててオマケに活発で近所の男の子と遊びまわるぐらい思った事をハッキリ言ってしまう子供だった様で、祖母にはそれが感に触って良く母は私の事で小言を言われたらしいです。

本来は元気で活発な今の我が子の様な性格だったんだろうと、今なら思います。

小学高学年の頃、母と父が夫婦喧嘩をした時に母が泣きながら話してた事が、更に私の中の何かが崩れました。

「パパはあなたが産まれる時に麻雀をしてて、元気な女の子が産まれたよと伝えたら、なんや!女か!いらんわ!と、電話をきられた。しんどい思いをして産んだ私に労いの言葉もなく!」

と、、、、、
ショックでした。
父には怒りを感じ、母には、、
結局、自分の事かよ!
なんで、そんな話を私にするねん!
おばあちゃんの時の話も…、これで二度目や…。

ちょうど思春期の多感な時期に、、、。

この頃、既に精神面は傷ついていたんでしょう。
中学、高校、社会、自分に好感を持ってくれる友人、先生、先輩、後輩、異性に至る全ての人に常に嫌われるんじゃないか。
自分の喋った一語一句を思い返しては、反省したり大丈夫だったかなと不安に思ったり。
自分を出し過ぎると嫌われるんじゃないかと、自分を騙し殺し人に合わせてみたり。
いつも必死で一生懸命だから過大評価される事も多々あり、実は大した奴じゃない出来ない奴とバレたらどうしよう。
そんな恐怖心を人に対して持つようになりました。

今も、そこから中々抜け出せずにいます。
でも唯一バレても大丈夫ありのままで大丈夫と受け止めてくれてるのが、愛する我が子です。

祖母に嫌われてるあの時、母や父が大丈夫あなたには私が居るとあの頃の私に言って抱きしめててくれたなら…。
誰か1人でも、愛されてる実感を湧かせてくれたなら、、、
なんて、、

親になった今、思います。

そして、母はアルツハイマーになって今は介護しています。
でも、介護しながらも親に対して拒絶反応が出てしまう自分に罪悪感をかんじながら私なりに頑張ってます。

子供も親も人間、、
傷つける事があったとしても、
結局は自分は愛されてると言う事に
人は強さを養うんだと
私は思います。