結局電話拒否は期待に負け解除された![]()
そしてやっぱりブロックしたほうが…
と悩んだところで彼の着信履歴も連絡先も消したのだった
笑
連絡取れる手段は変わらずSNSのみ。
今日も彼のページを見てしまった…![]()
彼からの足跡はなし
仕事をしながら寂しさと悲しみと、
怒りや恨み、
そして平気になったり忘れたり、
と不安定の極み![]()
心理学をかじって
仏教の話を聞き
名言を見かけたりしてたら
少し思考の仕方が違う気がしてきた![]()
例えばニーチェの
事実はない、あるのは解釈だけ
という言葉
人は見たいように見る
私は彼に愛されてるとも思えるのに
愛されてない証拠探しをして
逆に裏切られてるように解釈してるってことかな![]()
愛されてることをまるで認めたくないみたい
それから
事実と感情を分けること
女は危険察知するのが本能であるからって
彼はこう思ってるのでは?
私のこと嫌いなんじゃ?
こう言ったってことはこういうこと?
波のように不安が押し寄せてくるけど
こう思ってる?→言ってない、聞いたところで社交辞令織り交ぜられたら分かんない
私のこと嫌い?→言ってない、妄想
こう言ったからこういう意味?→言ったことは事実、意味はない
ではふと思い出す怒りの中に『彼はデリカシーがない』というのは事実だろうか
私の解釈で変わるものだろうか
愛とはそういうことも許さなければいけないのだろうか
なんか哲学になってきたぞ![]()
理解できたことは不安定なときはやっぱり勘ぐっていたこと
妄想が暴走(韻をふんじゃう
未来を見すぎてたこと
未来を考えるのは妄想なので
事実と感情を分けられれば
今を生きることだけができる?
ここまでで事実はないって言葉は理解できてないようだw
信じたい、信じられないもなくて
行動だけを見る
……それはそれで楽しくなさそうな無機質な人生にも感じるけど
だからと言って感情がなくなるわけじゃなくて
怒りも悲しみもある
けどその行動について自分の感情は伝えられる
あとは伝えたことについて『あの人はこう言った』と言う現実を見るだけ
信じようと思わなくていい
怒りを感じることにも許すことができるようになる?
許せても彼と戻るつもりはない
いや、許せたならなおさら戻らないと思う
最期に笑うため
明日死ぬとしたら笑っていけるか?
終わり良ければ全て良し
今の私は1番言いたくない言葉
『私の人生なんだったんだろう』
と言って亡くなる
ブログの目的まで忘れかけてた![]()
いつか
彼のSNSを見なくても平気になったら
責めないでいられる自信がついたら
お別れのケジメをつけるために
声をかけよう![]()