結局電話拒否は期待に負け解除されたよだれ


そしてやっぱりブロックしたほうが…

と悩んだところで彼の着信履歴も連絡先も消したのだった昇天


連絡取れる手段は変わらずSNSのみ。

今日も彼のページを見てしまった…ネガティブ


彼からの足跡はなし


仕事をしながら寂しさと悲しみと、

怒りや恨み、

そして平気になったり忘れたり、

と不安定の極み驚き


心理学をかじって

仏教の話を聞き

名言を見かけたりしてたら

少し思考の仕方が違う気がしてきた凝視


例えばニーチェの

事実はない、あるのは解釈だけ

という言葉


人は見たいように見る


私は彼に愛されてるとも思えるのに

愛されてない証拠探しをして

逆に裏切られてるように解釈してるってことかな無気力

愛されてることをまるで認めたくないみたい


それから

事実と感情を分けること


女は危険察知するのが本能であるからって


彼はこう思ってるのでは?

私のこと嫌いなんじゃ?

こう言ったってことはこういうこと?


波のように不安が押し寄せてくるけど


こう思ってる?→言ってない、聞いたところで社交辞令織り交ぜられたら分かんない

私のこと嫌い?→言ってない、妄想

こう言ったからこういう意味?→言ったことは事実、意味はない


ではふと思い出す怒りの中に『彼はデリカシーがない』というのは事実だろうか

私の解釈で変わるものだろうか


愛とはそういうことも許さなければいけないのだろうか


なんか哲学になってきたぞ無気力


理解できたことは不安定なときはやっぱり勘ぐっていたこと

妄想が暴走(韻をふんじゃう

未来を見すぎてたこと


未来を考えるのは妄想なので

事実と感情を分けられれば

今を生きることだけができる?


ここまでで事実はないって言葉は理解できてないようだw


信じたい、信じられないもなくて

行動だけを見る

……それはそれで楽しくなさそうな無機質な人生にも感じるけど


だからと言って感情がなくなるわけじゃなくて

怒りも悲しみもある

けどその行動について自分の感情は伝えられる


あとは伝えたことについて『あの人はこう言った』と言う現実を見るだけ

信じようと思わなくていい


怒りを感じることにも許すことができるようになる?


許せても彼と戻るつもりはない

いや、許せたならなおさら戻らないと思う


最期に笑うため

明日死ぬとしたら笑っていけるか?

終わり良ければ全て良し


今の私は1番言いたくない言葉

『私の人生なんだったんだろう』

と言って亡くなる


ブログの目的まで忘れかけてたぐすん


いつか

彼のSNSを見なくても平気になったら

責めないでいられる自信がついたら

お別れのケジメをつけるために

声をかけようにっこり