すっかり年が明けてますが、
あけましておめでとうございます 
そして今日は娘の12歳の誕生日。
娘ちゃん おめでとう
今年も幸せな一年にしようね。
思い出します、12年前の今日の今頃。
陣痛らしき痛みを感じて病院へ行くと、
まだ子宮口があまり開いていなくて、
長時間 陣痛に耐える覚悟で病院内をウロウロと歩いたりしてたかな。
それでも子宮口は開かないけど陣痛は1,2分間隔になって、
赤ちゃんの心音を計る機械をつけてみると・・・
心音がたまにゼロになってる~
機械の故障かなぁ?なんて私はノンビリしていたんだけど、
旦那さまが心配して看護婦さんに聞いてみてくれました。
すると、看護婦さんの顔からスっと
血の気が引いて、
私はベッドごと処置室へ連れられていき、
酸素吸入が始まりました。
そこで赤ちゃんが死にかけていることを聞き、
「すぐに出さなければ危険な状態だから帝王切開しても宜しいかい?」
「危険ならとっとと切っとくれ!」っと言うと、
あまりの躊躇なさに看護婦さんが少し驚いていましたわね。
躊躇する人がいる方が私には驚きですけど。
色々な管や点滴などを付けられ、
周りでは看護婦さん達がガチャガチャとオペの用意をはじめ、
手術なので先生を数人確保しなければならないようで、
夜中の3時頃だというのに、
あちこちの先生に連絡を取っているようでした。
看護婦さんも、お医者さんも本当に大変なお仕事ですね。
ありがとうございます
なんて思っていると、
手術台に運ばれて、背中に麻酔を注射をされました。
何度か先生に「これ感じますか?」と確認され、
麻酔の効きが悪い私は、この時も効いておらず、
「はい、感じます」っと返答したのですが、
先生は待ちきれずに?(それだけ危険な状態だったのでしょう)
ザックリとお腹を切りはじめました。
麻酔が効いていない状態なので、
まさかの腹切り状態
です。
いきなりの激痛にウギャーっと悲鳴をあげていましたら、
全身麻酔を使うように先生が指示し、
「え!?もう入れていいんですか!?」なんて
看護婦さんとの会話を聞いた直後、
暗闇がおとずれて、気を失いましたとさ。
気がついたら出産は既に終わっておりまして、
子供は仮死状態だったらしく、
すぐにどこかへ連れていかれいましたから、
感動的な瞬間は味わえませんでした。
唯一の出産経験が・・・
それでも無事子供は産まれ、
先生のおかげで息を吹き返すことが出来ました。
本当に感謝の言葉しか出てきません。
ありがとう
帝王切開で産む経験は、
私にとっては今までの考え方が変わるきっかけになりました。
といいますのは・・・
後日旦那さんから聞いた話です。
私が手術している最中、母が言ったそうです。
「もしもどちらかしか助からないのなら、どうか娘(私)を助けて下さい」と。
これを聞いてすごく嬉しかったです。
涙が出るくらいに。
私は小さい頃から、とにかく母と合わなくて嫌いでした。
母からも愛されていない、
それどころか嫌われていると本気で思っていましたから、
出来る限り親に頼らず自立しようと、虚勢を張って生きてきました。
そんな母が私を助けたいと祈っているなんて
驚きました。
アホでしょ?
母の愛にそれまで気づかずにいたなんて。
娘が仮死状態で産まれたことによって障害が出るかも?と聞いたときも
私には大丈夫、大丈夫なんて笑いながら、
病室を出てから不安で泣いたりしていたようです。
母の兄弟姉妹には2人の重度障害者がいたので、
尚更不安だったのだと思います。
子供を産んで、初めて親の気持ちを知るといいますが、
本当に出産前の自分は
愛をいつも受けていながら、
欲しい愛の形じゃない!!っとスネているオコチャマでしたね。
出産後は母に色々と助けて頂きました。
心から母に感謝です
おかげ様で今ではとっても仲良しですよん。
っと、ちょっと思い出に浸ってみました
今日は冬休み最後の日でもありますから、
ショッピングにパーティーにと、娘と楽しみます

あけましておめでとうございます 
そして今日は娘の12歳の誕生日。
娘ちゃん おめでとう

今年も幸せな一年にしようね。
思い出します、12年前の今日の今頃。
陣痛らしき痛みを感じて病院へ行くと、
まだ子宮口があまり開いていなくて、
長時間 陣痛に耐える覚悟で病院内をウロウロと歩いたりしてたかな。
それでも子宮口は開かないけど陣痛は1,2分間隔になって、
赤ちゃんの心音を計る機械をつけてみると・・・
心音がたまにゼロになってる~

機械の故障かなぁ?なんて私はノンビリしていたんだけど、
旦那さまが心配して看護婦さんに聞いてみてくれました。
すると、看護婦さんの顔からスっと
血の気が引いて、私はベッドごと処置室へ連れられていき、
酸素吸入が始まりました。
そこで赤ちゃんが死にかけていることを聞き、
「すぐに出さなければ危険な状態だから帝王切開しても宜しいかい?」
「危険ならとっとと切っとくれ!」っと言うと、
あまりの躊躇なさに看護婦さんが少し驚いていましたわね。

躊躇する人がいる方が私には驚きですけど。
色々な管や点滴などを付けられ、
周りでは看護婦さん達がガチャガチャとオペの用意をはじめ、
手術なので先生を数人確保しなければならないようで、
夜中の3時頃だというのに、
あちこちの先生に連絡を取っているようでした。
看護婦さんも、お医者さんも本当に大変なお仕事ですね。
ありがとうございます

なんて思っていると、
手術台に運ばれて、背中に麻酔を注射をされました。
何度か先生に「これ感じますか?」と確認され、
麻酔の効きが悪い私は、この時も効いておらず、
「はい、感じます」っと返答したのですが、
先生は待ちきれずに?(それだけ危険な状態だったのでしょう)
ザックリとお腹を切りはじめました。

麻酔が効いていない状態なので、
まさかの腹切り状態
です。いきなりの激痛にウギャーっと悲鳴をあげていましたら、
全身麻酔を使うように先生が指示し、
「え!?もう入れていいんですか!?」なんて
看護婦さんとの会話を聞いた直後、
暗闇がおとずれて、気を失いましたとさ。
気がついたら出産は既に終わっておりまして、
子供は仮死状態だったらしく、
すぐにどこかへ連れていかれいましたから、
感動的な瞬間は味わえませんでした。

唯一の出産経験が・・・

それでも無事子供は産まれ、
先生のおかげで息を吹き返すことが出来ました。
本当に感謝の言葉しか出てきません。
ありがとう

帝王切開で産む経験は、
私にとっては今までの考え方が変わるきっかけになりました。
といいますのは・・・
後日旦那さんから聞いた話です。
私が手術している最中、母が言ったそうです。
「もしもどちらかしか助からないのなら、どうか娘(私)を助けて下さい」と。
これを聞いてすごく嬉しかったです。
涙が出るくらいに。

私は小さい頃から、とにかく母と合わなくて嫌いでした。
母からも愛されていない、
それどころか嫌われていると本気で思っていましたから、
出来る限り親に頼らず自立しようと、虚勢を張って生きてきました。
そんな母が私を助けたいと祈っているなんて

驚きました。
アホでしょ?
母の愛にそれまで気づかずにいたなんて。

娘が仮死状態で産まれたことによって障害が出るかも?と聞いたときも
私には大丈夫、大丈夫なんて笑いながら、
病室を出てから不安で泣いたりしていたようです。
母の兄弟姉妹には2人の重度障害者がいたので、
尚更不安だったのだと思います。
子供を産んで、初めて親の気持ちを知るといいますが、
本当に出産前の自分は
愛をいつも受けていながら、
欲しい愛の形じゃない!!っとスネているオコチャマでしたね。
出産後は母に色々と助けて頂きました。
心から母に感謝です

おかげ様で今ではとっても仲良しですよん。
っと、ちょっと思い出に浸ってみました

今日は冬休み最後の日でもありますから、
ショッピングにパーティーにと、娘と楽しみます
