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鬱蒼とした密林の広がるこの町には、軍事政権下で経済的な苦境に立たされ、出稼ぎ目的で集まるミャンマー人が今も後を絶たない。
このジャングルの町で無償の医療活動を続けるミャンマー人女性がいる。
シンシア・マウン医師47歳。
彼女自身も19年前に母国を脱出した難民であり、その献身的な姿は“ジャングルのマザー・テレサ”と呼ばれるほどだ。
シンシア医師の診療所には毎日300人以上の患者が殺到する。
彼女がタイ領で無料診療所を開くきっかけは1988年の民主化運動が国軍により武力弾圧され、タイ領に脱出したことだった。
学生らとタイ領に脱出し、「三ヶ月で帰るつもりだった」と言って笑ったドクター・シンシアだが、1988年いらい最も大切だった家族の絆を失った。
故郷に帰ることも両親に会うこともできず、この間に両親は故郷で死去し、弟の一人はカレン州内でマラリアで死亡した。
シンシア医師が診療所を開いたメーソットは、タイとビルマの国境貿易で成長した辺境の町だ。軍事政権の長期化に伴い、町にはビルマからの難民、民主化活動家、不法就労の労働者があふれた。
タイ警察や入官の取り締まりを恐れるビルマ人にとり、クリニックは「医療駆け込み寺」的存在となった。
通称シンシア・クリニックは、辺境での医療活動に医師代わりの役割を果たす看護士やヘルスワーカーを育てる場ともなったが、妊婦のエイズ検査の取り組みは早かった。
5年前には独自の血液センターを作り、献血、血液検査、輸血も自前でやっているという。
診療所の方は、当初は何もない民家が、60床を持つクリニックに大きく変身し、年間3万人に医療を施す小規模病院に成長したという。
5人のミャンマー人と8人のボランティア外国人医師。
それに120名のヘルスワーカーが、一日平均300名の外来患者を無給で診察治療する。
特に雨期は患者が増える。主な病気は死亡の原因としても高いマラリア。
こうした患者の6割はタイに出稼ぎに来た不法労働者、4割は無料医療を受ける目的で国境をこえてやってくる患者。
国内での医療費が高すぎたり、まともな医療を受ける施設がないから来るという。
交通費さえない患者が多く、基本的には無料。
クリニックの運営費用や薬は海外のNGOの援助などでまかなうが、日本人からの援助はわずかだ。
またジャングルに散在する集落に向けて「バックパック移動診療」も行っている。
医療のスキルを積んだ難民が、バックパックに数ヶ月分の医薬品や医療器具、食糧を詰め込みビルマ国軍に捕まる危険を犯し徒歩、小船などでビルマ国内の各集落に診療に出かけるのだ。
今では70チームに分かれて、合計15万人もの人々に治療を行っている。