テレビや飲み会の席で、性嗜好の話題を耳にした当初は驚いた。
でもそれは傾向の話であって、私の興味があるものとは次元が違うし、日常生活では決して口にだしてはいけないことなんだなと当然ならが自覚させられた。
食事をまともに与えられることなく、唯一頼れる存在であるはずの母親に放置されて育った私がかまってもらえるのは叱られる時だけだった。
今思えば、かまってほしいからわざと叱られるようなことをしていた。
問題の根本を諭すのではなく、ビンタやお尻を叩くことが愛情だと疑わなかった母親。
幼かった私は 愛情=ビンタ だとさえ考えるようになっていた。
小学生の頃、ビンタごっこ(私しかビンタしちゃいけない)をして楽しかったけれど相手や周囲にとっては当然ながらイジメとしか見られず困惑したことは忘れられない。
痛みに耐え忍ぶ表情や、体に残る痕跡が、私を受けれてくれる証だなんて誰にも明かすことはできないし、心置きなくぶつけることができる相手はいない。
異常な性嗜好は、幼少期の体験が大きく影響しているように思う。