待ち合い室はなく、廊下に椅子が置いてありそこで処置を待つ。心の中で「大丈夫」と祈り続ける。
そんな長く待つ間、当事者が来て「すみません」を何度もいう。
ドラマだと、こういう時、半狂乱になって、泣きわめきながら当事者を責めたてそうだが、私はとても冷静で落ち着いていて、ただ「法で下された罪を償って下さい」と言っただけにした。そのほうが当事者に恐怖を与えることができそうに思ったからだ。

その後も当事者は病院の外に立っていたようだが、義父に促されて帰っていった。

待っているときに、もし病院とかで産んでいたら、私も赤ちゃんもまだ入院しているんだよな~と。なのにこんなところにいる。

処置が終わったのは、午後6時頃だった。

夫は生きている。
六年前の1月、夫が交通事故に遇った。
薄暗い朝6時ごろ、自転車で横断歩道を渡っていた時、信号無視をしたワンボックスカーに。
七メートル跳ばされ、停止していた対向車に堕ちた。

二人目を自宅出産した4日後のことだった。

7時頃、会社に来ていないと連絡があった。

9時頃、消防か、警察からか連絡がくるまで泣きながら待ったその間が時間が長く感じた。

夫の実家にやや半狂乱で連絡

上の子を産前産後保育で保育園に預けに母にいってもらう。

生後4日目の子をスリングに入れ病院タクシーで母と向かった。
いい母親を人前で演じていた
外で、保育園で。

仮面うつ病で通院しながら。
けど、そんなの長く続かなくなって

二度、子供にてをあげてしまった。
泣きながら。

このままだと駄目になる。

すぐ思い、泣きながら電話帳を引っ張りだし電話した。

児童相談所。

すぐ対応してくれた。

いま、子供は施設にいる。

育児放棄をした。

そのあと

罪の意識にさいなまれ、

自分を責め続けたら

統合失調症になった。

自業自得。


あれから三年

無責任なことだが

取り繕う世間がなくなったからか、うつは身を潜めている。
統合失調症も薬をちゃんと飲んでいるので落ち着いている。

施設に預けて良かったと思う。
あのまま仮面うつの母親と一緒にいたら今の子供の笑顔はなかっただろう。

子供を育てる責任は重かった。
私には子供を育てる力はなかった。

どう育てていいか分からない。

月に一度だけ子供に会ってもよいことになっていて

夫と一緒に会いにゆく。

子供は満面の笑顔で待ってくれている。

私も取り繕った笑顔ではなく、普通の笑顔だ。

今はこれでいい。