どの大病になっても

絶望的になるんだろう

諦めることも知るんだろう。

希望なんて

ほんのわずかだ。
一般病棟に移る頃には、意識レベルも正常化したが、脳挫傷と軽いクモ膜が影響して本が読めないなどがあった。


現在、軽い高次機能障害があり目に見えない障害に苦しんでいる。
歩くときは杖が必要だ。
事故前はガテン系だったが無理なので事務職に。
示談金は共同名義で買った、住むことはないであろう、夫の実家のローンに消えた。

事故以来、私は自転車に乗らなくなった。道を歩くのも怖い。

いつまでもその日は忘れないと思っていたが、今年は忘れていた。
月日は痛みを和らげるらしい。
事故の8日目に骨盤の手術。
時間がかかるから家で待機と義父母から言い渡される。
家で赤ちゃん抱っこしながら「大丈夫」を何度も呟く。

無事成功。八時間かかった。

粉々にくだけた骨をていねいに取り除いたために時間がかかったとのこと。出血もあり、輸血もしたそうだ。

数日後会いに行く。
支離滅裂なことを話す夫。
脳震盪が酷かったかららしい。意識レベルが低いと看護師から教わる。
どうなるのか不安になる。

そういう状態がひとつきあった。
その間、ずっと集中治療室。