(2020年6月投稿の記事を一部修正しました)

母親は激情型な性格だった。
長らく会っていないが、長年そうであったように今も変わってはないだろうと思っている。
『喜怒哀楽がはっきり』というレベルではない。あるサイトでは『チャッ●マン(点火棒)のようにパっと火が付く』というような表現があったが(商標の関係で伏字にしている)、急に火が付くという点では点火棒と同じ、火の勢いという意味では爆弾相当だと思う。
 
そんな母親にウンザリした大きな出来事があった。それは、祖父(母親の父)が亡くなった時の事だった。
葬儀や葬式でJWができないことが沢山あるのはまたおいおい書こうと思うが、今回はそのお別れの場での母親の狂気について書きたいと思う。
 
 
葬式など一連の儀式的なものが終わり、親族などが集まって祖父の思い出話をしていた。
なかなか強烈で個性的な性格だった祖父の話は尽きない。困ったところもたくさんあったが、愛情深く家族だけでなく周囲の人のために行動できる人だった。
 
叔母や義理の伯母たちも円になって座りながら、楽しく思い出話に花を咲かせていた。詳しい内容は記載しないが、私たちでは想像できないことをする、祖父らしいエピソードだなと思いながら私も話半分で聞いていた。
(因みに叔母はJW。葬式の手伝いにきており、姉の母親とは犬猿の仲)
 
その時、突然彼女たちに向けて母親が発狂した。
 
『おじいちゃんを侮辱するのはやめろ』
『人をナメるのもいい加減にしろ』
 
あとは何を叫んでたかは覚えてないが、そういうことを髪を振り乱しまるで鬼のような形相で叫びはじめ、大勢の目の前で怒り狂った。
何が起こったのかと、集まった人の驚きの視線が一気に母親に集まった。
 
勿論叔母さんたちは祖父を馬鹿にしていた訳ではなかった。生前あった思い出を『そんなこともあったね』と笑って話していただけだ。なかなかにインパクトのある話ではあったものの、決して祖父を貶めるような内容ではなかった。
 
祖父の生前も一度そのエピソードを叔母が話した際、母親はいい顔をしなかったが母親と同じ反応をした人はいなかった。つまり私や叔母その他の人は何でもないこととして聞ける話に、母親だけが過剰に反応していた。
それは、話していたのが叔母だからか。おそらくそうだろうと思っている。叔母をJWに誘いはしたものの、母親は昔から叔母を嫌っていた。
 
母親は叔母が祖父を蔑んでいると決めつけ、憎しみを叔母にぶつけていた。大の大人が髪振り乱して怒りを露にする様を見て、その場にいた従姉妹たちは怯えていた。集まってくれていた人たちも静まり返っていた。
 
私は必死に母親を止めた。しがみついて叔母たちから引き離した。
母親は『いつもいつも馬鹿にして』と泣き叫んでいた。まるで幼稚園児のように、わー!っと大きな声を上げて泣く母親を、私は暴れないように押さえつけていた。
恥ずかしくて恥ずかしくて、隠れたかった。穴があったら入りたいとはまさにこのことだと思った。
 
帰りに、無言で私の肩を叩いた親戚のおばあちゃんがいた。『大変ね、偉いね』と、その手が言ってた。
 
叔母がいる実家では寝れないと母親がわがままを言い始め、その日は急遽民宿に泊まった。
真夜中、叔母への文句が言い足りないというように私を起こした母親に我慢できなくなり、私は反撃した。
 
「なんで今日なの?なんでこんな大事な日にあんなことしたの?」
「もし、もし主張が正しくても、あんな言い方したらみんなあなたがおかしいとしか思わないよ」
「叔母さんたちはおじいちゃんを馬鹿にしてなかったよ、私も聞いていたけど」
「ずっと暗い話して泣いてればいいの?違うよね。『そんなこともあったね』って思い出して笑い話をするのことの何が悪いの?」
「みんなあなたがJWって知ってるよね、今日のことは証言になったと思う?」
「私のことも考えて。本当に恥ずかしかった」
 
そんな感じのことを、荒れようとする感情を押し殺しながら言った。
母親はその時は最終的に「ごめん」と返してきたが、本当の意味で私が言いたかったことを理解したわけではなかった。
なぜなら、その後も暴れる(暴言を吐く)・謝るの繰り返しだったからだ。
 
毒親持ちの人やDVをされたことある人は、似た経験をしていると思う。言動で傷付けておいて、謝るの繰り返し。『次はやめてくれるかも』という期待を持たせておきながら、その一抹の期待さえもいとも簡単に裏切ることを知っているだろう。悲しいかな、それでも『次こそは』と淡い期待を抱いてしまう。その期待は無駄、その人ごと切り捨てる必要があることに気づけるのは難しいことであり、気づけたとしてもその束縛から逃げるのはさらに困難だったりするのだ。
 
この事があってから、母親方の親族が一気に遠のいた。元々JWということ(母方は全員先祖崇拝)、その前からの母親の言動が原因で距離を置かれていたのだが、今回のことがあってさらに疎遠になってしまった。今ではJWから脱退した従姉妹1人と、祖母以外とはほとんど付き合いがなくなってしまった。
それほど親しく付き合いがあった訳ではないが、自分の意図しない出来事で距離ができてしまうのはあまりいい気はしなかった。
 
その事があって、私たち姉弟は「私たちは姉弟仲良くしようね」とよく話す。現役JWで母親の元にいる末弟はともかく、脱退した私・妹・長男弟でけでも仲良くいようと。
母親は妹を憎み、私を親族から引き離し、その破壊的な性格は結果的に家族をもバラバラにした(家族離散は母親だけの原因ではないが)。
だから、家族を大切にしようと約束した。父親と妹と弟とその家族、そして主人と。そしてこれから産まれてくる子供と。
 
母方の親族との縁は大部分が切れてしまった。今はあの時とは大きく状況が異なるので少しずつ結び直せたらと思っているが、そう簡単なことではないだろう。一度壊れてしまったものは、二度と同じようには戻らない。
 
だからこそ、今後結ばれる縁は大事にしようと思う。
一度解けてしまった関係は、二度と以前の形になることはないのだから。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

(2021年3月掲載の記事を一部修正しました)

 

 

まず、起こった事を時系列で書き出そうと思う。

 

2週間~1ヶ月前だったと記憶しているが、妹から「チビ(末弟:現役JW)から連絡あってさ。久々に話したいから長男弟(排斥)の連絡先教えてって言われたんだよね。一応長男弟にも許可取って教えたけど、なんだろうね」と報告があった。その時は「へー、そうなんだ。母親の指示でお金せびられたりしないといいけどね」程度に思っていた。

 

そんなことがあった事すら忘れそうになっていた頃「末弟の件で相談が」と妹から連絡があった。

聞くところによると長男弟から「突然〇〇(昔同じ会衆にいた長老)から連絡が来た。もしかして末弟が自分の連絡先を教えたのか?個人情報にうるさいこのご時世、知恵が浅い子供から情報を聞き出すなんて非常識すぎないか?」と怒りの電話があったそうだ。

因みに「前聞いた時は『長男弟と話したいから連絡先教えて』ってことだったと思うけど、末弟から長男弟には連絡あったの?」と聞くと「無いらしいよ」とのことだった。つまり、末弟は意図してかせずかは不明だが、結果的に噓をついて長男弟の連絡先を聞き出し他人に渡した事になる。

 

JWは特に組織内の個人情報の取り扱いに関して、かなり緩かったと記憶してる。

私がまだ現役だった時、突然知らない番号から電話がかかってきて「●●兄弟から聞きました。ところで~」という事例が多かった。本人の了承を取らずに、電話番号や住所などの個人情報が簡単に横流しされていた。組織内はいいんじゃない、みんな兄弟だし、と認識している人が多いように感じていたことを思い出した(あくまで主観)。

 

それどころか、家から家などで入手した訪問先の人の情報も筒抜けだった。

『あの家の人の旦那さんは●●の病気で、奥さんがずっと働いて看病している』『あの人は●●姉妹の同級生で、学生時代にこういう事があって』『あの人の奥さんは子供を置いて出て行ってどうのこうの』など、触れることに躊躇しそうになるような家庭の事情まで情報が回るのだ。それは時に噂話を超えて、個人間の良好な関係性を破壊することも、会衆全体の問題へと発展する事もあった。

 

話を、長男弟からの怒りの報告に戻す。

 

続いて長男弟は「そういうのはよくないと俺が伝えてもいいけど、強く当たりそうだから一旦●(妹)に確認したほうがいいと思って電話した」と妹に連絡してきたそうだ。長男弟も仕事で責任ある立場を任されており忙しいからか、少しイライラしている感じが電話越しに伝わったらしい(JWから接触あったら忙しくなくても苛立つ気持ちは理解できる)。

長男弟も妹も10年近く末弟と話しておらず妹自身も「自分もキツくしか言えそうにない。もしかしたらコトノハから言ってもらった方がいいかもしれないと思って相談した」とのことだった。

 

確かに母親のところから飛び出した数年前まで(まだ数年だということに自分で驚いた)ずっと一緒だったし、末弟の事は私がよく知っている。だからどこまで伝わるかも含めて私が連絡してみる事した。

やり取りはざっくり以下のような感じだ。

 

 

私 『卒業おめでとう。4月から新社会人だね。いっぱい学ぶんだよ~!そう言えば長男弟の連絡先って誰かに教えた?』

末『教えたよ~』

 

私『誰かに聞くようにお願いされた感じ?』

末『うん、長男弟と同じ県にいる長老のT兄弟に』

 

私『T兄弟にはどんな感じで聞かれた?』

末『コロナで直接会えないからメールしたい、だから連絡取れそうだったら教えてと言われたよ』

 

想像通りではあったものの、文面からして特に何とも思っていない感じだった。

それを踏まえた上で、下記を伝えた。

 

・今後誰かの連絡先を教えてほしいとお願いされたら、一旦本人に了承を得てほしい

・君はこれから社会に出て色々な人と関わっていく。ロジカルな考え方ができる君だから理解してくれると思っているし、社会の一般常識を覚えてほしいからしんどい内容かもしれないけど聞いてほしい

・本人の許可なく他人に連絡先(個人が特定できる情報)を教えるのは「個人情報の漏洩」になる

・個人情報を持ち出して逮捕される社員がいたりと今は個人情報の扱いは厳しくなっている

・末弟からT兄弟に情報が漏れたのは個人情報の漏洩になる

・君に悪意がないのは理解しているが、一般社会では許されない

・私は部署をまとめる立場にあるが、部下がそういうことをしたらすぐ指導するしその人を信頼することは難しくなる

・T兄弟が末弟に「長男弟の連絡先教えて」といったのはあなたに悪いことさせたのと同じ←個人的にはここを認識してほしかった

・君の信頼がなくなるのは嫌なので今後気を付けてほしい

 

本当は、妹や長男弟がどういう思いで私に相談したかを含めて伝えたいことはたくさんあったが、

(長男弟に連絡しなかったのは、忙しそうに対応されたからとのこと。どこまで本当かは不明)

 「そうだね、これから気を付ける」という素直な反応だったので、伝えたい事は半分程度のみ伝え、あとは他愛無い話で終えた。

 

『個人情報の取り扱いに気を付ける必要性』についてはある程度伝わったと思う反面『組織の人間同士の情報のやり取りがなぜダメなのか?』が伝わったかは微妙なところだ。何となく伝わっていない気もする。

 

私は教理にどっぷり浸かっていた頃未信者の人に言われたこと殆どに対して『世の人は惑わそうとしてそんな事を言うんだ。世の人の言う事は真実ではない』くらいに思っていたため、末弟の事をどうこう言えないかもしれない。伝えられなくても、致し方無い部分はどうしてもあるのではないかと思っている。

若さ故、無知故の行動だから、末弟を強く責める気持ちはない。ただ末弟に長男弟の連絡先を確認させた長老には強い怒りを感じた。知恵のない若者を動かし個人情報を聞き出すなんて、なんて非常識なんだろう。なんて危機管理がなっていないんだろうと感じた。

 

もう一度言うが、JWは個人情報に対する意識がとても薄い人が多かったように思う。それが所謂『世の人』との間でも線引きができていない気がする。

そもそも信者間・未信者の間での情報のやり取りに差がある無いという話をするのもおかしな話ではあるが、それ以前に情報を他人に(同意なく)渡すことがどういう結果をもたらすのかを理解していない。組織を離れた今だから分かることだが、自分の個人情報保護なんて概念は組織の中では無いも同然だった。

 

何度も言うが、今だからわかる。

しかしこれではとても『正直で信頼できる人』とは言えない。少なくと職場にこういう人がいたら私は信頼しない。

 

末弟が幸せなら宗教を辞めろとは言わない。ただ、嫌でも『世』で働き生計を立てていかなければならないのだから、最低限の一般常識は身につけてほしい。私は組織を離れてから気づいたが、JWが思うほど『世の人』はJWだからという理由で彼らを評価してはいない(真実に気づいてほしい彼らにはそれは通じない)。宗教を信仰していようがいまいが、仕事への向き合い方や人間性などを見て評価する。情報の扱い方も当然のこと評価の一つだ。

 

私は社会に出て最初の頃は本当に苦労したし(新社会人やJWから脱退したばかりの人はきっとみんなが通る道だ)、まだまだ学ばなければならないことが多かった。学び始めたタイミングが遅かったから(遅すぎる事はないとは思っている。ただ、早ければ早いほどやはりいいと思う)もっと早くから学びたかったというl気持ちが無いわけではない。そしてこれからも学び続けたいと思っている。

 

少し話がずれた。

なんやかんや書いたが、やっと平穏を手に入れたんだ、 邪魔しないでほしい。彼らから全力で逃げているし、彼らに害をなすことがないよう(むしろ関わらないよう)徹底しているんだ。だから絡んでこないでほしい。そっとしておいてほしい。私は今が一番幸せだから放っておいてほしい。

 

結局最後は結論がずれてしまったが、最終的にこれが私の本音かもしれない。

我が子のように世話し(それくらい年が離れている)愛した末弟だが、私には今守りたい家族がいる。その平穏を守りたい。

 

もちろん生きていればそれなりに問題はある。それは宗教を信奉していようがいまいが同じ。

どんな苦しいことがあっても、JWにいたときより、今が幸せなのだ。

 

本当に、この平穏を乱さないでほしいと願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イエスの言葉だった記憶があるが、ブログタイトルのような聖句があった記憶がある。

多くの宗教で説かれている『してほしくないことは他人にはしない』に通じる言葉だ。

 

人の傾向として、人を裁く・断罪する考え方や行いがある。私も決して例外ではないと思っている。

 

一昔前、『世の人』を『ヤギ』『羊』と決めつける風潮がエホバの証人内であった。

ヤギは滅びの側にいる人、羊は救われる側の人を表す比喩だ。


例えば奉仕活動の際、断ったり反対する家の門から出たときに「今の人は『ヤギ』だ」という会話をするなど、要は『あの人は滅びの側だ』と断罪していたのだ。この会話を聞いたこともある元JWの方もいると思う。

(後に羊とヤギの解釈は『今の時点で滅びと救いが決まっているわけではない』と変更された)

 

信者内でも、表立っては無いものの裁く風潮は蔓延していた。

『(不活発な人に対して)あの姉妹は信仰が弱い』や『あの兄弟はエホバへの愛と信仰が足りない』など、相手を深く知る事なく"神への信仰の度合い"を勝手にジャッジするのだ。

 

何をもって信仰の“強弱”を決めるのか?誰にそんな権利があるのか?『自分が裁かれないために、人を裁くのをやめなさい』という聖句と矛盾するのではないか?今は明確に分かる彼らの矛盾点の一つだ。

 

現役の時は全体を通して比較的活発だった私も、熱意に燃えていた頃は似たような会話に加わっていたことがる。背景や経緯、その人に何が起こっているのかを詳しく知らないのにいわば仲間を“断罪”していた。

 

「最近、●●姉妹集会来ないね。もっとエホバに寄り頼まないと」

「私は集会に来るだけの人になりたくない」などだ。

穴があったら入りたいとは、まさにこのことだ。

 

社会・世界を知らないガキが、何をイキっているんだ。自分が立派に出来ていると思うな、人にはお前が知り得ないことがある。むしろお前は何も知らないと当時の私を説教したい。

私の発言に引いたり傷ついた人もいただろう。そんな人間はこちらから願い下げだと今なら思う人間だったと思う。

 

脱退して、文字通り目から鱗の事実や真実が私の前にあふれていて、まだ整理できていないことも多い。昔の自分を恥じる気持ちや怒りにも似た感情を抱くこともしばしばだ。

気づけて良かったという気持ちと、もっと早く気づきたかったという気持ちとの葛藤はまだしばらく続くだろう。

 

ただ今は“気づけたこと”に感謝しようと今は思うことにしている。私が置かれている環境が異様であることを気づかせてくれた人に感謝し、これから出来ることに目を向けて生きていこうと改めて決意した。

 

自分の中の『人を裁く傾向』に気づき、やめようと思えたことはこれからに繋がると信じたい。他人を裁くとき、自分も裁かれるんだという事実を忘れないように。

今私が出来ることの一つだ。

 

今も暗闇にいるように感じている人、組織を抜けたのに地獄にいるかのように感じている人、籠の中から自由になったと感じている人。

 

その方々とつながりながら自分の気持ちを整理しつつ、もう少し自分の考えやこれまでの経験を発信していこうと思う。

 

いつの日か、完全に呪縛を払いのけることができる日まで。

そして私の“言の葉”が、誰かの力になることを願って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は虐待を受けている。

姉弟の中でいち早くそのことに気づいたのは妹だった。

 

母親からの『懲らしめ』の基本は、ゴムホースや布団たたきなどでお尻を叩かれるものだった。

あとは押し入れに閉じ込めたり、体をつねったりといった(今思えば)体罰にあたる『懲らしめ』や、

「エホバと親を悲しませた悪い子」といった言葉で責め立てる精神的な『懲らしめ』もあった。

今思えば、日常が懲らしめのオンパレードだったんだとわかるが、

私がそれに気づいたのは恥ずかしながらここ数年のことだ。

 

なぜ妹が一番早く気づき、私より10年以上も前に離れる選択ができたのか。

ちょうど両親の離婚で物理的に母親から離れることを選んだという周りの状況もあったが、

それ以上の私と彼女との決定的な違いがあった。

 

その『違い』の前に。

 

JW二世がこの世の様々な”娯楽”を禁じられている事実を知っている人も多いと思うが、

私と妹はその禁忌とされている”娯楽”を密かに楽しんでいた。

漫画、小説を密かに購入したり(お小遣いがない中、悪知恵を働かせて捻出したお金だった)、

自分たちで漫画を描いたり小説を書いたりしていた。

(時折バレてヒステリックに叱責されて捨てられ、また購入し・・・の繰り返しで懲りなかった。隠し方も段々巧妙になっていった)

 

恋愛や暴力表現のあるものなど、様々なジャンルの漫画や小説を密かに楽しんでいたが、

私と彼女の楽しみ方には少し違う視点があったような気がする。

 

その『楽しみ方』こそ、私と彼女の違い。

 

私はそれをあくまでフィクションとして読み、感情移入することも自分が置かれている状況とリンクさせることもなかった。

彼女は、読んだ物語と自分の置かれている状況を比較分析し違和感に気づいた。

自分の周囲はおかしい、と。

 

妹が買ってきた漫画の中で、今でいう”毒親”のもとで生活の全てを支配され人格や存在を否定され、病んでしまっている女の子を主人公にしたものがあった。

 

私はそれを読んだ際に『こんな親がいたら確かに病む人もいるのかもな』と思っただけだった半面、妹は自分の状況と重ね合わせ『私も彼女と同じだ』と感じた。

 

生活する上での細かいところまで決められ管理され、

自分の思い通りにいかなかったら子供を“欠陥品”とでもいうように心身ともに攻撃する親を物語を読んでも、

それを自分の母親とリンクさせることができなかった。

JWの二世の中にも、私と同じように感じている方もいるのではないかと思う。故に自分が置かれている状況が、異常であることに気づけないまま苦しんでいる人もいるのではないかと思う。

 

勿論、それだけではないと思う。

ただ確かなのは、妹と私には大きな違いがあったこと。

決定的な違いがありながら、それでも結論潜在的には”同じ”だったということ。

 

『何かがおかしい』その違和感を自覚するのが早かったか遅かったかの違いだと思う。

 

そもそも比較対象がなければ、自分が幸せなのか不幸なのか、他からどう見られているかを知ることはできない。

例えばブラック企業しか知らない人、教師を一人しか知らない人、そしてJWの世界しか知らない人。

 

ブラック企業しか知らない人は「有給?そんなの名前だけの制度だよ。取るヤツ馬鹿だよ」と言い、

体罰暴言ばかりの教師しか知らない人は「私のためを思って厳しくしてくれるのだ」と言い、

一つの(JWの)世界しか知らない人は「私たちこそ正しい」と信じて疑わない。

そういう傾向があると感じる。

もちろん、上記は他からの情報を遮断され、『それしかしらない、もしくはそれが正だと思い込んでいる』人という前提がある。

 

JWはそれに近いと私は思っている。

一世は『世』を知っていても、JWの教えに染まるにつれ“JWの世界”にこれまでの常識が無きものにされるように見えた。

二世は“JWの世界”以外から遮断され、『世』の情報に近づくことを阻害される。これは私の体験から。

違和感を覚えることができる人もいるが、多くの人は違和感を押し殺し、無理やり納得させようとする。もしくは表立って言う事はしない。または、心の底から組織を信頼し疑う事を知らない。

 

『異変にそもそも気づけない』人と、『異変に気付いても声をあげられない人』がいる。

もしくは『声をあげてもねじ伏せられ、無かったことにされる』。

それが私が見たJWの現状だった。

 

『異変にそもそも気づけない』人に気づきを与えるのはかなりパワーが必要なことが多い。

『異変に気付いても声をあげられない人』にあと一歩踏み出すために手を差し出すことも、困難なことが多い。


『辞めたらいいのに』と言うのと実行するのとでは、心身共に割かなければならないパワーが恐ろしい程違う。行動出来るかどうかはその人だけの問題ではなく、その時の状況などにも大きく左右されるからだ。言うは易く行うは難しである。

 

私はJWとして築き上げてきた自分の信仰や友と呼ばれた人たちを捨てることができた。

妹も、弟の一人も『世』に出て幸せになれた。

 

JWにいて幸せな人はそれでいいと思うが、そうでない人たちもしくはJWしか知らない人には

一度でもいいから、自分の人生を選ぶチャンスがあればいいと願ってやまない。

 

 

 

 

 

 

 

 

審理委員会ではないが『聴聞会(記憶が正しければ)』を受けた出来事について覚えている限り残そうと思う。

(受けた、でいいのかな?呼び出された、が正解?)

当時の彼氏(JW)と付き合っている件についての呼び出しだった。

当時私10代半ば、元彼20代半ば。元彼と母親の関係がバレたが故に芋づる式に明るみに出たものだった。
学校帰りに突然母親が迎えに来て「長老が話聞きたいんだって」と訳が分からないまま王国会館へ連行。

第二会場に入ると、昔からお世話になっていた同じ会衆の長老1人と、どこの誰か分からない男性(一瞬にして兄弟と認識した)が1人。


聞かれ始めたのは、初カレとの関係性について。


根掘り葉掘り色々聞かれたが、覚えているのは、初対面の誰だか分からない「兄弟」の質問。

補足として言っておくと、初カレとは婚前交渉は全くなくキスもした事がない。唯一恋人らしい?(そうでもないけど)ことをしたのはハグだ。


「何回くらいしましたか?」「…2回くらいかと」という超どうでも いいやり取りの後に(ハグだよ?ハグですよ?www)そのハグについて『「例えば」と前置きしてこう聞いてきた。

 

「駐車場で1組のカップルが抱き合っていたとしましょう。これを見たらどう思いますか?」

疑わないでください、本当にそう聞いてきたんです。

 

私は一瞬「え、私は何を聞かれているんだ…?」と混乱しながらも「時と場合によると思います」と返した。

 

だってそうでしょ?夫婦かもしれないし、婚約しているかも。JWの教義的に言えば“問題ない”関係性の人って可能性だってあり得るじゃん??と結論付けての回答だった。
そう答えた時のその兄弟の顔が面白くなさそうに歪んだのを今でも覚えている。反省していないとさえ映っただろう。

 


しかしその回答でいわゆる“裁判”の処分が決まった訳ではないと思う。


なぜなら「では、決定を…」と顔なじみの方の長老がおもむろに胸ポケットから手帳を出し、何枚かめくってから「割り当ての剥奪…etc」と“判決”を言い始めたから。

この時間は『既に決まっていた決定を伝えただけの会』だった。私の話を聞く前に既に処分は決まっていたのだ。

 


私はその判決に関しても「ああ、そうですか」という感情しかなかったし実際「わかりました」と淡々と返しただけだった。

取り乱したり許しを乞うたり悲しんだり動揺したりする人が多いという中、私の感情は凍っていた。否、多分それで自分の心を守ろうとしていたんだと思う。
 

理不尽だと思う反面、心のどこかで「どうせ私の言い分なんて聞かないくせに」という気持ちがあった。今考えれば、すでに色々なことを諦めていたのかもしれない。

どんなことより、私を小さいことから知っていて孫のようにかわいがってくれた長老から、謂れのない“断罪”を受けたのが悲しかったのもある。
その長老からしたら、孫が悪の道に走ってしまった、という感覚だったのかもしれないが。

私からしたら、長老に対する不信感を大きくさせる原因の一つとなった。

今でも聴聞会の光景は蘇るし、腸は煮えくり返る。ただあれがあるからこそ、二度と戻るまいと思う。『戻るものか』という動機のひとつではあるけれど。



それはともあれ、当時10代半ばの私に恋心を抱いた元彼はなかなかズレてるけど、その元カレを寝盗った母親(当時30代半ば)はだいぶヤバいなぁ。

 

 

 

 

 

 

まず、時系列で書き残そうかと。

 

2週間~1ヶ月前だったと記憶しているが、妹から「チビ(末弟:現役JW)から連絡あってさ。久々に話ししたいから長男弟(排斥)の連絡先教えてって言われたんだよね。一応長男弟にも許可取って教えたけど、なんだろうね」と報告が。その時は「へー、そうなんだ。母親の指示でお金せびられたりしないといいけどね」くらいに思っていた。

 

そんなことがあった事すら忘れそうになっていた今日この頃「末弟の件で相談が」と妹から連絡あって話を聞いた。

すると長男弟から「突然〇〇(昔同じ会衆にいた長老)から連絡が来た。もしかして末弟が自分の連絡先を教えたのか?個人情報にうるさいこのご時世、知恵が浅い子供から情報を聞き出すなんて非常識すぎないか?」と怒りの電話があったそうだ。

(因みに、気になって「で、末弟から長男弟には連絡あったの?」て聞いたら「無いらしいよ」とのことでした)

 

確かに、JWは特に組織内の個人情報にはかなり緩かったと記憶してる。

まだ籍を置いていた時、突然知らない番号から電話がかかってきて取ったら「●●兄弟から聞きました。ところで~」ということが多かった。組織内はいいんじゃない、みんな兄弟だし、と認識している人が多いように感じていたことを思い出した(あくまで主観)。

 

続いて長男弟は「そういうのはよくないと俺が伝えてもいいけど、強く当たりそうだから一旦●(妹)に確認したほうがいいと思って」と連絡してきたそうだ。長男弟も責任ある立場でかなり忙しいからか(JWから接触あったら忙しくなくても)、ちょっとイライラしている感じだったらしい。

長男弟も妹も10年近く末弟と話しておらず妹も「自分もキツくしか言えそうにない。もしかしたらコトノハから言ってもらった方がいいかもと思って相談に来た」とのことだった。

 

確かに母親のところから飛び出した数年前まで(まだ数年なんだな…)ずっと一緒だったし末弟の事は私がよく知っている。だからどこまで伝わるかも含めて私が連絡してみる事した。

やり取りはこんな感じ。

 

 

私 『卒業おめでとう。4月から新社会人だね。いっぱい学ぶんだよ~!そう言えば長男弟の連絡先って誰かに教えた?』

末『教えたよ~』

 

私『誰かに聞くようにお願いされた感じ?』

末『うん、長男弟と同じ県にいる長老のT兄弟に』

 

私『どんな感じで聞かれた?』

末『ロナで直接会えないからメールしたい、だから連絡とれそうだったら教えてと言われたよ』

 

そのうえで、下記を伝えた。

・今後誰かの連絡先を教えてほしいとお願いされたら、いったん本人に連絡先教えていいか聞くいてほしい

・君はこれから社会に出て色々な人と関わっていく。ロジカルな考え方ができる君だから理解してくれると思っているし、社会の一般常識を覚えてほしいからしんどい内容かもしれないけど聞いてほしい

・本人の許可なく他人に連絡先(個人が特定できる情報)を教えるのは「個人情報の漏洩」になる

・個人情報を持ち出して逮捕される社員がいたりと今は個人情報保護は厳しくなっている

・末弟からT兄弟に情報が漏れたのは個人情報の漏洩になる

・君に悪意がないのは理解しているが、一般社会では許されない

・私は部署をまとめる立場にあるけど、部下がそういうことをしたらすぐ指導するしその人へを信頼することは難しくなる

・T兄弟が末弟に「長男弟の連絡先教えて」といったのはあなたに悪いことさせたのと同じ←個人的にはここを認識してほしかった

 ・君の信頼がなくなるのは嫌なので今後気を付けてほしい

 

本当は、妹や長男弟がどういう思いで私に相談したかを含めて伝えたいことはたくさんあったが、

(長男弟に連絡しなかったのは、忙しそうに対応されたからとのこと。どこまで本当かは不明)

 「そうだね、これから気を付ける」という素直な反応だったので、伝えたい事は半分程度のみ伝え、あとは他愛無い話で終えた。

 

「個人情報の取り扱いに気を付ける必要性」は伝わったと思う反面「組織の人間同士の情報のやり取りがなぜダメなのか?」が伝わったからは本当に微妙だ。何となく、伝わっていない気もする。

 

私は教理にどっぷり浸かっていた時は「世の人は惑わそうとしてそんな事を言うんだ。世の人の言う事は真実ではない」くらい思っていたため、末弟の事をどうこう言えない。

若さ故、無知故の行動だから、末弟を強く責める気持ちはない。ただ末弟に長男弟の連絡先を確認させた長老には強い怒りを感じた。知恵のない若者を動かし個人情報を聞き出すなんて、なんて非常識なんだろう。なんて危機管理がなっていないんだろうと感じた。

 

確かにJWは個人情報に対する意識がとても薄い人が多かった。それが「世の人」との間でも線引きができていない気がする。情報を他人に(同意なく)渡すことがどういう結果をもたらすのかを理解していない。組織を離れた今だから分かることだが、自分の個人情報保護なんて概念は組織の中では無いも同然だった。

 

何度も言うが、今だからわかる。

これではとても「正直で信頼できる人」とは言えない。少なくと職場にこういう人がいたら私は信頼しない。

 

末弟が幸せなら宗教を辞めろとは言わない。ただ、嫌でも「世」で働き生計を立てていかなければならないのだから、最低限の一般常識は身につけてほしい。「世の人」になって気づいたが、JWが思うほど、「世の人」はJWを評価していない(真実に気づいてほしい彼らにはそれは通じない)。

私は社会に出て最初本当に苦労したし(新社会人がきっとこんな感じなんだなと思っていた)、まだまだ学ばなければならないことが多かった。学び始めたタイミングが遅かったから(遅すぎる事はないとは思っている。ただ、早ければ早いほどやはりいいと思う)もっと早くから学びたかったというl気持ちが無いわけではない。

 

少し話がずれた。

なんやかんや書いたが、やっと平穏を手に入れたんだ、 邪魔しないでほしい。彼らから全力で逃げているし、彼らに害をなすことがないよう(むしろ関わらないよう)徹底しているんだ。だから絡んでこないでほしい。そっとしておいてほしい。私は今が一番幸せだから放っておいてほしい。最終的にこれが私の本音かもしれない。

我が子のように世話し(それくらい年が離れている)愛した末弟だけど、私には今守りたい家族がいる。その平穏を守りたい。

 

もちろん問題はある。それは宗教を信奉していようがいまいが同じ。

どんな苦しいことがあっても、JWにいたときより、今が幸せなんだ。

 

本当に、この平穏を乱さないでほしい。

※2019年8月に投稿した記事です※
 
 

親への殺意。

(かなりぶっちゃけるので、苦手な方はスルーでお願いします)
 
 
 
このブログを読んでくださっている方の中で、
親への殺意を覚えた方はいますか?
 
 
 
 
 
 
『殺意』と表現すると過激に聞こえますが、
私は母親に対して殺意を抱いたことが何度もあります。
 
 
 
 
 
 
 
よくありますよね?
子供が親を殺す事件。
 
 
 
 
 
 
 
 
私は、実行しなかっただけです。
ただし何度も何度も、頭の中で母親を殺しました。
 
 
 
 
 
リアルではあまり言えないので、ちょっと吐かせてくださいね。
父と妹は知っていますが、さすがに主人にも言えないので。
 
 
 
 
 
結構エグいこと言いますので、嫌な方は読まないでください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
母親は大袈裟じゃなく全てを他人のせいにし、
誰々が私を苦しめてるだなんだと喚き散らして、
少しでも反論しようものなら怒鳴り散らして暴れ回った。
 
 
 
 
 
 
 
少ししたら謝ってきて、の繰り返し。
 
 
 
 
 
 
 
母親と決別する頃は私のメンタルも限界だったんでしょうね。
夜ベッドの中でイヤホンで耳を塞ぎ。
喚き散らす声をシャットダウンして声を殺して泣きながら、
 
 
 
 
 
 
真剣に『完全犯罪』の方法を考えてた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どの洗剤や薬剤を使えば、バレないで殺せるかな。
サンポールとか効きそうだけど、でも臭いか。とか。
薬を少しずつ飲み物に混ぜる?水筒とか?
塩分多めの食事で病気にする?時間かかるなぁ。
頭殴って、転んだことにする?
階段から突き落とす?でもミスったらやだな。
自殺に見せかける?
殺し屋…アメリカかよ。
『完全犯罪』をググりたいけど、履歴って残るんだよね。
本で調べたらいいかな、でも市立図書館いったらバレるよね。
誰か詳しい人とかいないかな、とか。
 
 
 
 
 
 
末期癌とか、もう余命幾ばくもない病気になればいいのに。
いっそ事故で死んでくれたらいいのに。
転落死とかしないかな。
 
 
 
 
 
 
 
暗殺スキル0の私の発想では、
多分本物のアサシンに鼻で笑われるレベルだと思う笑
でもそんなことをほぼ毎日真剣に考えていた。
 
 
 
 
 
この人さえいなければ、と。
 
 
 
 
 
 
 
 
不愉快に思う方は、ごめんなさい。
『命をなんだと思ってるんだ』
『病気や事故で家族を亡くした人もいるんだ』
そう思う方も、ごめんなさい。
 
 
 
 
 
 
 
少し話は逸れますが。
 
 
よく『産まれてこなくて良かった人などいない』
といいますが、私はそう思いません。
敢えて例は出しませんが、そういう人は存在します。
 
 
 
 
 
また少しズレますが、
『どんな両親でも揃っていた方がいい』
これも嘘です。私は両親が離婚したのは正しいと思うから。
 
 
 
 
 
 
親がいがみ合うのを日常的に見るのは、本当にしんどい。
 
 
 
 
 
 
 
 
それと近い感じで『親の死を望むなんて親不孝な』というのも、
そんな考え方もあるけど私は違うな。て感じです。
 
 
 
 
違うな、ではないですね。
死を望むのは異常かもしれませんが、
私は望んだしそういう人もいるはず、ですね。
 
 
 
 
 
 
 
母親の母(私のおばぁちゃん)は母親に言ってました。
『私じゃなくて、子供のためになることをしなさい』
自分の親ではなく、子供の幸せを考えなさい、と。
親にしてもらったことは、子供にしなさい。
それが帰ってくるんだよ、と。
 
 
 
 
真理だなぁと思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
おばあちゃんは、今自分の子供にすごく大切にされてる。
おじいちゃんが亡くなったあとも、定期的に子供が会いに行く。
離島に住んでいるけど、孫もひ孫もたくさん会いに行く。
 
 
 
 
 
 
片や母親は、子供4人中3人から絶縁されている。
これを真実と言わず、何を真実というのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
話を戻して。
 
 
 
 
そんなこんななので、親に殺意を抱くのは理解できる。
ただ、行動に移すか否かの違いで。
そして私の場合、父という『逃げ場』が残されていた。
家族に頼れたのが幸いだったと思う。
 
 
 
 
近場に『避難所』があった私が言うのもおこがましいですが。
 
 
 
 
 
 
『いよいよこれは違うな』と思ったら、
迷わず躊躇わずにそこから逃げてください。
 
 
 
 
 
火事のように、"それ"はあなたを追い詰めようとします。
いえ、気づかないうちに囲まれたように見えると思います。
もしかしたら、食うか食われるかまで追い詰められるかもしれません。
 
 
 
 
 
 
「もうダメだ」そう思っても諦めないでください。
 
 
 
 
よく耳を澄ましてください。
周りを見回してください。
声をあげてください。
 
 
 
 
 
 
 
必ず、"声"を拾ってくれる人がいます。
 
 
 
 
 
あなたに手を差し出している人がいます。
「こっちだよ」と叫んでいる人がいます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『頭の中で誰かを殺さなくていい』
『あなた自身を殺さなくていい』
そう気づかせてくれる人がいます。
 
 
 
 
 
 
 
 
だから、その1歩を。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
最初の1歩はとても怖いかもしれません。
それでも、声をあげて手をあげてください。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
あなたが幸せになるために。
周りがあなたに幸せを分けられるように。
 
 
 
 
 
 
 
 
二度と、
 
 
 
 
 
 
誰かを殺すイメージをしなくてすむように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
大人(私が知ってる中では中学生も対象)の『お仕置き』


覚えている範囲内で。







【戒め】…"特権"の剥奪を指す。
レベル感は犯した『罪』や裁く人の裁量で決まる。


これは経験したし、近しい人が何人か居るから確か。
覚えている限りご紹介します。





まず、”特権”とは。
・壇上からの質問に答える『注解』。
・皆の前で聖書を朗読したり、

『布教(奉仕)の時に会うかもしれないVer .~撃退方法~』の
予行練習を『集会』のときに皆の前でする『割り当て』。
※噂によると、大分形式が変わっているとか?

・『補助開拓(色々変わったけど、宣教活動月に50時間だったかな、捧ぐ)』

・『開拓者(模範的な存在)』。確か月60時間の宣教活動をする

・『長老(まとめ役)』『奉仕の僕(長老補佐?)』などの役職


こんな感じ。
上記のことが制限されたり、立場を剥奪されたりする。




【排斥】…物理的又は精神的に組織から追い出すこと。
一番重い措置。

『⚫⚫兄弟(姉妹)はエホバの証人ではなくなりました』
という発表が出た瞬間、その人との接触は一切禁止バツレッド
挨拶も、話すことも、会釈すらNG。


排斥になった人の家族も、接触は最低限にすべきと言われる。
もし離れて住んでいたら、殆ど接触はできない。
(私みたいに隠れて接触する人もいたけど)



排斥になって組織に戻りたい人は、
長老が良いと言うまで『集会』や『大会』に
参加し続ける必要がある。


始まるギリギリに来て、終わったらすぐ帰る。
誰とも接触しないように。ただ座ってる。
その状態が、だいたい1年以上続く。



それで復帰(再び仲間と認められること)した人を
何人か知ってるけど、
そこまでして戻るような所ではないと思う。




私よりずっと前に脱退した妹曰く、
「そこしか居場所がないと思ってるんじゃない?」とのこと。
だからどんなに苦しくても耐える。




でも、そうなんだろうと思う。




世の人(未信者)の恋人を作り排斥された弟(上の弟)は、
自分の居場所を見つけて結婚し、子供にも恵まれた。
(私は4人姉弟。私妹弟弟)



そこ以外にも居場所はあると。



私もようやくそれに気付き、今ここに居る。
だから、今組織の中では苦しんでいる人に言いたい。




『あなたの居場所は、そこだけじゃないよ。世界は広いよ。
    彼らが言う程、世界は悪いところじゃないよ』













【懲らしめ】

俗に言うお仕置き




私がまだ幼いときは、王国会館(『集会』をする場所)のトイレに
子供にとっての拷問器具が常備してあった。所謂『懲らしめ』
グッズ。
色々置いてありました。選り取りみどり!的な。


独断と偏見で痛さ加減を勝手にランキングすると…
ドゥルルルルルルルルルルルル(勝手にドラムロール)



ドゥンッ!!!!




3位:布団叩き


それは布団を叩くものよ!!!我が子のお尻はダメ!!
ていうか、なぜトイレに…?!





2位:ベルト

いやん、私は馬じゃないわ!!!
いえ、馬もベルトではお尻叩かれてない!(何言ってんねん)
あの子、やたら食い込むのよ…ショボーン
で、あなたもなぜトイレにいらっしゃるのかしら。






そして…



1位!!!  ゴムホース
振りかぶって叩いた時にいい感じで叩けるよう、
丁度いい長さに切ってあったものです。
トイレに確かにありそう…とかではなく!!

えぇえぇ…?!わざわざ家庭用のからカットしなくても…
完璧に痛めつけにきてますやん…
(エセ関西弁。関西圏の方ごめんなさい)


ゴムホース痛かった笑
あれ、めっちゃしなってフイットするんだよね笑
叩かれたところはミミズ腫れ決定。



母親の言い分?は『頭じゃないからいい』。
安全を考慮して?らしい。
悪いことしたのはあなたよ、ちゃんと反省しなさい、的な。






『集会』途中に子供が手を引かれて後ろに連れていかれたら
高確率で『懲らしめ』。
泣き叫ぶ口を塞がれ抱き抱えられていく子も多かった。

今だったら『虐待』になるんだろうね。
トイレの外まで泣き叫ぶ声聞こえてたもんな〜




それ聞いて子供が恐怖で背中を伸ばす。
スケープゴートっていう目的もあったのかな。



私が『懲らしめ』された(覚えてる限りの)理由としては

・少し居眠りした(学校終わってからだから疲れてるよ?)
・お喋りした(子供です。集中力ないです)
…あとは覚えてないや。でもかなり叩かれました。
姉弟の中で1番叩かれました。
叩いても叩いても、効かなかったそうです。





近い経験した方、具体例を教えてください。
そしたら私も思い出せるはず。
もっともっとあるはず。




しかも、母親同士で『どの鞭が一番効くか』を共有するのガーン
『家のホース切って叩いたら効いたみたい』
『布団叩きはあまりだよ』
『ほうきで叩いたら柄が折れちゃって笑』
…これを子供として聞いてたら恐怖((((;゜Д゜))))





…非常に恐ろしい会話。時代とはいえ、子供にとっては拷問だよ。 
子供からしたら、時代とかどうでもいい。
ただ、思い出す頻度か高いか否かの違いだけで記憶に残る。
その上『お母さんだって叩きたくないんだよ』という。
嘘だと思う。じゃ、叩かず言い聞かせろよ、と。


子供だって、人格があるんだ!!!٩(°̀ᗝ°́)و





妹(私のすぐ下)は叩かれる恐怖のあまり逃げに逃げて、
母親が根負けしてた。
大きな声で泣き叫んで、鬼ごっこの恐怖バージョンだった。

円卓の対角線上をキープ、みたいな。分かります?笑



でも本当に妹にとっては恐怖だったと思う。
全速力で逃げて、涙をいっぱいためて泣き叫ぶ表情を
今でも覚えてる。




私は黙って叩かれるタイプ。
思春期の頃には「めんどくさ、早く叩けば?」みたいな笑

てか、思春期で素直にお尻出して叩かれるって…
考えたら普通におかしいよねガーン

あ、うちは基本下着まで下ろしてお尻ぺろんキラキラ
『懲らしめ』受けてました。





いや、本当に恥ずかしかったよ。『私何してんだ』って。
どうせ反抗したってヒステリー起こされて面倒になるよりは…
ていう消去法の選択だった。
私の場合『今合わせてりゃすぐ終わるよね』てのが強かった。





それが、毒親からも宗教からも抜けるのが遅くなった理由と思う。

人の性格って、一長一短だと本当に思う。




こんな性格だからこそ、
あんな母親と一緒にいても精神が壊れなかった。
でも、『自由』を手に入れるのは少し遅れた。



でも、ひとつ言えるのが。
将来私に子供ができたとしたら。





私のように無駄な回り道をしてほしくない。
壁にぶち当たるのはいい。でも、経験しなくてもいいことがある。
だから、エホバの証人とは関わらないように。
(大人になって自分で選択するならまだしも。反対するけどね)


母親とも、関わらせない。


私は、私と私の家族との道を生きる。
子供も、子供の人生を歩んでほしい。










ちょっと前に巷を賑わせた『毒親』。
自分の母親がそうだと気づくのが、私は遅かった。



毒親持ちの方たちは、どのタイミングで気づいたんでしょうか。
私は彼氏(信者ではない)ができた前後からでした。

といっても、ギリ20代の29歳のとき笑




『なにかおかしい』って思ってたのが、
『この違和感は本物だ』と確信に変わった。





ほんの一部だけど、




感情を整理したいからドライブに行くと言って休日出ると、
(信者以外と付き合えないので、彼氏といるのは当時秘密。
ただ、その時仕事で色々あって気持ちを整理したいのは本当)
めっちゃ鬼電してきて自分の悩みとか不満を延々と語る。


1人にしてほしい娘に、自分の悩みをぶちまけて自分だけ
スッキリしようとする。挙句の果てには
『チビ(末の弟)が可哀想じゃないのか』という。
休みの日に弟を置いて可哀想、だって。
本当は私だけ出掛けているのが面白くないだけなのに。
弟をだしに縛ろうとするのは常套手段だった。






両親の離婚後は『コトノハ。は結婚願望ないんだよね』
『男なんてクズ』みたいなことを延々洗脳されてた。
しかも、『コブ付きの母親がいる女を貰う甲斐性のある
男はいない』とのたまってた。

私が結婚したら、もれなく母親と弟が付いてくるよ。
それでももらう男はいないよね、だそうで。



今思えば、
『え、もし私が結婚したらあんたついてくるつもり?』だけど笑



当時は割とガチで
『そうだよなぁ、母親と弟がセットなら無理だなぁ』と思ってた。
結婚願望がないのではなく、半ば諦めてた。
洗脳って怖いねぇ。


あと、男性不信でもあったし。
男性不信になったのにも、母親が絡んでいるのだけど。



それは宗教云々だけじゃなく、母親の性格も原因。
宗教の内外でとにかくトラブル続きで、本当に大変だった。



大小合わせたら長編小説になりそう私



 

なので、今は本当に平穏。
時々荒波はたつけども。あの頃に比べればさざ波。




精神的な平穏は、本当に大事だなと思う。


そして、この平穏を保ち続けられる人になろうと思う。

私といる人が穏やかな気持ちになれる人になろう。