のんころがし

のんころがし

自分の身に起こった出来事・触れ合った人たち・見た映画・読んだ本・行ったお店・作った料理・感じたことを綴った雑記

ダンナと息子(5歳)とにぼしとするめ(2017.7他界)と暮らす35歳です。

今のところ専業主婦。

食べることと、
お酒と、
チーズと、
猫が大好きです。
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「も〜〜暇なら公園行って誰かと遊んできなさい!」


が、気軽に言えなかった酷暑の夏休みがやっと終わりました。


基本みんな家で過ごしていたので、

後半はくっだらない兄妹ゲンカが増えていき、

たまにどちらかだけ連れて出かけると帰宅後は仲良くなって、

適度な距離って大事なんだな〜としみじみ実感。


そんな日々の記録。



前半は帰省や旅行でなんとか凌げた感。

あたしは手術前後で体調不安定だったから、子どもらのエンタメは義家族や母、叔母に助けられた日々でした。


7月


・1泊2日の岩手帰省


新幹線で岩手へ。

連日アホみたいに晴れて暑い東京と違って、

降り立った瞬間「外もエアコン効いてる〜」並みに涼しかった。梅雨も明けてなくて2日間とも雨。

とにかくプールとバイキングのお食事、温泉を楽しみにしていた子どもらは、夏休みスタートすぐということもあって大はしゃぎ。

あたしはプールも温泉もお酒もNGだったけど、ホテルのロビーで会えた友達との1時間が救いでした。

翌日は土砂降り大雨の中童話村へ行き、義両親に車で迎えに来てもらってそのまま宮城へ帰省。


・3泊4日の宮城帰省。


1日目はいつも通り疲れからくる頭痛と吐き気で1日寝倒すあたし。薬飲めないから辛かった。

子どもらは買い物やら来客やら野菜収穫やら何やらでちょこちょこ動いてた。

あたしはその昼過ぎから出血し始めたのでダンナと交代し急遽帰京。

子どもらはその後も仙台の科学館やコストコ、びっくりドンキー、回転寿司、サーティワンなどなど、こっちにいたら小出しにしかできない外食カードをバンバン切ってもらえてご満悦でした。感謝。


8月


・2泊3日の福井旅行


恐竜好きのジジと甥っ子、息子を中心に、総勢8名で福井の恐竜博物館に行って来ました!

移動だけで半日かかるので、1日目は新幹線移動と東尋坊観光。

東尋坊は夕方行ったけど、暑くて日陰なくてそこだけでヘロヘロでした〜


2日目はメインの恐竜博物館。

日本一?の恐竜博物館。

恐竜好き息子は基本ヲタク解説員だから、

素人の細かい疑問もあれこれ答えてくれて。

そしてあたしがそれを噛み砕いて、兄の影響で多少の興味持ちつつある娘に教えるって流れ。

甥っ子と息子は化石発掘体験なるものもして、充実した1日でした!


3日目はゆっくりお土産買って、お昼ご飯食べて帰京。


基本宿やお食事、移動中はずーーーっと子どもら3人わきゃわきゃ大騒ぎで、めちゃくちゃ楽しそうだった。従兄弟っていいね。

そして切符や宿の手配、時間も行き先もご飯も、全部ぜーんぶ義家族が決めてくれた旅行だったので、疲れ具合が全然違う!!

もちろん身体的な疲れはあるけれど、無責任に大人が決めたことに従うだけってこんなに楽なんだねぇ〜

あたしの旅行帰省外出疲れは、脳内プロデュース業によるものが大きかったんだとつくづく実感した。




夏休みのメインお出かけはこの2つ。

後半は基本家で過ごし、ちょこちょこ近所にお出かけするのみ。


・花火大会

区の花火大会。

ちょっと夕涼みがてら歩いて、

見られるポジション探してゆっくり見られた。

去年より涼しくて最後まで堪能できました。


・スラムダンク

息子と復活上映を鑑賞。

確か上映された頃息子はまだスラムダンク未履修、バスケへの興味も薄くて。

ダンナが絶対映画館でも見た方がいいと勧めるので、バスケハマった息子と思い切って行って来ました。

もちろん原作も何度も読み込み、

映画もDVDで見てるから、

主人公の生い立ち、

試合運びやスコア、

結果勝つことも何もかも知っているけど、

それでも鑑賞後は映画館で見てよかったねー♡と言い合える不思議。

自分が感動した作品を息子とこんなふうに分かち合える日が来たのも嬉しい。

大好きなおかーさん不在でお留守番娘がプンスコでしたが。。。


・インサイドヘッド2

スラムダンクの翌週、再び息子と。

娘に前作見せてもイマイチ理解できない〜〜だったので、楽しみにしていた息子と2人で行きました。

思春期の話だけど、大人に刺さる!!

あの、素直な、まっさらな自分の感情はどこに行ったんだろう…自分らしさって…?って最後泣きそうになってしまった。

その間娘はババと誕生日プレゼント選びしてた。


・夏まつり

息子は初めて友達同士で、

娘はもの心ついてから初めて行きました。

娘の浴衣着せるのが難しくて、たまたま母がいるタイミングで助かった。

娘は友達と楽しそうに回る兄が心底羨ましかったようで「小学生になったら(私)ちゃんも(兄)みたいにお友達とまわりたい!!」と言ってました。

母親の手を離れるのが息子より遥かに早い予感。


・手持ち花火

マンションの花火大会の流れで、

家族で公園で花火。

たぶんちゃんとやったの初めてじゃないかな?

娘のリクエストで宮城でやったけど、雨で少ししかできなかったし、「おかーさんと一緒にやりたかった」って言う娘の願いを叶えた。


・パンケーキ

娘が「都会のオシャレなお店でパンケーキ食べたい」と言うので、恵比寿まで。

娘が思う都会は錦糸町やソラマチじゃなく、丸の内や渋谷みたいな都心のことらしい。。。へぇ。

こういう美味しいものと店の雰囲気、そこに辿り着くまでの景色まで楽しめるのはほんっと女友達といるみたいで楽しい♡

息子はマジで都心もオシャレな店も興味なし、パンケーキはもちろん食べたいけどわざわざそんな人混み縫って労力をかけてまで行かない…的なのでお留守番(家でうまい棒食べてたわ)。

あたしと娘は胃がちいかわ(食べきれない)なので、ダンナも召喚して食べました。




あとは近所のスポーツセンターのプール(そこでも兄妹ゲンカ)、あたしの病院に付き添いがてらランチ(もちろん娘のみ)、ダンナと13年ぶり!に夜飲みに出かけたり、、、

暑すぎて今年はジャブ池行けなかったし、

色んなイベントや児童館も行けなかったし、

やっぱり手術前後は体調優先で、あんまりあちこち連れて行けなかったな。

年々夏休みのお出かけ頑張れなくなって来てるのは感じる。

「妹と遊んであげればゲーム時間増量」というエサで息子を釣り、その間自分のお昼寝タイムもしっかり確保して2歳児みたいな生活リズムで動いておりました。とにかく体力がない。



子どもらは歳の差が大きくて、

性も違うのもあるし、

まぁそれぞれ成長して好みが出てくるから、

どんどん一緒に行ける場所や機会がなくなって、

息子は完全にランチやカフェや花火やイルミネーションに興味0だし、

娘はスポーツに興味0だし、

映画も見たいものが違いすぎるし、

別行動が増えて来て寂しく感じることもあったけど、

奇跡的に誰1人体調崩すことなく、予定してたものは全部こなせたのはありがたかったです。


夏休みはしんどいけど、

学校幼稚園始まったら始まったで、

今度は早起きがつらい〜(ワガママ)!!

お昼寝もお迎えでできなくなるし、

また自分の生活リズムも整えなくては。


今日手術を無事に終えて、ベッドの上にいます。


流産手術でも、トラウマのラミナリア…息子出産前にいっぱい入れられて激痛だったラミナリアを入れられてひぃ!となり、

いつものように点滴のルートが取れなくて腕グリグリされ、

そのまま血管迷走神経なんちゃらで気分悪くなってバタン。


なんでいつも女ばっかりこんな思いを…。


生まれて初めての全身麻酔手術は、

本当にあっという間に意識を失い、

あっという間に意識回復して、

いつの間にか終わっていました。

麻酔消えても痛みもなく(こう考えると帝王切開レベチだわ)。




こんなあたしでも、

手術前の診察、

最後のエコー写真は泣けて、

麻酔から覚めてストレッチャーで運ばれてる間も涙が止まりませんでした。


病院も病棟もフロアも娘を出産した時入院した同じ場所。

ひっきりなしに新生児の泣き声が聞こえて、

辛い気持ちよりも、

6年前娘と過ごしたかけがえのない2週間を思い出し、

懐かしいやら愛しいやら、

早く帰って娘をぎゅーって抱きしめたくなります。

新生児の泣き声たまらんっ…!!

乳張るーって無意識に思ってしまった。





妊娠を打ち明けた時友達が言ってくれた、

「私宗教とかじゃないけどね、絶対何か意味があるんだって。のんちゃんに何かメッセージを持って来てくれたんだって」

って言葉に今も救われていて、

赤ちゃんと生きて会うことは叶わなかったけれど、

たった1ヶ月でたくさんたくさんあたしにメッセージをくれました。


女としても、

予期せぬ妊娠。流産、その手術。

こういう気持ちになるんだ。

こういうことをするんだ。

って、経験をさせてもらって。


ありがとう。


気持ちは今とても落ち着いて穏やかです。



帰省の途中で出血が始まってしまって、

あたしだけ予定より2日早く帰って来たけれど、

最後まであたしの身体を気遣ってくれたお義母さん、

残された子ども達に寂しい思いをさせないように、

ジジと2人奮闘してくれました。


東京の家では母も待っていてくれて、

久しぶりに2日間、母娘だけののんびりした時間を過ごせました。

今は母が子どもらを見てくれています。


まだまだあたしは大人たちに支えられてるなぁと実感したし、

その恵まれた環境にしっかり感謝しなくてはと思えたのも、

赤ちゃんのおかげ。

無事に手術予定日までお腹に留まってくれたのも親孝行すぎる。


本当にありがとう。

一瞬でも、憧れだった子ども3人のお母さんにしてくれてありがとう。夢みたいだったよ。





年明けてからの数ヶ月でも、

これまでの人生で経験したことのない感情を持って、

エアコン壊れたり食洗機も怪しかったり、

ちょっとキャパオーバー気味だった先月末。







妊娠がわかりました。






驚き、とまどい、不安。


そんな感情が大半だったと思います。


41歳。

予期せぬ妊娠。

この先起こることを知ってる不安。

知りすぎてる不安。

え。あたし…元気に産める?育てられる⁇

ベビーグッズ全部処分しちゃったよ。

夜間授乳、細切れ睡眠、離乳食、目を離すと死ぬ生き物に張り続けねばならないアンテナ数年、トイトレ、イヤイヤ期、、、をまた1から?

さらに出産時期と息子娘のW卒業&W入学丸かぶり。

中1小1の新生活みながら新生児育児…?


お金より何より、自分の気力体力が大きな不安要素でした。

「40代 出産」で何度検索したか。


毎晩何度も何度も夫婦で話し合い、

母や限られた友人に打ち明け、

もちろん妊娠をやめることも選択肢の一つとして考えながら、

もしそれを選んだとしても誰も悪くないし、

育てられないなら産まない責任の取り方もあると言われて救われて、

綺麗事だけじゃ済まない現実の育児も解ってる、

人1人育て上げるのがどれだけ大変なことかも解ってる(まだ途中だけど)、

とにかく考えて考えて、

でもあたし達夫婦はどうしても中絶は選べませんでした。

ただ臆病なだけです。

産みたい気持ちも少しずつだけど日に日に強くなっていきました。




そうして妊娠発覚から1ヶ月。


稽留流産が確定しました。


上2人と違ってつわりもなかなか始まらない、

おっぱいの痛みも弱い、

心拍もなかなか確認できない、

母の勘でなんとなく「弱い子かもな」って予感はあったし、年も年だから出産まで順調にいく気もしてなかった。

だから「やっぱりな」って思いと同時に正直ホッとしてしまった。

涙は溢れてきたけど、悲しい寂しいと同じくらいホッとしてしまったのだよ。情けない。


20代〜30代、

あれだけ子どもが欲しくて欲しくて、

でもなかなか授かれなくて、

妊娠出産がいかに奇跡で簡単じゃないかを知っているあたしでも、こんな気持ちになるんだな。


こんな母でごめんなさい。

心から喜んであげられなくてすぐ歓迎できなくてごめんなさい。

こんな母だから、弱い母だから、

自分からそっとお空に帰ることにしたんだね。ごめんなさい。




時期はちょうど夏休み初日。

流産手術の手続きでなかなか病院から帰宅しない母を心配する息子と娘。

その2日後に迫る帰省では、

当然プールも温泉も入れないし、

手術前に自然排出する可能性もあり、

翌週には1泊2日の手術入院も決定しました。


子ども達には妊娠を隠してはいられないと思い、

2人にはお腹に赤ちゃんがいること、でも死んでしまったことを伝えました。


息子は小6なだけあって理解が早く、でもずっと「生き返らないかな」って言ってます。

娘の赤ちゃん時代のかわいさを知っている息子はまたあのかわいさを堪能したいらしい。

今度は12歳以上だからすぐ病棟に会いに行けるのにーって(娘の時は早く会いたいのに子どもは面会禁止だから退院まで会えなかった)。


娘もしっかり理解して涙をポロポロこぼし、

「お姉ちゃんになりたかった」

「赤ちゃん、、、お友達と遊んだりお絵描きしたり走ったり、この世界の楽しいこと何もできなくてかわいそう」

と、こちらの想像をはるかに超える悼み方をしてくれて。



ああ。すごい。

親のあたし達は、

とにかくずっととまどい迷い不安ばかりだったけど、

子ども達はこんなに純粋に歓迎して喜んでくれて、

そして悲しんでくれて、

あたしはこのお腹の子に対してここまでの気持ちを持ててなかったな。

自分の身体。今後の生活。体力の心配ばっかりで。

すごいな。恥ずかしいな。情けないな。 


こんな風に子ども達にまず報告できてたらものすごい勇気をもらっただろうに。


すごいな。