でぶるまんしゅーじですねん(間もなく閉鎖) -299ページ目

46歳の誕生日に思ったこと

いやはや、誕生日でおます


46歳。 わーお:*:・( ̄∀ ̄)・:*:



ツイッターで何日か前からPRしまくったら


けっこーな方々からお祝いリプライを


どかー!とちょうだいしまして感謝感謝。


m(u_u)m



僕は47歳という年齢にちょっとこだわってて


あと1年とゆーことになったわけですね。


47歳は、僕の父親が亡くなった年齢。



【お詫び】


いつもはわいわいバカなこと書いてるけど、


今日のブログは、個人的な父の話を


自分のために書くだけなので


興味ない方はスルーしてね。


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今から28年前。僕が高校を出た年の夏。


建設業に従事してた父は、猛暑の中、


かなりゴーインに仕事をしたよ―で、


体調を崩して帰宅。すぐに寝込んだ。


それは、ちょーど東京から帰省した日。



翌朝、父は急に全身を痙攣させて


口から泡を吹いて意識を失った。


僕にとって人生最初の119番やった。

診断:日本脳炎



お医者さんは長男の僕を別室に呼んで


はっきりと「まず、助かりません」。


さすがに母親には言えんかったね。


結局、自分で抱え込んだまま、


意識の戻らない父を夜通し看病した。



3日目の朝。父 死去。


47歳やった。



それからの1か月は慌ただしいだけで


ほとんど記憶にないのね。



で、一か月が過ぎたころ・・・問題判明。


人のいい父は、友人の借金の保証人になり、


裏切られて全額を抱え込んだままで死んだ。


1.600万近い負債が母と僕にかかった。



僕は映画の世界にすすむ夢を諦めて


香川県に戻って就職。



正直、東京から帰ることになった時、


人生終わったなーと真面目に思った。


10歳の時から映画にかかわる仕事を


すーっと夢見てたんやけど、


まさか挑戦もできないまま終わるなんて


夢にも思ってなかったものね。



幸か不幸かテレビ製作会社的な性格の


ケーブルテレビやったんで、


遊ぶ時間もないくらい忙しかったから


おカネを使うこともなくて、


10数年かけて完済出来た。



もう、遠い記憶。



さて、自分も家庭を持って子どもも3人。


長男が高校2年生で、僕は46歳。


来年、父よりも1歳早く、同じ状況を迎える。



「あら? 46歳ってまだ子どもじゃん」


…が今の率直な感想。


父はどんな思いで死んでったんやろ?


想像もつかへん。


ただ、


ふと気がつくと、僕も息子たちには


「自分の好きなように生なはれやー」


…と言いながら育ててる気がする。


ポリシーみたいなもんやないけど。



父と自分を比べるつもりはまったくなくて


ふと誕生日にこんなことを思ったので


ダラダラ書いちゃいました。



明日からはちゃんとおバカなこと


ダラダラ書きます。



m_ _m