こんにちは、遂に、連続して書き続けてきた「子どものこと」まとめです。笑


前回書いたように、娘はフリースクールに通いはじめてからどんどん行動的になり本来の娘らしさを取り戻している感じがします。


・電車に1人で乗る

・1人でおつかいに行く

・店員さんに聞きに行く

・1人で犬の散歩に行く



などなど、色んなことをするようになりました。


フリースクールに通うようになり私も少し変わったところがあります。


学校に対して愚痴ばかりがでてきていました(それは今も泣き笑い)、そんな中でも学校の良いところにも目を向けようとしています。


フリースクールの代表が「学校とフリースクール、ええとこどりしてったらいいんですよ〜」とおっしゃってたように、学校の良いところもある、だからそれも忘れずにいたいなって思います。

なので、学校とも良い関係を築いて行きたいなと思います。

学校とも手を取り合って子供をみていきたいと考えています。

次女ちゃんは、学校でお世話になっていますし照れ



この4年間で、長女さんは私にたっっくさんの気づきを与えてくれました。

無理に無理になんとかなんとか学校に戻れるようにばかり考えていましたが、本当に大切なことって、そこじゃなかったなと今では思います。


まいにち過度なストレスを感じながら過ごす瞬間があるより、健やかに毎日元気に笑って過ごせる日々の方がどれほど大切か、そういう環境に身を置いていると本来のその人が持つパワーが徐々にでてくる、当たり前のようでちゃんとわかっていなかったことを痛感しました。


そして私自信が、自分の事を信じていないと子供に寄り添うことも難しいなと気付きました。


不登校って可哀想なイメージがある言葉みたいに感じますが、意志を持って学校に行ってないだけなんですよね。

もうすでに自分の道を意思を持って選んで進む長女の道をこれからも家族で見守っていこうと思います。

生きていく術は生きていればどんな形でも学べる。


長女のおかげで、私はフリースクールの方々、保護者の方々との新たな出会いに今は胸がワクワクしています。保護者バンドも組んじゃったりして(ゆるゆるペースで、それまた心地良し)、楽しんでいますラブ


まだまだ不安になることもありますが、あるステージからは抜けたなという感覚があるので、長女とともにこれからも成長していけたらと思いますキメてる

現在長女は、1時間目まで行ってた学校も行かなくなり、フリースクールに毎日通っています。フリースクールがお休みの日は、地域の「学校に行きにくい子の居場所」にいかせてもらったりしています。


これからもっともっと、子どもの居場所を当たり前に選べる社会、そして選択肢が増える事を願っていますガーベラ



かなり読みにくい私の文章を最後まで読んでくださりありがとうございましたガーベラ




こんにちは。

前回の投稿からとっても時間が経ってしまいました。

またまた子どもの習い事待ちに書いています。

 

前回の投稿で、長女がフリースクールに通い始めたと書きました!!

 

そう!そうなのです!!!

 

体験を5回くらい経て、初めての登校日、私から離れないかな〜なんて思ったら、スッと

あらまスッと離れてフリースクールの古民家へ入っていきました!

送った帰り道、車を運転しながら嬉し泣きをしたのを覚えています。

「あ、、これ嬉し涙や、、え!嬉し涙!」と噛み締めました。

悲しい涙ばっかり流していたのに、嬉し涙を流せていることにとにかく嬉しかった。

 

そして迎えに行くと.なんだか楽しかったような嬉しそうな顔をしていた気がします。(もううる覚えです笑い泣き)

 

本人をみていると代表の方にすぐに心を開いたようで、私もびっくりでした。とにかく代表の方をはじめ、フリースクールのスタッフのことが、とーっても安心できる大人だということがすぐにわかったようです。

娘のいっているフリースクールでは「先生」という呼び方はなくって、あだ名で呼ぶみたいです。

 

 

フリースクールは週4であり、、まあ最初は週2くらいかな〜なんて思ったら、「明日も行きたい」が増えて、しばらくは週3で行くことに。

 

マルシェに出展してその売上金でキャンプにいく、というのがあり、帰りの会ではそれぞれが行きたいキャンプ場のプレゼンみたいなのをするというのもあったみたいです。

そしてフリースクールに通い始めて1週間!?くらいなのに、そのマルシェの日とっても張り切っていました。

会場に到着すると、私たち家族から離れてスタッフの横について一生懸命準備をしていました。

「え、こんなことある??」と驚きました。いつもなら、そういう場にいくと私たち家族のそばから離れなさそうなのに、ましてやまだ友達もできていないのに、信頼できるスタッフの横に自らいくという。

 

「もう娘の居場所(心のでもある)になってきてるんだ」と思いました。

 

 

夏が近づいたころ「私も電車で通学したい」と言い始めたのです!

3月頃なんて「駅がこわい・・・」とか言っていた人が、電車通学を希望してきているんです!!

普段車生活なので公共交通機関に乗ることなんてめったにないのに。びっくりです!しかも、

電車の乗り換えが1回あるんです!私も乗ったことない線です。うわ~~~そんなことある~~?です。

 

フリースクールにきているほとんどの子は電車通学しているので、自分もやってみたいと思ったのでしょう。

 

夏休みに2回ほど一緒に電車でいく練習をして、夏休みの登校日から、電車通学が始まりました!

それに向けてスマホも買いました。

初めて1人で電車で行く日、私はホームまで見送りました。

「緊張する・・・ドキドキする」と言っていたので、無理だったら私も乗ろうと思っていたのですが、

自分で前に出した足で進みだしホームに到着した1人で電車に乗り込んで、行きました!!!!!

 

 

その日から電車が楽しくって、今も電車で通っています。

 

そんな風に、「怖い」と思っていたことを、乗り越えて自らチャレンジすることができたのは、出会ったフリースクールという安心できる環境の中に身を置いたからなんだろうなぁとつくづく思います。

 

3年生の冬の時の娘の姿と大違いです。

 

 

つづく

 

 

 

 

 

 

前回、今年の3月頃からフリースクールへ足を運ぶようになったと書きました。


そう、3月からとあるフリースクールへ、体験に行きました。

去年受講していたシュタイナー気質講座の先生から、いくつか教えていただいていた居場所の中から一番ピンときたところでした。


大きな古民家を借りてやっている、フリースクールです。


私の気持ちが大きく変わった3月に聴きに行った講演会は、そのフリースクールの保護者さん企画で、講演会のあとにはフリースクールの1年間の活動報告会もあり、そこにおられた保護者さんや先生方のお顔や雰囲気もみていました。

そこでは、中学生の女の子が、自分でプレゼンのようにPCを使いながら活動報告をしている姿を見て涙を堪えるのが必死だったのを覚えています。初めて会った子で、それなのにその姿に希望と感動をもらいました。


そして代表の先生はなんだかいい意味でぶっとんでる感じの方と、落ち着いた優しそうな男の先生でした。


そして体験に行った初日、前々からインスタで一方的にこちらが知っていたそこに通う子供の保護者さんでダンサーでもある方の、ダンス部の日でした。

「ラッキー!!」と思い、子供より私が楽しんじゃいました!


それから、夫も長女と見学に行き、5回ほど一緒にそこで過ごしました。


長女の感想は「めっちゃ自由、、」

多分、こんな自由な世界があるのか、、、?

とただただ驚きだったと思います。


そうして四年生になりました。

また神担任に出会うかもしれない、そんな希望もあったので、

ゴールデンウィークまでに登校が安定しなけれフリースクールという選択肢を長女にしっかり提案してみようと思いました。


ですが、やはりうまくいかず校内に入るだけで呼吸が荒くなったりと状況は良くならず。

なんと2年生の時の神担任は同じ学年の他のクラスだったのです、惜しかったー!!


そうして5月から長女はフリースクールへ通うことになりました。

初日は「めちゃドキドキする、緊張するー。友達ができるかなぁ」と言いながら行きました。


つづく


こんばんは。

子供の習い事の送迎待ちで投稿しています。

前回からだいぶ空いてしまいました。

日々いろんなことが変化していきます。


前回、講演会に行き、その時の言葉が日を追うごとに頭に残った、と書いて終わりました。


その講演会がきっかけになり、私と夫はフリースクールを真剣に考え始めました。


私はずっと「やっぱり子供に学校に行ってほしい」気持ちと、現実は学校に行きづらい長女とのことで悩んできました。

夫はというと、全く悩んでいませんでした。

「大丈夫大丈夫、そのうち行くよ。今は気持ちを受け止めてあげよう。」ずっとそんなズッシリした安定感のある考えでいてました。


フリースクールを選択するともう学校には戻らないのではないか、そんな考えが私たちの中にはありました。

でも、学校に入るだけでこんな辛そうな長女を目の前にすると、心すり減らしてまでチャレンジするところなのだろうか。

甘えてるだけなのではないか、私たちが心を鬼にして過ごせばそのうち諦めてまた学校に行くのではないか、そんな考えももちろん当初はありましたが、我が子をみていると、「いや、やっぱりこんなんではない。この子は学校に何かを感じてるんだなぁ」

そう思いました。


そして、今年の3月ごろから、とあるフリースクールに足を運ぶようになりました。


つづく


こんにちは。


つづきです。


そう、娘が学校に行けなくなってからは、色んな人に話を聞き励ましてもらい、色んな本を読みました。

スクールカウンセラーにもお世話になりました(でも話を聞いてくれるだけであまり意味なかったかも)

当時の私は、娘が学校行けるならどんな高い壺でも買ってしまうのではないかという心理状態でした。

校門をタッチしてから帰るということもよくやりました。校門に結界でもあるんじゃないかしらともおもったことも。たくさんスモールステップふみました。



そして、2年生で神担任になりまた学校に通えるようになりました。

本当にいい先生で、この学年で何か起きてもこの担任の先生となら力合わせて頑張れる!と思いました。

娘はその時の最後の連絡帳は今でも大事にしまってあるはずです。

けれど、2年生で学校に行けるようになっても私は「また行けなくなるんじゃないかしら、、」と毎朝不安で送り出すまでドキドキする毎日でした。


そして3年生でまたいろいろあり、色んな本を読んだ結果「私が先回りの声掛けばかりしてきたから自立できていないのではないか」と思い始め、民間の家庭教育支援を受け始めました。

毎日の親子会話を入力して添削してもらい、週一電話カウンセリング。

私の声掛けなどを変えたら、この子はきっと自分で困難に立ち向かっていけるようになり、学校にもいけるようになる!と信じて。

今まで自分が自信を持って子育てしてきたことが、全てだめだったのかもしれない、とさえ思いました。

ですが一向によくならず、、本当に辛い日々でした。

毎晩子供が寝てからパソコンに向かい会話をカタカタ入力してから寝る日々。

夫婦の会話も減ります。


子供が身体が反応するくらい行きたくない場所に、こんなに苦労して行かせる必要はあるのかしら。私自身も、学校の内容をみていても通わせたいと心から思える場所ではないと思っていました。もっと子供が伸び伸びできる学校がいいなぁ、でも、ここしか行くところがない、学校はいかないと、という思い。

それと並行して学校以外の居場所、フリースクールも探し始めました。けれど心の中は「学校に行けるようになってほしい」と思っています。


今年の3月に小学校から高校までサドベリースクールで過ごして大学へいったという娘さをを持つ親子の講演会に夫婦でいきました。

そこでそのお母さんが「子供を自分の所有物にしてはいけない、自分から産まれた子供だけど自分とは別の人生があり別の人間、尊重して接するべき」みたいなことをおっしゃっていて、その方は「子育てしたという思いは全くないむ 」と言っていました。


「あ、娘のこと私の所有物のように感じてるかも、、」と思い、ジワジワジワジワジワ日を追うごとにその言葉が胸に響きました。



つづく

ただいま、10/8 初めて魚の味噌煮つけをコトコトしている間に書き綴っております。




前回のブログで書いたように、私は思春期の頃に自分の子供にはしたくないことを書き綴っていました。


でも、いざ子供が産まれると子供にはこんな習い事をさせてみたい、こんな子に育ってほしい、とか願望が募るばかりでした。

書き綴ったことと反対のことしてるかも、、!とハッとしたことも。

けれど、我が子が困らないようにあれやこれやしたい親の氣持ちも少しはわかりました。


そして、長女の不登校を経て大切なことにたくさん氣付きました。

それを書いていきたいなと思います。


私には生まれ持ったものがあるし、我が子にも生まれ持ったものがある。

私が子供の頃普通にできたことが我が子にできるかというと違うし、私が子供の頃できなかったことを我が子が普通にできることもある。

右向け右〜じゃなくて、右向いてっていわれてても左側に素敵な空があったら左向きたいこともある。


長女さんが学校に一年生の頃に学校に行きづらくなったのには色んな理由があったと思うけど本人も分からない。先生が怖すぎたのは確かかと思います。一緒に教室に入る母子登校をしていると、色んなことが見えてしまう。こんな恐ろしい給食の時間ある!?て思ったし、「先生、、子供のこと好き、、?なんでこの先生が一年生の担任なんやろう、、なんで先生になったんやろう、、」は何万回も思いました。

本人は先生のことは全く悪く言いません。

今でも長女は人のことを悪く言いません。だれかを「嫌い」という概念がないのかなとおも思います。


たまには毒付いてすっきりしちゃえばー?とも思ったりしますが。笑



私は学校に行けない理由を探すのに必死で、無理やり学校に行かせようとして長女を追い詰めてしまったり、最低最悪な態度で暴言を吐いて接したこともたくさん。たくさん心を傷つけてしまったとおもう。



私の性格上、1人で抱え込むことはしないので

色んな人に相談しました。とにかく学校に行けるようになってほしくてどこかにいいアドバイスや良い方法がないか探していました。


今でも鮮明に覚えている勇気づけられた言葉は、芸術家の方(大切な友達のお母様)に

「感受性が豊かやもんね。芸術家の卵を育ててると思ってみたら?」

と言われた時とっても楽になりました。

色んな人に安心する言葉をもらうことがその時の私の励みでした。


つづく





いつぶりのブログでしょうか。


ずっと書き留めておきたい、と思うことがたくさんあったのですが、自分の10年ぶり以上の健康診断の結果待ちの今書き綴り始めました。


投稿に至るにはあとなんにちかかるでしょうか、ちびちび書いていきます。只今、2024年10月4日です。


なにをまず書き残しておきたいかというと、子供のことです。


いま小学四年生の長女さんは、現在毎日学校とフリースクール両方に行っています。

二刀流ってやつです!


ここまでくるのにほんとに長かった。




小1→夏休み明けから不登校→母子登校

小2→神担任に出会い、普通に学校に通えるように

小3→6月に給食で気持ち悪くなり早退が増える→お弁当→毎日校門までお弁当を届けて車内ランチ→学校での事件や色んなことが重なりまた、また学校にいけなくなる

小4→母子登校、教室に入るのが精一杯。


親の考え方150度くらい変えて、フリースクールを見学。

小4現在、毎日行くのがワクワクするくらいフリースクールに通ってます。



私はバリバリの教育ママの元育ちました。

育つ過程で、ものすごく反発もしながらも、母親が喜ぶ選択を自らしてみることもありました。中学生以降は反発ばかりしていたなぁ。

自分が子供を産んだら絶対にそんなふうに育てない!と、中学生頃からその時感じた感情をノートに書き綴っていました。


つづく





先日10/29(日)東大阪市立市民多目的センターにてのBeeとして初のライブに来てくださった方々、ありがとうございました!口笛

初めての場所でしたが、たくさんの方々に聴いていただくことができ、同じ時間を共有することができ嬉しかったです。


ピアノの今井恵理ちゃんは、フランスでもピアノを学んだ普段は凄腕のクラシックのピアニストですが、それに留まらず色んな活動をされています。



カホンも叩いてくれたり足に鈴をつけてならしてくれたり、音作りに関してひらめいたことをカタチにしてすぐ表現してくれるのです!あんなに素晴らしいピアニストとともに、私はもう楽しくて楽しくて楽しくて

酔っ払い私と演奏してくれる事に感謝しかありません。


一曲目弾いている時に、胸の真ん中に大きなオレンジ色のフワーとした丸い光が広がった感じがして、「うわぁ〜しあわせ〜〜ラブ!!!!」となる体験もしました。演奏中のあの幸せなジュワ〜っな感じ、お初でした。私が絵描きならあのオレンジの丸い光を描いてみたい!!


またこれこらも、2人で演奏に参りたいと思っております!!


お声がけいただいた関係者の方々、お客様、安心感を与えてくれた母友達、家族、ありがとうございました照れ



久しぶりのブログ更新です。

 

ご無沙汰しておりますキメてる

 

前回が2019年。。。。

 

その間に、コロナウィルスが流行り、本当に大変な時代ですね。

 

この数年での私の老化はハイスピードで加速。

 

全部コロナのせいにしときましょう口笛

 

 

アイリッシュフィドル教室も自宅でしているということもあり、

 

しばらくお休みしておりました。

 

2022年からボチボチ再開しています。

 

そして2022年クリスマスイブの日に、自宅で4回目のクリスマス発表会を開催できましたひらめき


やっとこさ投稿できました(遅)



生徒さんは現在3人ですし、小さな小さな発表会ですが、本当に素晴らしい時間になりました。

 

いつもは伴奏なしでの発表会ですが、今回は私が活動していたアイリッシュデュオ「ゆづけやき」のギターの

 

ゆづさんにギター伴奏していただきました!

 

生徒さんたちは初めて「誰かとフィドルを演奏する」を経験してもらいました。

 

みなさん、ゆづさんのギターのおかげでテンションもあがり、「音」「楽」をしていました!!







 

みんな、ゆづさんとは当日初顔合わせでしたが、イメトレもたくさんしてきてくださったおかげで

 

順調にリハーサルも進みました。



 

 

そして恒例の、バグパイパーのお父さんを持つ生徒君と、お父さんAdamson Calum さんにもたくさん演奏していただけました!!

ハイランドパイプが二本、鳴り響きました!!!口笛



 

私もゆづさんと久しぶりに数曲演奏させていただきました。(←めっちゃ緊張した)

 

ゆづさんオリジナルの白いクジラをイメージして作られた私的伝説の曲「モビーディック」も数年ぶりに演奏しました。



 

そして、色んな編成での演奏も。



calum's roadというcalumさんの名前が入ってる曲も演奏しよう!ということで演奏しました。


 

最後は例年通り、持ち寄りでみなさんの美味しいお料理を食べてギネス飲んでしたかったけれど、そこは控えて、身体が喜ぶ美味しいお料理を提供して下さるcafe H&BCafe H&B (カフェ エイチアンドビー) - 菖蒲池/カフェ | 食べログ (tabelog.com)

のお弁当を持って帰っていただきご家族で食べていただきました。

美味しかったです。

写真撮り忘れてしまいましたが、この日のために特別子供ようにオムライス弁当も無理言って作っていただきました。ケチャップも手作りなのです!柔軟に対応してくださるお店の方々、本当にありがとうございましたラブ

 



 

このクリスマス発表会で私が大事にしたいのは、ご家族にフィドルを弾いているところをみてもらいたい、共有したい、ということです。

 ママ、奥さん、子供さん、が頑張ってる姿、いつもと違う一面、そんなところをご家族にも知ってもらいたい、という気持ちです。

なので、ホームコンサートのような雰囲気を感じになります。


私の両親も前のめりでみにきました。(笑)泣き笑い

TVを隠す布も母が持ってきました。笑(レースカーテン苦手だけど仕方ない)

 

 風邪などいろいろ気になる季節ですが、無事全員参加で開催できて一安心でした。

 

ご協力くださったご家族のみなさん、そして忙しい合間を縫って練習に励んだ生徒の皆さん、カラオケにこもって生徒さんの練習用音源を録音してくださったゆづさん、家族、ありがとうございます、感謝でいっぱいです。



来年もまた、集まれますように!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あけましておめでとうございます。ました。滝汗

やばい、いまが何年か自信ない。

2019年で平成31年?
合ってるのか? たぶんあっている。
サーティワンアイスクリーム!と覚えた気がするウインク

こんな感じです。
冬休みになると、さらに今日が何日で何曜日かもわからなくなる。

去年の12月は数回クリスマス会をした気がします。

ひっそりやっているフィドル教室も昨年で3回目のクリスマス会ができました笑い泣き

発表会ではなく、ほんとにご飯食べてしゃべるのがメインですが。

産休中の方も生後4ヶ月くらいの可愛いベビーを連れて遊びにきてくれました。
香川に引っ越した方も、泊まりで奈良に来て弾いてくれました。
最年少の少年ももう中学一年生の声変わりしつむある男子になり、ギターも弾いてくれて、お願いしたらオアシスの曲を弾き語ってくれました。お父さんとイリアンパイプスで最高なデュオもしてくれました。
そして1番古い同い年の生徒さんも、仕事で忙しい合間を縫ってがんばってくれました。

申し訳ないくらいゆるゆるの会ですが、普段顔を合わすことのない生徒さん同士年に一度顔を合わせて話す日、それが一番私の楽しみでもありますニヒヒ

今年こそは私自身も少しバージョンアップしたいところです真顔


皆さんからアップの許可もらったので載せます。


ガーベラガーベラガーベラガーベラ








ランチは、持ち寄りで、美味しく楽しく最高でした。
もう、皆さん、美味しいものもってきてくださる
最年少くんは、いつもパパの手作り料理だったのですが今年は、自分でスコットランドのおばあちゃんに教えてもらったショートブレッドを作ってきてくれましたゲッソリゲッソリゲッソリゲッソリポーンポーンポーンポーン



では、また隙を見てブログかきます。