今日は、所属の草野球チームの忘年会です。
高校卒業当時から30年近くやってます。
最近は飲み中心でお願いしたいと思っていますが・・・。
ZEUSは、1980年に当時の新板橋リーグ(代表:フロッグス久)の誘いで、『フェニックス』というチーム名で発足しました。学習院高等科軟式野球部OBが中心となったチームで、2年後の1982年に現在のチーム名である『ZEUS(ゼウス)』となりました。その2年後の1984年にそれまでのチームのメンバーが全員退団し、当時助っ人として参加していた、当時高校卒業したばかりの僕たちの世代が中心となりチームを受け継ぎ現在に至っています。
当時の新板橋リーグは、フロッグス、ゼウスのほかに、ボンバーズ、ベアーズ、スウェインズ、スワローズの計6チームが年2回の総当り戦で、久保代表の尽力の下、年12試合を消化し、年末には忘年会と成績発表会が行われていました。グラウンドは、戸田橋付近の区営グラウンドが中心でした。毎年の開幕戦には区議会の先生も臨席しなかなか盛大なものでした。
主要メンバーがすべて大学生だった当時のZEUSは、リーグの中でも最年少で、毎年優勝を争い、2年連続で優勝、同級生がMVPに選ばれた年もありました。
その後、エディオ、ジョウズ、フラワーワンなどのチームが加わり、ベアーズ、スウェインズ、スワローズがメンバーが集まらないことを理由に脱退していきました。ZEUSもメンバー不足には常に苦しみ、苦心してメンバーを集めるという時期が続きました。知人や軟式野球部の後輩の加入によりなんとか試合ができる状態でした。
2000年には、試合のモチベーションを高めるために、千代田区の大会に参加することを決めました。4部から始まり最高2部での経験まであります。
その後、2002年に新板橋リーグのフロッグスの会長さんが高齢を理由に代表をお辞めになり、リーグの存続の危機が訪れました。フラワーワンがリーグの代表となりますが、試合が組めずに、チーム数も減りリーグの存続の危機に陥りました。グラウンドの手配も各チームが行わなくてはならなくなり、ゼウスの拠点は、芝公園グラウンド、浜町公園グラウンドに移りました。
2004年にダメンズが主催するダメリーグとの統合で一気にチーム数を増やすことに成功しました。しかし、その年は、ZEUSのチーム力は極限までに衰え、ついに年間1勝もできないという屈辱の1年を送ることになります。
ZEUSもメンバーの勧誘に力を入れ、当時の軟式メンバーで参加をしていなかったメンバーの加入、会社の後輩たち若者達の定着で戦力を確保し、2007年には、リーグ優勝、区大会でもベスト8進出を果たしました。
ダメリーグは、その後2年で残念ながら脱退チームが続出し立ち行かなくなり、2009年は、新板橋リーグ以来のZEUSとボンバーズに、大塚ホエルズとレッドフォックス(ダメンズの一部)が加わり、トンビリーグを結成し現在に至っています。

