自分の忘備録をかねて今年は忘れんうちに…と思いつつも
詳細記録ではなく趣をかえて記載してみよっと♪
この充実の公演、本公演みたいに新聞各紙劇評書いてくれへんかなぁ…
公演前の会見記事は各紙のるけども、いざはじまったらその公演の様子については触れてくれないのよね~そりゃ公演前に記事になって宣伝になるのは大事でありがたいことだけれど、日数短いし記事になっても公演終了後では見て興味をもってくれても時遅しになるのはわかるけども…公演の様子の写真と一緒に劇評でたら嬉しいのに…とも思う
そこで某有名歌舞伎批評家風に自らかいてみる…![]()
※敬称略ですみません~
※意見には個人差があります
※単なる素人の感想で劇評家ではありません
※贔屓目あり大甘部分ありです
※記憶違いもあるかもです
※某劇評家さんのと違いくどくどと場面と筋も全部書いちゃいますので
いうほど某劇評家さん風になってないです
2017年8月近鉄アート館
意欲的な四谷怪談
2015年に松竹の上方歌舞伎塾卒業生一期生の松嶋屋門下、片岡松十郎、千壽、千次郎が立ち上げたあべの歌舞伎晴の会の第三回目の公演だ。過去二回は落語からとった新作と舞踊の上演だったが今回初めて古典の南北作「東海道四谷怪談」に挑戦するという。
奥にあるいわゆる普通の本舞台の前に張出し舞台のような形で三方向を客席に囲まれたステージがありこのステージには道具は可動式の衝立などしか飾れない、この限られた空間であの四谷怪談をどのように上演するのかと興味があった。
演出に山村友五郎、監修に仁左衛門、秀太郎の名前がならぶ
脚本改訂の亀屋東斎というのが出演者の一人千次郎の今回のペンネームだという。
幕開きは屏風を背に講談師風の亀屋東斎の千次郎が正面で座布団の上に座って挨拶をし、これにいたるまでの筋を解説する。伊右衛門の塩冶の御用金横領の件、四谷左門が娘お岩を連れ戻したことなどかいつまんで解説があり分かりやすい。
舞台としてはいつもの最初の浅草観音前がカットで地獄宿からになる。りき彌のお梅の振袖姿で伊右衛門にみとれてのの「あなたじゃ。あなたじゃ、あなたじゃわいな」の件りがないのが残念だが人数と時間の関係上やむをえまい。
宅悦の佑次郎が衝立を使い行燈や看板を自ら飾り布団を敷いて簡易的な地獄宿のセットが完成する。通常は宅悦女房おいろの役どころも出演者人数の都合上宅悦が行う。
客席下手側通路より与茂七の千壽が登場する。紺の縞の着物の町人姿で本舞台にかかり宅悦と会話をする。無論江戸言葉である。どうも封印切の忠兵衛が無理して江戸言葉を話しているかのような面映ゆさがあるがそれだけこの人が上方の空気を身にまとった役者に成長したということでもある。
元は屋敷者のいい娘が入ったと宅悦がいうのに「屋敷者、そいつはいいね」と地獄宿への投宿を決めて中へ入る。と宅悦は行燈の上に布をかぶせて灯りを暗くして奥からお袖のりき彌を連れてくる。
夫婦でありながら客と女郎で出会ういつもの場面で「別にへるというものでもなし、いいじゃぁねぇか」「お許しを」ともみ合ううちに行燈の灯りで互いの顔をみて驚き面目ながるお袖と責める与茂七、言い訳しながらもお袖もふとこうした宿に夫が遊びにきていることに心付いて責める
がやがて仲直りして一つ寝することに決まり与茂七がお袖を抱き寄せるとお袖の懐の金財布に気づいて貧苦に苦しむというのにこの金は?と不審がる与茂七にちょっと返答につまりつつも「寝て話そうわいな」というお袖にほのかな色気があった。
二人が寝入るとそこへ奥から今度は直助の姿の千次郎の登場である。「お袖はどこだ」と半裸でまっていた体で着物を着ながら怒り登場し、その騒ぎに与茂七が起きだして顔を見合わせての見得となる。
七月の本公演でも南北物にでていただけに千次郎の直助は上方役者であることを忘れさせる上出来である。直助は自分の方へもお袖をまわせばこの場は大目にみてやるといい与茂七はそれはならぬといいはるこう話がすすんでいくと千壽の与茂七にも不自然さはなくなる。
宅悦に提灯を借り、一人残った直助に「ふられ男がいるからさ」と嫌みを言って夫婦は手に手をとってでていき後を追う直助。
再び宅悦が布団やら行燈やらを片付けて(行燈しまうときに息をふきかけて灯をちゃんと消していくのがよかった)地獄宿の場は終わり
裏田圃の殺しの場面となる。
奥田庄三郎(翫政)が現れ与茂七と討ち入りについて大星からの回文状を渡すがこれから鎌倉に出立をとはやる与茂七に間者をふせぐため衣裳をとりかえることを庄三郎に提案され衣類をとりかえて後に直助の目当てとされる提灯についても庄三郎に問われて「非人に提灯いらぬもの」と答え庄三郎に提灯をもたせて二人は別れてそれぞれ道を急ぐ。
同じところに今度は四谷左門(當十郎)が現れそれを追って伊右衛門の松十郎が現れる。左門にお岩との復縁を願いでるがご用金横領の罪を言われはっとする伊右衛門。このあたりの表情が師である仁左衛門をよく学んでいる。頑なな左門に対してもうこれまでと殺害を決意して背後から伊右衛門がきりつけるが何分狭い舞台のため殺意を表す伊右衛門の言葉をすぐ近くでききながら無反応な左門に少々不自然さを感じてしまうのが惜しい、といって伊右衛門をふりすてて歩き去ってしまうと舞台が狭いため舞台をおりてはるか客席の方へ去ってしまうことになりここらが難しい。
二人が立ち回りしつ一旦奥へ姿を消す二人といれかわりにさきほどの庄三郎が中央から与茂七の衣裳で現れると下手から様子をうかがう直助がつぶてを投げその音に気をとられているところを背後から包丁できりつけられたあげくとどめを刺され、後日のみとがめなきようにと顔の皮をそがれる。
とさきほどの二人も上手からもどってきて伊右衛門が左門をしとめる。
そこへ今度は客席下手通路からお岩で千壽の登場となる。ふきながしに手拭いをかぶって父親の帰りの遅いのを案じつつ本舞台へくる。美しい女方姿である。と上手奥からはお袖が登場し二人の会話となる「あじぃな勤めをするそうな」と妹を窘める姉に対してこの身は汚していないという妹。とそこらに流れ落ちる血潮にきづきやがて二人は死体にきがつきととさんが殺されていると嘆くお岩に驚きつつも夫の与茂七もここに殺されていると思い込み嘆くお袖のところにいつものようにしらじらしく伊右衛門と直助の二人がかけつける(かけつける前から奥で二人が密談している様子がなかなか面白い)。
伊右衛門が自害しようとするお岩をとどめて女房の親はみどもの親だとわざとらしくいうあたりのふてぶてしい表情口調が仁左衛門譲りである。首尾よくことがはこんでつい直助が口走る「どうやらこうやら」にもどこか仁左衛門風味である。
嘆く女二人の傍らでこっそり指で手打ちをする男二人の図で暗転となり一幕の終了となる。
二幕も最初は亀屋東斎の語りとなる。今度は上手側に座っている。浅草裏田圃以来のできごととお岩の産後の肥立ちがよくないこと民谷の隣家の伊藤家のお梅の横恋慕のことお梅の祖父の喜兵衛が塩冶家とは敵同士の高家の家老職であること小仏小平のこと小平の主小汐田又之丞や民谷の家の妙薬ソウキセイのことなどが語られて幕があくと伊右衛門浪宅の場となる。
幕が開くといつものように伊右衛門が傘張りの内職をしていてそこへ縛られた小平と口いれした奉公人が盗みをしたので困り果てる宅悦がいる。この伊右衛門の内職姿もなかなかのものでけだるそうに紙を貼るところ師匠をよく映している。
いつもはお岩と与茂七と小平とをかわるところだがさすがにそこまではやらず小平は翫政が務める。いかにも小者らしさがでていてなかなかよい。まだ二十代だが松尾塾出身で歌舞伎の演技が身についている。小平が鬢の毛をむしられて奥におしこめられるあたりでお梅の母親お弓がやってくる。お弓は當史弥。下女のおまきは登場せず大家の後家が自らやってくるのも人数上やむをえない。赤子の着物とともにここで血の道の妙薬と偽って毒薬が伊右衛門の手に渡される。
一度宅にきてほしいと言い残してお弓はかえっていく。と赤子が泣き
宅悦に伊右衛門が(襖を)あけてやれといい上手奥の襖があくといつものようにお岩が赤子を抱いて病身の体で座っている。丸顔のためここらのやつれようが上手くでるかと案じていたがなかなかいいやつれ様である。着物を胸のあたりはだけ気味に着てあばらを描いたりのあざとさがないのもいい。
前へでてきて伊藤家への感謝を口にして旦那様一度お礼にいてくだされと重ねてお岩がいうと伊右衛門は最初は高家の家老宅へ塩冶の家の者が…と躊躇し、次は自分の身なりを機にする、とお岩が宅悦に羽織をもってこさせて女房は堅気にかぎるの台詞になる。
出かける前に伊右衛門から件の薬がお岩に渡され、お岩はありがたがり白湯がわいたら頂きますといい、伊右衛門を送り出す。
宅悦が奥に入りいよいよお岩の一人舞台となる。
東京だと「日頃」邪険なだったと思うが「常から邪険な伊右衛門殿」とお岩の述懐となる。台詞がよい人なので内容を見物に分らせつつも感情もしっかり伝わり上出来である。母の形見の櫛を手に取り自分が死んだらせめて妹にと身についたものはほかにはなしと貧苦の様子を嘆くさまに哀れがある。赤子が泣くとあやしてやるが眩暈がおきてさきほどの血の道の薬と思い至り、隣家の伊藤家へ手をついて丁寧に心からお礼を言うのが全てをしる見物の目からは不憫である。がこの時点では白紙の状態でみている見物には薬の正体はわかってはいない。しかし後のことを思うとこの時点で観る側には分かっている方がより面白いところがある。総じて歌舞伎劇においてはある程度予習して把握しておく方が楽しめる部分があるように思う。
薬を頂きますといっていよいよ飲むあたりで暗転となる。
と今度は下手に亀屋東斎。薬が実は毒薬で…といつもならば喜兵衛宅で明かされる話が喜兵衛宅がカットのため解説される。伊右衛門の変心についてもここで語られる。
伊右衛門が帰ってくる。奥で蚊帳の中にいるお岩に声をかけるとさきほどの薬を飲むと発熱し、わけて面体にわかに痛みと答え蚊帳から姿を現す。右目の腫れただれたいつもの姿ながらかわらぬ部分が非常に美しいのが新鮮でなぜかこの人のお岩には物語が進むにつれてより美しさをはらんでくる不思議な感覚を覚える。こういうお岩を私は初めて見た。お岩は自分の遠からぬ死を予感し、「この子が不憫で迷うであろう」というこのあたりの台詞に秀太郎の持ち味が感じられ、この人もまたよく師の芸を学んでいるのがわかる。伊右衛門の変心にとまどううちにも質草を要求され形見の櫛は守ったが上着をはがされ、赤子の着物もとられ蚊帳はしがみついたがもぎとられる。
赤子がなくので邪険な人の種でもそなたが可愛いと言って泣くお岩で暗転となる。なかなかの名演である。
質草をもってでてきた伊右衛門が頼まれた油を買ってもどってきた宅悦にお岩との不義をけしかけ、宅悦は刀で脅されやむなくそれを承知して中へ入る。お岩の姿に驚く宅悦だが初めて面体かわったお岩の姿を見たわりには驚きと恐怖が少ない。ここらはもう少し怯えた方がよい。いいつけられたようにしかけるため按摩らしく肩を揉むところから始めて手相をみるといい手相の説明をする間何気なく顔を近づけるお岩の面体に怯えるがここはよい。
そうして手を段々上の方へもっていき懐へつっこむのでお岩が「何をしやる」となりお岩が宅悦をつきとばす。女であれこそ武士の妻とそこにありあう小平の刀を手にして宅悦を脅す、なにか仔細があるのであろうと問い詰めるが言わぬ宅悦に刀身をぬいて切りかかるのを危ないと留める宅悦、揉み合うすえに柱に刀はつきささる。
刀をとられても息も絶え絶えに訳を言えといい続けるお岩に、伊右衛門に脅されている身としてほとほと困り果てた宅悦がもらす「困ったなぁ」には実感がこもっていた。意を決してことの次第をうちあける宅悦、あなたのお顔が今までとはすっかりかわってと言われ横でだまってききいりながらも「え?」と声はださずわずかに反応するお岩。ここらが上手いものである。鏡をみせようとする宅悦に拒むお岩。ついに鏡をみせられて怯えおののくお岩。ここのおきまりの形もよくできていた。
宅悦がなにか怖いものを手にもって脅しているのだと思いその手をみせろというが何ももっていない宅悦に対して執拗になにかもっているのであろうと言い張るお岩の台詞には「もっているといってくれ、さもなくばさっきみた恐ろしいものが本当に自分の顔であるということになってしまうではないか」という女として顔が醜く変わってしまったということを認めたくはないという心の叫びが感じられた。無論誰がやるときでもその心で言うのであろうがそれを正しくみるものの心に訴えかけたのはお手柄である。
お岩は覚悟を決めて自ら鏡を見ることにする、が最初は手拭いを鏡にかけててにもちそっと手拭いを取り払い鏡をのぞきこみ「着類の色合いつむりの様子…」と鏡の中の醜悪な顔が自らであることを確認し「これが私の顔かいなぁ」になる。この件を見物一同息をのんで見守る。たいしたものでる。
そこで宅悦は伊右衛門がお梅と内祝言をあげることなどをお岩にうちあける、伊藤家の企みをしらず両手をついての一礼はいまさら思えば恥ずかしいと自らの無知を恥じ入り悔やみ嘆く様にも哀れがあり胸に響いた。伊藤親子にこの礼を言いに行くというお岩にその姿ではと留める宅悦、お岩は立身で上から鏡を見下ろし鉄漿などつけてと鉄漿の用意を宅悦にさせる。
ここで東京だと下座に「菊の露」を使うところが上方のため「黒髪」を使う。唄は杵屋勝之弥で三味線は杵屋栄津三郎という歌舞伎座でも通用する豪華版である勝之弥の独吟に情感が滲む。
途中で赤子がなくので宅悦にあやさせ鉄漿の支度をするお岩。母の形見の櫛を手に髪も梳きはじめるがここはいつものように大劇場で仕掛けがあって下より主演俳優の弟子が抜け毛を渡したり最後の額にかけてごっそり髪がぬけるのを手伝うという訳にいかず主演の千壽が一人で行わなければならないので少々手間取った。
出かけていこうとするお岩が衝立でとどめる宅悦に抗い「恨みはらさでおくべきか」で毛束をぐっと握って衝立の上に血潮をしたたらせるのはいつも通りだが劇場が小さいのであまり派手にしないようにしているのか血の量が少なく色も鮮血の色でなくややあせた色で照明も暗いので血潮が滴る様があまりよく見えなかった。もう少しはっきりみせてもよい。
なおも表に行こうとするお岩をとめるうちに最前の小平の刀のところで喉を切ってお岩は悶死し。差し金の鼠が赤子をひっぱっていく。
怯えて逃げ出す宅悦といれかわりにかえってくる伊右衛門、中の異変に気付き小平の刀を証拠に小平が殺したといいたてる、とさるぐつわを解かれた小平は一部始終をきいていたため伊右衛門を責めるが小平が殺したといいはる伊右衛門に対してその罪はかぶるが薬をくれといいい伊右衛門が質屋にいれたというとそれを買い戻そうと背をむけたところを伊右衛門にきられる。
人数の都合上仲間の浪人がいないので伊右衛門が一人で小平を見せしめのために戸板にうちつけるといって奥へ亡骸をおしやるのと同時に客席下手通路からお弓とお梅が登場する。もともと葬礼と婚礼をないまぜにする南北の手法だがこの狭い劇場だと特に死の場面から婚礼の場面への転換が早くそこが面白い。お梅を寝間にやりお弓が帰ったあとの伊右衛門の「どれ水揚げにかかろうか」の語尾がややあがるところと照明が一層くらくなる直前に唇の端に浮かぶ笑みが仁左衛門写しで実によくなかなかの色悪ぶりである。
綿帽子をかぶったお梅にこちの人と呼んでくれと話しかけるとそこにはお岩、おのれと切りかかって首をみるとお梅、喜兵衛の声がして舅殿
と一大事を話そうとするとそこには小平、おのれと刀で小平をきると首は喜兵衛となる。ここで二つの首が宙に浮き連理引きとなって「はて恐ろしい執念じゃなぁ」で幕となる。喜兵衛のくだりはやや乱暴だが総じてよくできていた。
三幕目が隠亡堀で奥の本舞台にセットが組まれている。
今度は亀屋東斎はでてこず直助が客席下手通路から登場するいつもの鰻かきのなりである。鰻かきの先に引っかかってきたお岩の櫛を手にして磨いている間に堀の上からは伊右衛門が登場する。人数の都合上母お熊は登場しないが母がおいていったという体で伊右衛門の塔婆はありそれを眺めて母に感謝する言葉を発してから釣糸を垂らして直助に煙草の火を所望する。
顔をあわせる直助と伊右衛門。魚が糸をひいているので釣り上げてその魚を直助が傍らの塔婆でうち塔婆を捨てるのを非人となったお弓が拾って這いでてくる。伊右衛門が死んだのかと尋ね最初はここにいるといいかかる直助が伊右衛門に手で制せられて死んだと答えると嘆くお弓。娘と父が伊右衛門の手にかかって死んだと語り恨みの一太刀をと思っていたのに死んだとあってはと嘆くところを後ろから伊右衛門が堀に突き落とし笠をとる。
ここのあとの「首がとんでも動いてみせるわ」はまだちょっとくいたりない感が否めなかったが黒の着流し姿もなかなか様になっていて楽しみな立役である。
直助が一旦立ち去り伊右衛門も帰ろうとするところへ例の戸板が流れ着く伊右衛門にだけきこえる声がする体で「誰だ誰だ俺を呼ぶのはいったい誰だ」になり土手の上から戸板をひきあげるとお岩で伊藤一家の血筋を絶やすこの守りとお梅の守りを差し出してみせるがここはお梅が守りをもっているところをみせていないのでいささか唐突な感が否めない。裏を返すと小平だがここは二役ではないので戸板返しの面白味はない。
が続く与茂七の登場は鮮やかである。本来は水門をあけて現れるのでよりひきたつが舞台機構上そこまでの贅沢は望めず下手の叢からの登場となる。こしらえはさまざまな布のつぎはぎで首に回文状をさげて髪からシケもでたなかなかの二枚目姿である。早替りの鮮やかさも堪能できた。衣裳の一部に銀杏の染も入っていたのが松嶋屋の一員らしくてよい。
だんまりは張出舞台の対角線を上手く用いて客席のどこからみてもそれぞれ面白かろうといういいつくりになっていた。舞踊家の友五郎の演出が上手い。
ここで回文状が直助の手に渡りかわりに与茂七はうなぎかきの先を手にする土手の上で伊右衛門が刀をもっての見得で幕。
亀屋東斎が下手にでて続く三角屋敷の背景の説明をする。お袖が直助の持ち帰ったお岩の櫛をみて姉の身になにか、と不安になったところへ姉の死を宅悦に伝えられ姉の敵も討ってもらいたさに直助ととうとう真の夫婦になるという件を今度は仕方話風にきかせる。三角屋敷の半分はこの語りで解説されるため実際の上演はかなりはしょった形にはなるがこの場面をだそうというだけでも意欲的であるしまたこの解説がよくできていて無理なく筋が通っているのに感心した。
上手奥から与茂七が登場する。回文状を奪い取った直助はよもや生けてはおかれぬと殺す覚悟だがお袖はなにやら耳打ちし行燈が消えるを合図にしてと合点し与茂七はひっこむ、一人お袖は夫が死んだと信じ込んで身を直助に任せてしまったことを悔い自分の顔もしらぬ誠の兄に一目あいたかったことなどを述懐して意を決して行燈に布をかけ屏風の中に身をしずめる。この姿に哀れさと覚悟があってよい。
と上手から与茂七、下手から直助が忍び寄り屏風の内の人物を一つきする。屏風をとりさり灯りに照らすとまさかのお袖に二人ははっとする。
お袖は二人の夫への言い訳をまずは与茂七にお前が裏田圃で人手にかかったと思ったばかりに敵討ちのため直助に身を任せたことを告げ詫びる、その話を不審に思い人手にかかったと思った訳を与茂七が尋ねると衣類と提灯を証拠にとお袖が答えるので与茂七はあのとき奥田の庄三郎と衣類をとりかえたため間違えて彼が殺されたのかと口にする。すると傍らではっとする直助、お袖は直助に約束通り父と姉の敵を討ってほしいということと顔見ぬ兄を探し出してこのことを伝えてほしいということを告げ臍の緒書きを渡す。行燈でそれを見てお前は本宮三太夫の娘か…と愕然とし、お袖に詫びていきなりお袖を差し殺し、与茂七が何故お袖をと驚く間もなく直助は返す包丁を自らの腹につきたてる。重ねて驚く与茂七に直助は手負いの述懐をきかせる。
与茂七と思って殺したのが元主人の奥田の息子庄三郎であったことを今はじめてしったこと、重ねてやっと思いをとげたお袖が自分の血を分けた妹であったこと(ここの言葉をうけて「なんと」と驚く与茂七の表情や息は実に仁左衛門写しであった)
あのとき浅草裏田圃にいた直助にもしや舅殺しの犯人を知ってはいないかと尋ねる与茂七に直助は舅ばかりか姉お岩を殺したのも伊右衛門だと答える(ここで恨みの形相でこぶしを握り締め正面をむく与茂七も実に仁左衛門であった)。
死ぬ間際に改心した直助は回文状を与茂七に返す。確かに落手としかとうけとる与茂七の千壽はすっかり凛々しい立役である。実に器用な役者だ、いや器用というよりは役の性根をつかんで表現するということにその若さに似合わぬほどたけているのであろうか。達者なものである。
敵討ちを与茂七に託してお袖の亡きがらのそばにより「兄じゃ、兄じゃ地獄めぐりは兄妹ともに」と語る直助に目頭が熱くなった。若いのにたいした役者である。もっと東京の本公演でも活躍ぶりをみたいと思わせられた。
与茂七に介錯を頼み暗転となり刀をうちおろすつけの音でこの場は終わり続いて蛇山庵室となる。病みほうけて眠る伊右衛門の傍らに大きな鼠が動いている(先代萩の床下のような着ぐるみのねずみである)。
と客席上手下手の通路から蛍状の灯りをもった黒衣がでてきてやがて舞台正面伊右衛門の奥から娘姿のお岩がでてくる。通常夢の場では美しい伊右衛門とお岩双方がでるがここは伊右衛門は病みほうけて眠るままでお岩のみが美しい姿で現れるのが面白いが夢をみている主体は登場しないというのも一理ある。あくまでも伊右衛門が見る夢の中なのである。お岩は一人で団扇を手に舞う。所作板でないので裾さばきが難しそうだがこれはいたしかたない。いつしか起きだした伊右衛門がぼうっとそれを眺めている。これはこれで面白い。
お岩が下手奥にきえるとまた大きな鼠がでてくるそして鼠がきえると伊右衛門が夢であったか、今日は岩が月命日といって火を焚いて回向する。と今度は面体のかわった姿のお岩がでてきて伊右衛門を翻弄するそこへ奥の舞台の上に上手から小汐田又之丞の千次郎と与茂七の千壽が鉢巻姿で登場する。
舞台には量は多くはないがいつしか雪が散り始める。又之丞の口から死しても忠義を尽くす小平の力で(薬で)本復して足腰がたったことが語られていつもカットの小平の件まで収集をつけたのには感心。
三人の立ち回りとなる。もともと御曹司ではない三人は三階時代普通に立ち回りなどにもでていたので息のあった立ち回りをみせる。忠臣蔵の世界であることを意識してかの泉水の立ち回りのようなハイテンポなものも三人でやってみせて客席はおおいに沸く。
ついに伊右衛門がしとめられ仁木弾正よろしくもがいてみせる。ここも仁左衛門写しである。ついに倒れ与茂七の「天命思い」又之丞と与茂七の「しったるか」でとどめをさされる。
そして三人で切口上となる。中央に松十郎上手に千壽下手に千次郎
。又之丞を千次郎が務めることによりここに晴の会オリジナルメンバーが揃っての切口上がかない実に気持ちのよい幕切れとなった。
カーテンコールで他の出演者も全員でてきて惜しみない客席からの拍手に応えてめでたく打ち出しとなる。
初日はカーテンコールの基本上手からみて次が下手で最後が正面ということすら不慣れで一部は上手からみているのに一部は下手からになるという有様であれだけしっかり芝居ができているものがなんとまぁ…と感じさせる愛嬌もあったが千穐楽にはすっかり板についていてよかった。
休憩いれて三時間十分であの大作をたった八人の出演者で演じきったのにまず驚いた。実に脚本がうまくできているのと指導陣の充実となにより芝居が好きで惜しまぬ努力で演じきった出演者の健闘を称えたい。俳優ならば稽古場で初めて顔を合わせた者同士であってもいざ芝居となれば心を通わせ合った芝居をしなければならないものだが、実際のところ持ち味や相性の関係上芝居がうまくかみ合わずちぐはぐな印象になってしまうこともなくはない。この晴の会は上方歌舞伎塾に入塾して約二十年間共に切磋琢磨しあってきた同期生を中心に上演されておりいわば松嶋屋学校で学びあった者同士の芝居であるため自然と役と役との間に情も通い合っていた。観終わったあとに清々しさを感じる舞台となった。
このコンパクトな四谷怪談ならどこででも再演が可能であろう。またみてみたいと思わせられたし次回公演が一層楽しみになる公演であった。
おわると某批評家風味が全くできてへんやんか…でしたが
ざっくりまとめでしたわ…
#晴の会
#東海道四谷怪談

