こんにちは。
ライフコーチの高野優子です。
今朝旦那さんを会社に送っていく車の前を
大きなバスが走っていました。
バスのお尻には大きな全面広告が。
ばぁぁんときれいなお姉さんの顔が大写し。
きれいなお姉さん、大好きです。
なので、ついつい、きれいなお姉さんの笑顔に
目が行ってしまう。これ、危険。
↑こんな感じ。今朝の広告はお姉さんのお顔が
どぉぉぉんと前面に張り出されていました。
女性のわたしでさえ
注意散漫になるのですから、
バスのお尻にきれいなお姉さん広告は
控えておいてもらえるとありがたいです。
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さて、月曜日がやってきました。
月曜日は忙しい日です。
朝いちばん、7時半から娘の習い事があるので
7時過ぎには家を出ていきます。
よくやるなあと思います。
さいきんの彼女、習い事の先生に
「別人のように変わったね」と言われます。
これまでバレエやらバイオリンやら
なんとなくダラダラと続けていて、
親としては「いつまでやるのだろう。」
「もうやめてもいいのでは?」と
思うこと多々。
「すぐやめさせよう」の旦那氏と
「やりたいと本人が言ってるよ。
まあ、まだ様子を見ようよ。
この子はエンジンが
かかるのに時間がかかるから」
というわたしの間で意見が分かれて大喧嘩。
なんてこともしばしばありました。
そして数か月前からの変容ぶり。
そのきっかけは…
ネットボールというスポーツを
始めたことがきっかけです。
(だと私は思っています)
バレエにバイオリン、
学校で選抜されたクラリネット、
そして、日本語補習校の勉強もあるところに、
さらにネットボールを週2回すると
言い出したとき、
ひっくり返りそうになりました。
「あなた、どうやってこなすの?
時間はどーするの!?」と。
冒頭の、バスの宣伝が目に入ると
運転が危うくなるわたし。
一度に一つのことしか
できない性質なので
単純にタスクをスケジュール表に
書き並べただけで、
時間もエネルギーももたないじゃない!
と思うのです。
とはいえ、ネットボールをしたいのは
ムスメ本人が言い出したこと。
本人に任せました。
すると意外や意外。
ネットボールが楽しくて、
積極的になり始めたのです。
それまでは走るのも嫌がり、
スポーツには興味なし。
団体行動にも興味がなかった子でした。
基本的な姿勢は「受け身」。
ところが、スポーツでは主体的に
動く必要があるためか、
声を出す必要があるためか、
自分の意見を口に出して言うことが
増えました。
そして、ここはオーストラリア。
「●●ちゃん、すごいじゃないの!」
「Good Job!」
「 She has been improving a lot!!!」などなど
いいプレーをするたびに
他のママ達がシャワーのように
誉め言葉をくれます。
本気の誉め言葉は最強です。
他人に褒められたことで自信も出てきました。
「もっともっと上手くなりたい」
彼女の全身からその思いがほとばしっています。
「上手くなりたい」って心底願ったのは
これが初めてなんじゃないのかなと
見ていて思います。
「チームに貢献したい!」とまで言い始めて、
団体行動とは無縁だと思われた娘からの
言葉にわたしが感動させられたり。
変わりようにびっくりです。
ネットボールだけではありません。
バイオリンの練習や補習校の勉強も
自主的に熱心に取り組むようになりました。
(毎日ってわけじゃありません。
一週間とか2週間とか、
1か月単位の総体でみたときの話です)
そしてさっきの言葉。
バレエの先生からは
「今までとは別人のように
真剣に取り組んでます。
なにかあったんですか?うれしい」
とまで言われるように。
エネルギーって一度作られだして、
循環し出すと
一つのことだけじゃなくて
ほかのことにも回っていくんだなあ。
と見ていて思うようになりました。
エネルギーマネジメント
という言葉がありますが、
まさにこれ。
一つのことに集中せずに
他のことまでできるはずないじゃない。
わたしは思っていました。
ところがどっこい。
AとBがうまくいっていなくても
Cの登場で、AもBもCも全部が
うまく回り出す。
そんなこともあるらしい、です。
足し算と引き算だけではない
オリジナルの数式。
とりあえずやってみないと分かりません。
だから、親として出来ることは
「これができてないのに、
こっちも出来るはずないじゃない」と
自分の経験力だけで否定せずに
本人の「やりたい」を
「どーぞ。どーぞ。」と
見守ることなのだと思います。
この見守るってのが本当に難しい。
「こうしたらよいよ」
「これだとうまくいかないよ」
色々口を出したくなってしまいます。
でもこれは、こども本人が
自分で決めて自分で挑戦する大切な機会。
失敗したらしたで、「そのあとどうするか」を
考える大切な機会でもあるのです。
それをちょっと離れた場所から応援して
見守るしかないのですよねえ。
それが親の仕事なんだなあと
あらためて思う今日この頃です。
このエネルギーの話はこどもだけではなくて
大人にとっても同じだなーとつくづく
思います。
なにかがうまく回っているときって
無限大にエネルギーが湧いてきて
なんでもできるような気がします。
逆に、なんにもやる気がわかないときもある。
そんなときは、波が来るまで静かに過ごしたり。
(次の波への準備期間)
わたし自身は最近、
エネルギーLOW状態なので、
娘がエネルギーを分けてくれないかなあ、
なんて思ったり。
こんなLOWな冬眠期間は
次やってくる(はずの)波に
向けての準備期間。
エネルギーの循環を目の前で見て、
答え合わせにこんな本を読みたいなあ↓などと思っています。
ムスメ10歳。
10年しか生きていないのに、
こどもって素のままの姿で
色々教えてくれるなあと思います。
こんにちは。
ライフコーチの高野優子です。
今日はお友達と3人で
ひたすら餃子を作っていました。
餃子って包むのに
時間がかかるのに
食べたら瞬殺。
あんなに集中して細かく刻んだヒダが
一瞬のうちに消えていくのですから、
哀しみというか、
報われなさというか、
どんな例えを使って
この思いを表したら良いものか。
↑探し中
焼きあがった餃子が
一瞬でなくなる瞬間を
思い浮かべながら
ふうっとため息ついて作るんだったら
いっそのこと、何人かで
おしゃべりしながら
餃子を大容量つくろうよ🎵
というのが今回のアイディアでした。
それぞれ違う形の
ヒダを見せ合いながら
おしゃべり満開。
「どーしたらもっと具が入る包み方ができるかな」
「どーしたらそんなにキレイに包めるの?」
なんて話しながら
餃子を包むことに
集中していたら
あっという間に
お昼時間に。
さて、ランチにも餃子を焼いてみよう。
と、焼こうとしてから
焼き方が人により違うことが判明。
【焼き方1】
フライパンに油を引き、餃子を入れて
しばらく焼いてから、水を入れて蒸らす
【焼き方2】
フライパンに餃子を先に並び入れ、
湯を入れる。蓋をして蒸す。
水が少なくなったら、
蓋を開けて水分を飛ばす。
さて、あなたはどちら派?
折角なので両方試してみましたよ♪
結果。
【焼き方1】は周りの皮が堅く焼き上がる。
【焼き方2】は皮がふんわり、柔らかく出来上がる。
気のせいか、中のタネもジューシー。
ちょっとした違いなのに、
食感が全然違います。
だから料理って面白い。
そしてこの違い、一緒に料理をしているから
気付けたんです。
だれかと一緒に料理をするたびに
こんな風に目から鱗の発見がたくさんあります。
これ、真似したいな🎵の知恵シェアも色々。
これだから「一緒に料理」もやめられない。
目の前で体感しながら「違い」を知るので
抵抗感なく「違い」が
スルっと入ってくるんですよね。
「それってこーでしょ」
って思いこんできたものが
「違い」と出会って、素直に受け入れられちゃう。
「違い」を知る喜びにお互いの目が輝いちゃう。
今回もその瞬間に
「いやー、たのしいねー!」って
心から声を出してました。
料理って、個々が持っている
特性や癖、価値観、育った環境からの違いが
色濃く出てきます。
一緒に料理すると
「こだわり」
「くせ」
「得意なこと」
「苦手なこと」
がよーく分かります。
逆に言うと、自分も「こだわり」とか
「くせ」とか出しまくりです。(笑)
それをシェアするって、
ときに言葉上の対話より
パワフルなんじゃないかな。
好きな人のことはもっと好きになる。
あれ?こんな面もあるんだって
意外な面を知ることが出来たり。
ついでにほかの人のいいところや
秘密の知恵袋を
「もーらい❣ ありがとう❣」って
分けてもらって真似してみること。
いいですよ~💓
「バイバーイ、またね!」の時に見える空は
朝見上げた空より
ずっと眩しくきれいな青空に
見えるんじゃないかなー
幸福度、満足度、達成感が
ドラマティックにUPしちゃって、
一緒に料理はヤミツキTIME!
ってルンルンしたのでした。
「目から鱗」にワクワクしたこと、
近頃ありますか?
こんにちは。
ライフコーチの高野優子です。
前回のブログで「愛とはなにか」
という問いへの答えを
あーでもない、こーでもない、と
考えました。
その後も「愛とはなにか」に
アンテナが立っているので
ちょっとした瞬間に
この問いが頭をもたげてきます。
交差点の信号待ちとか。
こどもを学校に送った後のほっとした瞬間とか。
隙間の瞬間に「愛とは?」の問いが
さあっとよぎっては去っていきます。
そんな折、20年前の出来事を思い出しました。
今回はただの「ちょっとした」思い出話です。
暇つぶしにお読みください。
さて、20年ほど前のある日。
わたしはこの国へ行く飛行機に乗っていました。
どこの国旗か分かりますか?
答えは イラン です。
当時つきあっていた彼、
いまの旦那氏がイラン駐在をしていました。
会社を退職して、ドイツに
留学しようとしていたわたしは
イランに彼を訪ね、しばらく滞在してから
最終目的地のドイツへ行くことにしたのです。
イランは簡単に
ほいッと行ける国ではありません。
それまで開かれた国しか訪れたことがなかった
わたしには、イランを訪れるということは
言葉の面でも、文化の面でも
(女性は肌を隠さねばなりませんし、
スカーフをかぶらねばなりません)
だいぶ大きな冒険でした。
彼が住んでいるのだから大丈夫だと
思うものの、少し不安でもありました。
当時は成田ーテヘラン直行便があったので、
まずはイランエアーに
フライト予約の電話をしました。
それだけでドキドキ。
そうしたらフライト予約の電話で、
同時進行で在日本イラン大使館にて
イランの滞在ビザを取得するようにと
言われました。
イラン大使館へ行く!?
その頃のわたしにとって
イランはニュースの中にある国で、
なんの情報もありませんでした。
日本にいるうちから冒険開始!
みたいな感じでドキドキが高まりました。
同時に、航空券と滞在ビザは
しっかりと紐づいているのだ、と
緊張したことも覚えています。
他の国の管理下に入っていくのだ、
という緊張ですね。
ぼんやりとした記憶ですが、
滞在ビザ申請書類が
なかなかユニークなものでした。
「イラン人男性と結婚するために
イランに渡航するのではありません」
という条項があったのです。
署名をしながら、
これは新鮮だなあと
思ったものです。
当時はイラン人男性と恋に落ちて
イランに行く日本人女性が
多かったようです。
いまはどうなのかな。
そのユニークな質問や
フライトチケットの購入方法など、
小さな「へえー」が沢山あって
好奇心のワクワクや
緊張のドキドキで
なんとなくソワソワしている
そんな渡航準備でした。
前置きが長くなりました。
さて、フライト当日。
イラン航空の機体に乗り込む前から
ドキドキしていました。
搭乗ゲートはイラン人男性ばかり。
機体のなかは、まだ経験したことのない
文化圏への入り口です。
機体に乗り込むと、すぐに目に入ったのが
「お祈りの部屋」。
機内にお祈りの部屋がある!
「地球の歩き方」で見たのと同じ。
テンション上がります。
ドキドキしながら通路を歩き、
席を見つけて腰を下ろし、
落ち着いてから
周囲を見渡してみると。
男性の中にぽつぽつと混じる
女性客は一列に一人しか
座っていませんでした。
男性客と女性客は
席を別々に配置してあるのでしょう。
これはとんだラッキー❤
女性に生まれていいことあるじゃない🎵
広々と一列使って、のんびり気分で
フライトを楽しめるわ♬
ニヤリ😀
としたのはつかの間のことでした。
飛行機が無事飛び立ち、
安全圏に入った機内アナウンスが
流れるや否や、
男性たちが席を立ち、
バラバラと好きな席へ移動し始めたのです。
えっ!?!?!?!
この自由な感じ、なに!?????
驚いているうちに、一人の男性が
わたしの横に座り込んできました。
3列席で真ん中を開けて座れるのに
わざわざ横にです。
ここ、3列ですよ~!
真ん中開けられますよ~!!!
なのに、わざわざ横。真横。まよこっ。
ってところから
ながーいフライトが始まったのでした。
題して「愛について語るフライト」(笑)
男性:「Hello。ぼくの名前はM。君の名前は?」
と早速話しかけてきました。
きたっっ!
放っておいてほしい、、、と思いながら
礼儀よく名前を答えるわたし。
Noと言える日本人になりたい...
よくある質問攻めが始まりました。
「なんでイラン行くの?」
「仕事は?」
「ボーイフレンドいるの?」
「結婚はしてるの?」
そして、洋の東西を問わずして、
結婚して余裕がある中年男性が
よく言う言葉が飛び出しました。
「あー、ぼくがまだ結婚していなかったら
君と結婚したい。」
さよですか。。。
ここはバーですか?
スナックですか?
そのうち、段々こんな語りが始まりました。
M:「きみはニュースを毎日見るの?」
わたし:「一応みるよ。あなたは?」
M:「見ないよ。だって、ニュースは真実じゃないもの。だれも信じてないよ。」
M:「でもね、世の中で信じられるものが一つあるんだよ。なんだか知ってる?」
わたし:「I don't know」
なーんと、かれは、わたしの耳元に口を寄せ、ゆっくりと低い声でこう言ったのです。
エル L
オー O
ヴィ V
イー E
ラーヴ LOVE
えーっっっ?
このシチュエーションでこんなことを言う!?
(彼の声のトーンとか、話し方とか
昨日のことのように思い出せるのですが、
文章だと再現できないのがざんねん!)
かれは大真面目な顔。
吹き出すわたし。
どう反応したらよいものか!
さあて、ここで繋がりました。
「愛とはなにか?」と「LOVE」の記憶が。
そうなんです。
「愛とはなにか?」について
アンテナを立てているうちに
機内で「LOVE」について語られた
あの日の出来事を思い出したんです。
おじさん元気かな?
たぶん、いまのわたしくらいの歳だったんじゃないかな?
あれは過去のフライトで3本の指に入る
印象的なフライトだったな。
イラン、また行きたいな。
かれが言ってたことは、
かれの真実だったんだろうな。
世の中で唯一信じられるもの=愛
とまあ、「LOVE」ネタをきっかけに
様々な記憶の断片が、あの日の、空気感が
戻ってきて、思い出となったのでした。
20年も経って思い出すネタを
他人に蒔いていける人、
そうそういませんよね。
色濃い経験ほど、のちのち自分に戻ってきて
思い出として刻まれる。その瞬間が愛おしい。
いろいろお転婆してきたので、
戻ってくる思い出が沢山あって
アラフォー入ったいま、ラッキー❤と
感じています。
「LOVE」にまつわる思い出から
イラン滞在中に、すっかりイランに
魅了されたことも思い出しました。
長い歴史を持ち、
美しい建造物が残る文明を持ち、
魅力あふれる地。
イランは美しい場所でした。
テヘランは緑の並木道が美しく整備され、
水が豊かに流れる美しい街でした。
砂漠の中に住む人たちが緑と水に
どれだけの憧れを抱いているのかを
象徴したのような街です。
人は優しくて、おおらかで、
細やかな気遣いがあって。
さらに古都イスファハンの美しさといったら。
絵物語の中に入り込んだようでした。
↑イスファハンのシンボル。アーチ橋。
↑イマームモスク
あまりの美しさに口が開いたまま。
「イラン」というと「危ない場所でしょ。」
とか「こわい場所よね」って
言われるのですが、
そんなことはありませんでした。
若者はカフェに集い、
老人は公園のベンチでのんびり時を過ごす。
乾物屋のナッツはいくら試食しても大丈夫で、
ドライフルーツやナッツのおいしさといったら!
夜は水たばこを吸って、
近くの席の人とおしゃべりしたり。
訪れた時期がちょうどラマダンで(しまった!)
日が沈むのを川べりに座って待ってみたり。
日が沈んだ瞬間にみんな拍手👏する瞬間が
嬉しかったり。
そんなたわいもない平和な景色が広がっていました。
ただの思い出話。
だけどわたしにはちょっとした思い出話。
「愛とはなにか?」の答えが
「心を傾けること」だとしたら
わたしはいま、ちょっとの間
イランであった絨毯博物館のおじいさんや、
彼の会社の人や。
わたしがこれまで出会ってきた
大好きなイラン人の女友達。
彼らに、あの美しい土地に、心を傾けていたと思います。
「愛」着かな。
ただの旅行記ですが、もしどなたか最後まで読んでくださっていたら感謝です。
こんにちは。
ライフコーチの高野優子です。
先週から受け始めたグループコーチングのセッションで
「あなたにとって『愛』とはなんですか?」
と聞かれました。
あなたならどう答えますか?
そのときのわたしの返事はこれでした。
「...わかりません...なにかあたたかいもののような気がします」
これがはじまり。
すごいですね、「問い」という
アンテナ📡が立てられてから
そこから2日間ずっと考えていました。
そして今日。
思いついた答えはこれでした。
「心を向けること」
言い方をかえると「心を傾けること」とでもいうのでしょうか。
愛って言葉を聞くと、
すぐに思い出すのは家族です。
とくにこども。
でもね、こどもって「愛」という
言葉を越えているというか。
自分と切っても切れないものなので、
言葉にしちゃうともったいない
存在のように感じています。
旦那氏への愛???
うんうん、たしかにありました。
いやいや、いまもあります。
ただ、、、なんというかいまは
子育て同志みたいな感じになっております。
口からなんとかで
My Love💓とか言ってみようかなって
思いますけれどね、
口が滑ります。
その点、オージーはMy Loveを
気軽に使っています。
こどもに話しかけるときにも
My love!というし、
お店の人がお客さんに
「Hi my love, what can I do for you?」
なんて言ってくれたり。
聞くたびに、この人愛が溢れてるな~と
ちょっと押され気味になるわたし。
Loveにブロックがあるのかもしれません。
脱線。
さて。
愛とはなにか。
家族以外にも愛を感じる人はいます。
女友達とか、男友達とか、
なにげに大切にしたいご縁とか。
「好きっ」って気持ち溢れる愛です。
「愛」=「好き」なのかな???
近いんだけど、まだしっくり来ない。
しっくりはどこにあるかしらん。
そういえば、わたし、焼き菓子を
作るのが好きだな〜。
それも「愛」
「愛」=「わくわく」「ドキドキ」???
ん???「愛」の定義が
だいぶ広くなってきたぞ。
I love baking.
のノリに入ってきてる。
ん-…問われていることは
なんか違うよーな…
そんなことを、あーでもない、こーでもない、
と考えていた今日。
こんな文章を書いていました。
わたしが運営に参加している日本庭園のお庭再生プロジェクトの一文です。
「お庭はガーデナー〇〇さんの愛を受け、
みなさんの愛を受けて、どんどん育っています。」
あ❣❣❣
ここに愛がある❣❣❣
わたしが探していた愛の定義はこれだ❣❣❣
「愛」=「興味をもつこと」
「愛」=「心を傾けること」
ちょっと洗練された言葉で言うなら
「愛」=「心を向けること」
なんじゃないかな。
この方程式にあてはめると
色々説明がついてきました。
家族も
大切な友人も
遠くにいる知り合いのことも
お庭にあるお花も
ペットも
故郷も
「愛」を送りたい
とおもうときは
心を寄せている。
もっというと、
わたしが好きなマイナー路線の鉄道だったり
山のある風景だったり
(パースには山がないのです)
好きな映画のワンシーンだったり
「愛」を感じる時も
やっぱり心を寄せているのです。
「ありがとう」も心を寄せているわけで。
「思う」とか「そこにいる」ってことでもある。
あらあら、分からないながらに
最初に答えた
「なにかあたたかいもの」に
繋がってきましたね。
ここまで考えてみて思いました。
そこに一緒にいること
思ってるよって伝えること
それも愛なんだなあって。
好きだよ。
思ってるよ。
興味があるんだよ。
一緒にいるからね。
って生きているうちに
たっくさん、たっくさん
伝えておきたいな。
そんなことを考える
きっかけをくれたコーチングセッション。
自分の言葉を繰り出すために、
自分自身と話し合う時間は
まさに自分に心を向けている時間。
コーチングセッションは
愛の種まきだったり!するのですか!
という一周回って得た気付きでした。
え?そこ???
...だって気付いちゃったから。





