しばらく絵を描いていないと
ふと思った。

私は芸術家ではないが
生身の人間が創りだす
エネルギーの結晶のようなものに
触れるのが好きだ。

そして時々自分の中に沸き起こる
何かを自分の外に吐き出す手段として
絵を描いている。

たまに誰かが欲しいと言ってくれれば
絵を売ることもあるが
絵を描く動機は
常に内に留めることが出来なくなった
エネルギーの放出でしかない。

絵が描けない時は
文章を書いたり
料理を作ったり
ただただ歩いたり
なんでもよい

それらは私だ。

ただ絵を描く時だけは
どうも私が私でない。

別の人格が現れるのか
集中し過ぎるからか

私が私でない。

ここ最近私は
自分を保ちすぎてはいないか

絵を描かない日が長く続くと
私はもう一人の私の所在が
気になって仕方ない。

彼は今頃どこをほっつき歩いてるのだろう。

f.k
庭にレモングラスとバジルを植えた。
植物は強い。
タイから持って帰って来たレモングラスは
根を完全に切られていたにも拘らず
水に浸けて数日で根を出した。
故郷に比べれば寒いこの土地で
逞しく生きようと根を出した。

その生命力には驚かされる。
水が変わっただけで下痢になってしまう人間とは
なんとか弱い存在だろう。
そのくせ世界は我がものとばかりに
世界中の水を汚し
世界中の大地を荒らし
搾取を繰り返している。

庭に植えたレモングラスで美味しいタイ料理を
作れる日が来るように
今日から彼らの成長を見守ろう。

結局食べるために植えたのだと思い返し
生きることの不思議を考えさせられる。

理由はなんであれ、日本の土と太陽と水で
大きく育て欲しいという気持ちに
偽りは無い。

f.k

今日は雨だ。


車をしばらく洗ってなかったので、ずぼらな私には恵みの雨になった。


昔から基本的に雨は好きではないが、


室内にいてだらだらと降り続く雨を眺めて


もの想いに耽るのだけは悪くないと思う。




先日まで訪れていたタイでのことだ。今タイは、政治が混乱している。


赤と黄色の戦いは、もう数年続いているようだが、


最近はそれが激化し死者もかなり出ている。


赤や黄色でない別の人たちも現れ、


国民のほとんどは早期解決を望んでいるのにもかかわらず


解決の糸口が見つからない。


私も現地に居たので、軍とデモ隊の衝突現場を後日訪れた。


路上はきれいに片付いていたが、壁には弾丸の跡があったし、


昼飯を食った屋台のおばあさんはその日のことを声を震わせながら


「それは銃声が飛び交い怖かったよ。」と語った。




ここで赤と黄色について語る気はない。




私はただタイにいてこの国の人々の火傷しそうなほどの熱気を感じた。


この国は常に安定せず、もがき続けている。




事の善悪を棚に上げることが出来るならば、


私はこの国のそう言った熱気を帯びたエネルギーに


のぼせてみるのも悪くないと思った。


さらに誤解を恐れずに言えば、


この国は発展の途上にあるが故、
人間が本来持っている生々しさを


惜しげもなくさらしているために美しい。


そしてその美しさとは、
決して万人が認めるたぐいのものではなく


食べ物で言うなら、ドリアンのようなものかもしれない。




日本のGWをやり過ごし日常に戻ってみると、


日本人はなんとこじんまりとしていて行儀の良い民族なのだろうと思う。


かつて刀を振り回していた侍の末裔とは思えぬくらいに覇気を感じない。


社会が成熟したのか、ただ古びて硬化してしまったのか


その見解は人それぞれだろうが


エネルギーとしてみるならばその熱さは


タイのほうが数段上を行っている気がしてならない。




とはいえ私も日本人であり、自身のこととして捉え


もう少し熱く生きていきたいと思う今日この頃である。




F.K