まだまだ人生これからって
言われる年代のような自分が
こんなこと言うのはおかしいかもしれないけど、
1日1日大切に生きなければって思う。
こんなことを思うのも最近
僕の生きる道を観てるからかな、、笑
自分が小2の時に放送されて、
多分自分は観てなかったはず、
観てたとしても全く覚えてなくて。
僕の歩く道を観て、僕の生きる道も
観たいと思った、ただそれだけやねんけど
そんな単純な気持ちで観ようって
思っただけなのに考えさせられてしまった
幸いにも両親、兄弟、自分は
みんな健康で、秀雄のように
死に直面してる人はいないけど
自分はいつも明日があると
思って生きてるな、って思った。
自分が死を初めて目にしたのは
覚えてる限りでは小さい頃で、
ひいおばあちゃんが亡くなった時。
でも小さかったし、感情は全く覚えてない。
本当にはっきりと覚えてるのは小4の時。
おじいちゃんが亡くなった時。
割と周りのみんなより早く
身近な人を失ったと思うけど、
お通夜、お葬式、とバタバタと物事が
進んでいって、何にも実感できなかった
ただ、最後に、式場から
霊柩車が出発する時、
クラクションが鳴らされ、
いたるところから、泣く声が聞こえ
それに包まれた時、自分は「死」を初めて
自分の体と心で理解したように思う。
その時、自分の頭で考えたことは
今でもはっきり覚えてる。
火葬され、骨だけとなることを考えた。
それは、すなわち、もう見ていた姿として
見ることはないってこと。
でも、生きてたという証はなくならない
それはすごいよなあ、じいちゃんが
関わってきた人の心の中には生きてるって
私はまだ顔も声も覚えてる、それって
生きてきたって証な訳であって、
自分もいずれは死ぬから、
残しておきたいことは残すべきだなと
思って急にブログ書きたくなった。
好きな人たちには好きって伝えないと
伝えたいと思う時に伝えないと
今という時間を適当に
過ごしちゃいけないから
このドラマのおかげで
将来を考えるばかりじゃなくて
今と向き合うことも大事ってことに
改めて気付かされて、今の自分に
必要な言葉だと思った。
あと、頼られたり甘えられたりすることで
幸せになることもあるってことも。
甘えるのは本当に下手だし、
頼るのは自分らしくないし、、、
でも本当は頼れる誰かが
いて欲しいって思う。
頼るとその人に負担をかけてしまうって
思い込んでたから嫌だったけど
誰かが自分に頼られて嬉しいって
思うのなら、頼りたいと思う。
そして、もしそんな人が側にいるのなら
その人を大切にしたい。
言いたいことがまとまらないけど
なんか、核心つかれたような感じがするし
思ってるより自分は
強がってるなって思った。(笑)
側にいてくれる人がいて
生きている今を大切にしよう、
