大きな物音がした室内に私が駆け込むと、すぐに壊れた室内物干し機が目に入り、その隣に呆然とした夫が立っていました。


「大丈夫?」

「……」

「どうしたの大丈夫?バーが落ちてきたの?」

夫が呆然としたまま黙っているので近寄ると、やっと「大丈夫、なんでもない」と返事がありました。

目が泳いでいるのですが、そんなことよりも白目が真っ赤な血の色になっているので私は思わず息を飲みました。

「怪我してるよ!」

「大丈夫なんでもない」

夫の目の前にきて、あごのあたりに鬱血の跡があり、首にくっきりと線状の跡が付いているのが見えました。咄嗟に自殺未遂したのだと思い至りました。

先程の会話の後ですから、自殺の原因はお金のことに違いありません。

「何があったか話して!大丈夫、ちゃんと聞くから」

「なんでもない本当に」

ここで、夫を椅子に座らせました。夫は人形のようにぐったり座り込みました。この時点ではまだ、現金の使い込みくらいだろうと思っていました。

「お金を使ったんだね?」

「……」

「今話さなきゃだめだよ。話すまでわたしも仕事には行かないよ」

「……使った」

「いくら?」

「全部」 

「ボーナス全部?」

「違う、それだけじゃなくて、子どもたちの学費も、財形も全部」

ここでようやく私は話が予想よりも酷い状態だと察しました。

「それは……やってしまったね。何に使ったの?」

「競馬」

ギャンブル依存症と言うやつだ、とすぐに思いました。

「他に使ったお金は?借金もあるね?」

「ある」

「いくら」

「100万円くらい」

後からわかることですが、ここで夫は現実よりもはるかに少ない額を口にしていました。

「それ以外には?嘘をつくと苦しいだけだよ?」

「……」

「死ぬ気だったんなら全部話したほうがいい」

「もうダメなんだ、もうダメなんだ。もうやり直せないんだ」

「ダメじゃないよ!!今生きてるんだからやり直せるよ!!」

必死で叫んでいました。頭の中で、これからの生活のこと、学校に行っている子どもたちのこれからのことがぐるぐる回ります。

現実感が急速に薄れていきました。