静けさと美しさは私達の本質ー初めての靖國神社参拝ー
ここ最近、noteに記事を投稿していたのですが、こちらにも載せていこうと思います。2021年12月の記事です。記事はここから⬇️-----------------------------------先日、生まれて初めて靖國神社に参拝する機会がありました。独身時代わりと近くに勤めていたのに、一度も参拝したことはなかったし、興味もなかった場所。ただ、仕事でお世話になった植栽プロのおじいちゃんが、神社内の植物を案内してくれたことがあって、一度だけ境内に入りました。戦争について、この神社について。きっとそのとき、いろんな話をしてもらったと思います。今になればわかるけれど、その頃の私にとって戦争は「単なる歴史」であり、「情報」であり、「他人事」。ふーん、そんなことがあったんだ、と、すべてが頭を素通りしていきました。今回は、ジャパン・イディア代表、伊藤直美さんのお話を聴いた後の参拝。そのお話が本当に素晴らしくて、生まれて初めて戦争や、戦争時代を生きた日本の人々が、自分のDNAに刻まれた「自分事」になりました。そんな私の目に映る境内は、あの頃とは全く違って見えて。生まれ変わっちゃったのかな? と思ったけど、きっとそうなんだと思う。靖國神社の境内に満ちている「氣」に、私は美しさを感じました。この静けさと美しさはどこから来るんだろう?そう思ってすぐ、これが「許し」から来るのだとわかりました。靖國神社には、「許し」の氣が満ちている。この空間に、すべてが内包されている。悲しみも、苦しみも、深い深い闇も。すべてが許され、あるがまま存在している。それは大きな大きな愛の空間でもあるし、祈りの空間でもある。靖国神社の境内には、戦争で命を落とした動物たちもお祀りされている。日本人のルーツは「戦わない民族」だと聞いたことがあります。その日本人が、なぜこんなに大きな戦争をしなければならなかったのか。その本当の理由を、私たちは学校では教えてもらえない。戦争に負けるとはそういうことなのだと、初めて自分の身をもって体験しました。戦争に負けても、すべてを受け入れ、相手を憎むのではなく平和を祈る。そこに、日本人の精神性があると感じています。消えかけているように見えても、けっして消えてしまうことはない。私たちのDNAに刻まれている情報だから。美しさと静けさ、それが私たちの本質だから。忘れているように見えても失われてはいない「記憶」。これから、たくさんの人が自分の本質の記憶を取り戻すと思っています。それが私の「未来の記憶」。そこ向かって、今を喜び楽しみ、大切に過ごしていこう。そう心に決めた、靖國神社参拝でした。